第23話 一夜明けて
学校に着くと、俺は真っ先に保健室へ向かった。
他でもない理子に、柚希の容体について聞くためだった。
「失礼します」
ノックもそこそこに、俺は白い扉を開け、中へ入る。
昨日の病院を想起させる香りが俺を包んだ。
そして奥の机に近づくと、そこには机に突っ伏して安らかな寝顔を浮かべている理子の姿が。
おそらく昨日、彼女は自宅に帰っていない。
昨日と同じ服を着ているし、わざわざ朝早くに出勤して、職場で爆睡をかますなんてことはしないはずだ。
(ここはいったん引いた方がよさそうだな…)
そう判断した俺は、保健室を静かに去り、自分の教室へ向かった。
理子の不在により、俺はひとまずいつもの通り教室へ向かった。
「おはよー広哉」
「あぁ、おはよう」
泰正に挨拶され、俺も返す。
「今日で一週間も終わりだから、頑張っていこうぜ~」
「おう」
泰正に言われるまですっかり忘れていたが、今日は金曜日。だった。明日は休日で、普通なら気分が上がっているのだが…今日はそう言うわけにもいかない。
「ん?なんか暗くね?大丈夫か?」
「え?いや、なんともないけど…」
「そうか?なんかあったら言えよ~」
のんきにそう言って去っていく泰正だったが、去り際の彼の顔には、明らかに怪訝そうな色が浮かんでいた。
(どうすっかな…)
泰正にも勘づかれてしまうほどに、俺のメンタルは昨日のことに影響を受けているようだった。
だが、変に明るく振舞っても、不気味がられるだけなのは分かっていたので、できるだけ平常心で過ごすことに決めた。
そして迎えた昼休み、俺はチャイムが鳴り終わり、日直による号令が終わったと同時に、教室を飛び出した。
向かう先はただ一つ。
保健室だ。
授業の間の10分休みに行くことも考えたのだが、やはり昼休みにじっくり時間をかけて話を聞きたかった。
さすがにこの時間も寝ているなんてことはないだろうが、もし寝ていれば、理子には申し訳ないが起こさせていただこう…
「失礼します、指田先生!」
「なんだよ広哉、そんな大声出さないでくれ、ただでさえ寝不足で頭が痛いんだから…」
保健室の入り口近くの棚でファイルの整理を行う理子は、迷惑そうな顔をしながらも、話し始めてくれた。
「昨日は結局、8時半くらいに柚希ちゃんのお母さんが病院に来たの。それからお医者さんが柚希ちゃんの病状について説明してくれたんだけど」
「それで、どうだったんですか?」
「とりあえず1回目の手術が終わって、ICU、集中治療室ね。ICUに運ばれたんだけど、近いうちに2回目の手術をするみたい。今は容体安定してるけど、まだ意識は戻ってない、ってのが昨日の報告」
「わかりました。てか先生、朝ここで寝てましたよね?昨日ちゃんと家帰って寝ましたか?」
俺は朝に抱いた、「まさか」という疑問を思い切ってぶつけてみた。
「今日は病院から直接来たね。でも、生徒の安否を気にするのは教師の責務だから」
控えめにほほ笑む理子の顔には、明らかに疲労の色が。
柚希の容体を案ずるのは俺だけではないことを再認識させられ、俺は事の重大さを改めて思い知った。
「先生、無理しないでください。今日僕、また病院に行こうと思います、明日休みですし。だから先生は休んでください」
「ほんとに?じゃあ、今日はお言葉に甘えさせてもらうよ…ふぁ…」
そう言うと、理子は1つあくびをした。
昼休みのあとの2コマの授業を乗り越え、俺は即座に柚希の眠る病院に向かおうと、6時間目終了間際にまとめておいた荷物を手に取って、教室を出ようとしたその時、俺は呼び止められた。
「ちょっと南條君、今いいかな」
「ん?あぁ、いいよ」
話しかけてきたのは白本日菜。彼女にこうして話しかけられるのは2度目だった。
心なしか、彼女の眼の下にはクマがあるように見受けられる。
ひょっとすると、柚希のことを昨日のうちに聞いて、眠れないまま今日を迎えたのかもしれない。
「柚希のこと、聞いてる?」
やはり、と思った。柚希の名を出すと同時に日菜の顔が目に見えて曇ったのがわかった。俺も声のトーンを少し落として答えた。
「聞いてるよ。昨日病院にも行ったんだ」
「そうだったんだ。さすがに予想外だったし…ほんと、私どうしたらいいかわからなくて…」
泣き出しそうな声で、うつむきながら話す。そんな彼女を目撃した生徒たちは時折、こちらを心配するような、それでいて訝しげな視線を向けてくる。
その視線一つ一つに睨み返してやりたいような苛立ちに駆られたが、俺は努めて日菜をまっすぐに見つめて会話を続けた。
「そうだよね、俺も病院には行っただけで、何もできなかった。今日もこの後行くんだけど、白本さんはどうする?」
さすがに急な話だし、帰ってくる反応は微妙なものかなと思いつつも、俺は尋ねた。
「私も行く、荷物まとめるからちょっと待って」
「う、うん。待ってるね」
と、まさかの二つ返事で日菜も病院に行くことが決まり、俺は少したじろぎながらも、俺の隣の席で荷物を整理し始めた日菜に目をやった。
横顔から、焦りのようなものが感じ取られる。
柚希が保健室登校をすることになった経緯を詳しく知る彼女だから、中学からの親友だから、それゆえの感情もあるのだろう。
そんな彼女の気持ちを、推し量ることはできても、本当の意味で理解するなんてことはできない。
だから今は、なるべく日菜と会話をして、推測の域を出ない俺の中での日菜の気持ち、思いをより精度の高いものにしていかなくてはいけない、そう感じた。




