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第24話 ICUへ

「お待たせ。行こう」

「なぁ広哉、どうした?」

日菜の荷物もまとまり、よし行こうといったところで、明らかに普段と違った行動をとる俺に、たまらず泰正が声をかけてきた。

「泰正…心配かけて申し訳ない。けど、話すと少し長くなる。だから今日中に話すべきことまとめて連絡するよ。だからそれまで、待ってくれ」

「おう、手伝えることあったら何でも言ってくれ。それじゃ」


泰正には申し訳ないと思いつつも、俺たちは今やるべきことを最優先に実行することに決めたのだった。


教室を出る。

ここから先は、俺たちが自分で道を拓かなくてはいけない。


やってやろう


そう思った。


病院までは、学校近くのバス停から出ているバスに乗って向かった。


時折大きく揺れる車内には、地元のマダムが2組ほど乗って楽しそうにおしゃべりをしているだけ。

俺と日菜は、車内が空いているということで、わざわざ隣に座ることはせずに、ちょうど縦に並ぶような形で座っていた。


2人の間に、沈黙が流れる。

それでも、居心地が悪いという感じではなかった。

余計なことを話して気分が沈むのを避けられたのは、僥倖だったように思う。


バスに20分ほど揺られ、病院の前のバス停で俺たちは降車した。

2人組のマダムが俺たちの後に続いて降りた。


俺たちは病院の正面玄関に向かって歩いていく。

その大きくて透明な扉が近づいてくるたび、俺の心の中に恐怖や緊張が重くのしかかってきた。


理子の話によれば、柚希は今安定した状態で眠っている。

それに、昨日の夜俺は、短い間ではあったが、柚希との対面を果たしている。


それでもやっぱり、怖い。

柚希に一刻も早く対面して、声をかけてあげたい。

そうであるはずなのに、怖いんだ。


俺は自分の顔が引きつっていることに気が付いていた。

昨日は焦りから、ためらいもなく中に入ってしまったが、今日は違う。正面玄関の前で足が止まった。一度自分の頬を強くたたく。


日菜は少し驚いたような表情を一瞬見せたが、俺の顔を見てすぐに心情を察してくれたようで、彼女もより一層顔を引き締めて足元のタイルを踏みしめていた。


「行こうか」

「うん」

先陣を切るのは俺だ。

いつの間にか柚希に早く会いたいという思いが、不安や恐れを上回っていた。


大きなガラス扉を通ると、病院特有の消毒液の香りが俺の鼻腔をくすぐる。

2日連続で病院に来てこのにおいを嗅ぐ羽目になるとは思わなかったが、有事なので気にしてなんかいられない。

俺たちは総合案内のカウンターに行って、ICUにいる患者のお見舞いができるか尋ねた。


昨日とは違って、若い女性が対応してくれたが、返って来たのはあまりうれしくない答え。

「一応今は面会ができる時間帯なのですが、病院の規則で面会は親族のみに限定させていただいておりまして…」


まさか、だった。ここにきて柚希に会えないとなると、自分の中でいろんな感情が入り乱れる。

だが、それを今対応してくれている女性にぶつけるのは違うし、患者のことを第一に考えた病院の規則なのだから、従うべきだ。

俺は自分の心を落ち着かせるという意味も込めて、さらに尋ねた。


「その親族の許可みたいなものが得られれば面会できる、とかの制度はありませんか?」

「えーと、ありますが…親族の方にこちらにお越しいただいて、ご一緒に面会していただかないといけない決まりになっています」

「わかりました。少し考えてきます」

そう言って俺たちは一度、その場を後にして、待合スペースに置かれたベンチに腰掛ける。

くしくも、昨日と同じベンチだった。


「どうする?要は古賀さんのお母さんに病院に来てもらって、話はそれからになるけど」

「私のお母さん経由で聞いてみる。もしかしたら病院にいるかもしれないし。」

「ありがとう、助かるよ」

その手があった。

柚希と日菜は中学が同じで、母親同士も仲がいいと聞いていた。

柚希の母親のスケジュール次第では、病院に来てもらって面会に立ち会ってもらうことが可能になるかもしれないのだ。

(しかし、古賀さんのお母さんにはなかなか申し訳ないな…)


俺が少しばかり申し訳なさを感じている横で、日菜は電話を始めた。

おそらく彼女の母親だと思うが、一向に電話に出ないようで、日菜の口は閉ざされたまま。


すると、1人の女性がこちらに近寄ってきて、

「日菜…ちゃん?日菜ちゃんよね?」

と日菜に向けて声をかけてきた。


それから間もないことだ、その女性が古賀天音──柚希の母親であると知ったのは。


俺たちの目の前に立ちはだかる障壁が、見事に崩れ去った瞬間だった。


日菜に声をかけてきた女性と日菜の会話を聞く限り、その女性は柚希の母親とのことだった。

「お見舞い来てくれたんだね、ありがとう。今私も柚希のところに行くところだったの」

うっすらと笑みを浮かべながら話す彼女の顔は、明らかに疲弊していた。


「いえ、心配になっていきなり来ちゃって…それで、私たちも柚希と面会したいんですけど、なんか病院のきまりで、患者さんの親族がいないと面会できないみたいなんです。だから、その…私たちも柚希ママと一緒にお見舞いさせてください!」

そう最後まで言い切ると、日菜は頭を下げ、懇願した。

嬉しいことに、柚希の母親の反応は芳しいもので。


「一緒に行きましょう。せっかく学校帰りに来てくれたのに、帰れなんて言えないもん。ところで…えっと、そちらは…あっ、もしかして南條君?」

「あっ、はい、南條です。どうも初めまして」

突如として俺に向けられた柚希の母親の視線に、一瞬驚く。


「娘からちょくちょく話は聞いています。いつもありがとうね」

「いえ、僕は何も…それで、僕もお見舞いに同行させていただいてもいいですか?」

「もちろん。それじゃあ、行きましょうか」

と言って、一行は歩き出した。

がその時、柚希の母親の足が少しぐらついた。

やせた彼女の体では、その影響を無効化することはできず、そのまま千鳥足のような形で2、3歩よろけてしまう。

倒れることこそなかったが、疲弊しているのは明らかだ。


「大丈夫ですか?」

「ちょっとね、あんまり寝てなくて」

「ゆっくり行きましょう」

「いいの、柚希が大変な思いして頑張ってるんだから、私がこんなところでへばってちゃだめよね」

「ちょ、柚希ママ…」

俺たちの制止を振り切り、彼女は再び歩き出した。

意地っ張りにも思えた彼女だったが、その背中は、娘のことを案じて、少しでも早く娘のもとへ駆けつけようとする母親のものだった。


再び総合案内カウンターへ戻り、「面会者名簿」というものに名前などを書き込む。

名簿に書き込まれた字によれば、柚希の母親は下の名前を天音というらしい。


「ではエレベーターで2階まで上がっていただいて、ICUの入り口近くに待合スペースがございますので、そちらでお待ちください」

そのような指示を受け、俺たちは階段で2階まで上がる。

昨日はあまりのスピードで気が付かなかったが、柚希を乗せたストレッチャーを病室まで運ぶのに使ったエレベーターには、大きく業務用と書かれており、階段を使うことになったのである。


学校の階段3つ分くらいの幅がある階段を上り切り、右に曲がったところに、見覚えのある透明な自動扉の前に来た。

すぐ横に、丸椅子がいくつか並んだスペースがあり、そこをおそらく待合スペースとしているのだろう。


「ここで待ちましょうか」

「はい」

医者か看護師か─ICUの関係者が俺たちを迎えに来て、それから面会、という流れなのだろうが、患者の治療や容体の観察に加えて面会希望者の対応とは。病院も激務なんだなぁとしみじみ感じる。


「南條君、あ、私の自己紹介が済んでなかった。柚希の母の古賀天音です。いつもお世話になってるって、娘と、あと保健室の指田先生から聞いています。いつもありがとう。それと、今日も」

「いえいえ、改めまして南條広哉です。えっと、自分にできるのはお見舞いくらいなんですけど、元気になるまで待ち続けよう、とは思ってます。って、何言ってるんだろ俺」

「ありがとう。心強いよ」

俺はいつも、大事なところで笑ってごまかしてしまう。


「お待たせしましたー。えーっと面会希望の古賀さんですね。こちらにどうぞ」

ちょうどその時、濃紺のスクラブに身を包んだ男性が俺たちのもとにやってきて、声をかけてきた。

面会の準備が整ったのだろう。俺は一層緊張の色を濃くし、後を追った。


「面会時にはですね、マスクを着用していただく形となっております。お母さまはもう経験されていますが、お二人ですね、こちらご利用になってください。あとですね、中に入られる際と、退出される際には、入り口に設置してあります消毒液のご利用をお願いいたします」

ICU───病院の中で極めて重篤な患者や、高いレベルな処置が必要となっている患者が入院するエリア。当然面会者についても、入院している患者への悪影響を懸念してその程度の対策は求められるのが妥当である。

そのことを理解している俺は、渡された少し青みがかったマスクを着用する。

(マスクつけるのなんて、受験生の頃以来か…)


「はいありがとうございます。それでは中に入ります」

その言葉とともに、俺たちは柚希の眠るエリアへと入っていった。


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