九十五話 毒の壁……⁉
一目見てわかった。あれは毒だ! 毒が階段を流れ落ちてきているのである。
「最後の最後に、悪趣味なやつが出てきましたね。」
「突破するってなったら、あれの中に突っ込んでいくしかないのかな?」
「いやいや! そんなの無謀に決まっているでしょう!」
毒は瞬く間に階段の一番下まで流れ落ちて、元の階段が全く見えなくなってしまった。どこを登ろうとしても毒があるのである。もちろん、それが狙いなのだろう。
ただし、王やリリィ王女とブイモール、その部下たちがいる最上段だけは、毒がない。ユーフテン王は俺たちをただ見下ろしていた。
「残念だったなカティーヌ! この国のすべてがお前の敵なのだよ。分かったら王女と結ばれようなどという大それた望みは捨てることだ。」
やはりうるさいのはブイモール。
ブイモールは近くにいた部下のうちの一人を呼び寄せると
「ラムニー、貴様にカティーヌ・ドラヌを討ち取る大役を任せよう。」
「はっ! 仰せのままに。」
そのラジャという部下は、ブイモールと王に一礼すると頂上から一っ飛びして、下にいる俺たちの目の前に着地した。
砂埃がサラサラと風に流された後に現れたのは、女のエルフ。やたらと鋭い目つきをしていた。
「カティーヌ・ドラヌの功名は私も知るところでございます。ぜひとも一対一でお手合わせ願おう。」
「さっきは集団で来たくせに急にどうしたっていうんだ?」
カティーヌの皮肉にも、ラムニーは眉一つ動かさなかった。
「我が主人の命でしたので、ご容赦願いたい。」
「ああそう、まあそうだろうな。」
「では参ります。」
ラムニーはレイピアを抜くとカティーヌに襲い掛かった。凄まじい速度だ。剣先はもはや目で追えない。どうやったらそんなに速くなるのだろうか?
しかし、カティーヌにはしっかり見えているらしい。すべて上手くさばいている。
「さすがは伝説の盗賊といったところでしょうか。たいした目の良さですね。」
レイピアはカティーヌを捉えようと迫っていくのに、一向に当たらない。
「僕たちも助けに入った方がいいんじゃないですか?」
「いや、ダメだ。そもそも俺たちは戦闘場面に入っていない。」
なぜかラムニーには敵の表示がない。つまり、俺たちは戦闘に参加することができないのである。二人の戦いを見ているしかないのだ。
俺たちが見守る中、戦闘は続くが、どうしたことかカティーヌはまだ一度も攻撃を仕掛けていない。ただ避け続けるだけなのだ。
「どうしたんでしょうか? まさかまだ傷が癒えていないんでしょうか?」
「いや、HPは満タンにしてあるはずだ。確認したから間違いない。」
「じゃあどうして……?」
その疑問を誰よりも強く抱いたのは、ほかならぬ彼と戦っているラムニー本人である。
「なぜ攻撃しないのですか? まさか私が女だからって手加減しているつもりですか?」
「怒らないでくれ。そういうつもりじゃない。ただ、お前を傷つけてしまうとリリィを悲しませてしまうからな。」
なるほど、一応さっきの第一関門での反省を生かしているんだな。
しかしさっきとは状況が違うのだから、かなり無理があるのではないか? 一騎討ちの状況で、相手を倒さずに勝つなんて不可能だ。
カティーヌはやはり攻撃をしない。短剣は抜いているものの、それでラジャのレイピアをさばいているだけである。
「あなた! そんなに私をバカにしたいのですか!」
勘定を表に出さなかったラムニーもついにイライラしてきてしまったらしい。声を荒げ始めた。
レイピアにはますます力がこもっている。もし当たれば体が焼き鳥のように串刺しになってしまうだろう。空を切る音に見ているこちらの肝が冷える。
だが、一方でカティーヌの方はと言えば全く心が乱れる様子がない。まるでさっきまでの慌てようが嘘のようである。
「じゃあ、私を傷つけずに、攻撃せずに倒してみなさいよ!」
もはやラムニーは完全にキレてしまっている。力任せのレイピアは、確かにパワーこそ上がっているものの、スピードとキレが無くなってしまっている。これではますます当たらない。
一人冷静さを失っているラムニーをカティーヌは淡々といなしている。しだいにラムニーの方は肩で息をし始めた。力任せに剣を振るっているから、スタミナを消耗してしまったのだ。
「ああいう戦い方、玄人っぽくて学ぶところがありますよね。」
「本当にね。達人って感じがするよ。」
カティーヌが完全にコントロールしている。
しかし相変わらずカティーヌは攻撃しないのでもどかしい。ここまで大勢が決してしまった有利な局面なのだから、早く終わらせることもできるだろうにまだいなしているだけだ。
「りゃああ!」
「ガチン!」
ラムニーの渾身の一撃を回避するためにカティーヌが後ろに飛びのいたところで、二人の間の間合いは開いた。
そこで、ラムニーは膝に手をついた。ガス欠だ。
「ハァ、ハァ、くそ!」
「よし、そろそろ頃合いかな。」
突然手を目の前にかざしたカティーヌの腕に、魔法陣が現れた。
「動きすぎて疲れているだろうから、少し休むことだ。」
「ドゴン! シュルルルルル!」
「なに!」
地面から巨大なツルが伸びてきた。
それは蛇のように暴れつつ人の背丈の倍以上にまで伸びると、近くにいたラムニーの体をあっという間にからめとってしまった!




