五十九話 N11
泉の水面は鏡のように澄み渡っている。
「綺麗なところですね。」
「こんなところでいちいち感動していてはこの先持たないぞ。我が国の美しさはこの比じゃないからな。」
随分と地元愛が強いな。
「だからこそ、外敵にそこを奪われているなんて状況、私には耐えられない。」
カティーヌは息巻いて、泉にざぶりと入った。
大胆にいくもんだな。
「そなたたちも早く来い。多少は濡れるが、仕方なかろう。」
促されるから、恐る恐る足を爪先から突っ込むと、膝下までが濡れて冷たい境界線が上下に揺れてふくらはぎを撫でた。
「気持ちいいですね。」
靴を指に引っ掛けて、多少ガニ股になりながらカティーヌの背を追う。彼はすでに中央の樹の下までたどり着いていた。
カティーヌは振り返って俺たちを待っている。
「速すぎるよ。」
「そなたたちが遅いのだろう? 本当に盗賊なのか?」
そこを言われると耳が痛いな。あんまり盗賊らしいことしてないし。
樹の根元は円形の小島になっていて、草や花もあった。
「なんだか、映画に出てきそうだな。」
「本当に。」
カティーヌは俺たちが全員小島に上がったのを見るや否や、樹の肌に右手で触れた。
すると、樹の葉たちが皆一斉に光り始めた。エメラルドグリーンの淡い光だ。
「凄いですね、何をしたんでしょうか?」
光はどんどん大きくなっていき、その輝きはついに小島全体に覆い被さった。
「うわ! 眩しいな!」
視界全体が光に包まれて、もう何も見えなくなってしまった。
次、目を開いたときには、もうそこは泉ではなかった。
「そなたたち、もう着いたぞ。ここからがユーフテン王国だ。」
つい今まで、岩がちの山の中にいたと思うのだが、今はどうだろう。渓流の中に、俺たち四人は立っている。
不思議なことが起きた。カティーヌの言う通りだとすれば、ここはユーフテン王国の中なのだろうが、それにしても、N2からどのくらい離れた場所に来たというのか?
ただ、今はそんなことがすぐにどうでも良くなるくらいに、周りの風景が美しい。
「昔話の中に出てきそうですよね。」
「桃源郷ってやつか?」
足元に流れている小川は、うねり、曲がっていて、その流れのもとを辿っていけば、虹の冠を被った滝がサーッと音を立てて落ちている。
俺たちが景色に見惚れているのをカティーヌは全く気にせず、もう歩き始めていた。
「何度も言っておろう! 私は急いでいるんだ。」
彼は川を下っていった。
そんなカティーヌについていくと、森は深くなっていく。
「こんな鬱蒼としている中に国なんてあるのでしょうか?」
「分からないけど、流石に実家の場所は忘れないんじゃない?」
「まあ確かに……。」
カティーヌが進んでいくさきに、俺たちはついていくだけだ。それに、こんなところで放置でもされようものなら、俺たちは何もできなくなる。
「そもそもここって、ゲームの情報的にはどこなんだ?」
ノースエリアのマップもちゃんとあるので、広げてみると
「あ! 前までなかったエリアが書き加えられてますよ!」
地図上には、右下あたりに線で囲まれている謎のエリアがあった。
「俺たちはここにいるってことか。でもなんで線で囲まれているんだ?」
「それは多分ここだけ世界軸が違うとかじゃないですか? 異世界的な。」
なるほど、ゲームだからそんくらい柔軟に考えてたほうがいいかもな。
その、俺たちが今まさに歩いている異空間と思しきエリアの名前は、N11、ノースエリア11番地だった。
「え、エリアって、東西南北それぞれに10ずつしかないんじゃないんですか?」
「本当に隠しエリアってことなんだな。もしかしたら、運がいいのかもしれないぞ?」
運営がどういう意図でこのエリアを作ったのかはわからないけど、来てみて正解だったと思う。
そのうち、川は二又に分かれた。
「こっちだ。」
カティーヌは、細い方の流れを沿ってまた歩き始めた。
「どんどん場末に向かってる感じがあるんですけど。」
それは俺も思ったけど、それでもついていくしかないじゃないか。
とは言いつつ、俺もさすがに疑い始めたところだった。
「よし、ここだ。」
と、カティーヌが立ち止まったのは、滝の前。さっきのとはまた違う。なんせこちらは、滝の上なのだ。
「この下がユーフテン王都だ。後から続いて入ってきてくれ。」
と、言い残すと、カティーヌは勢いよく滝壺に飛び込んでしまった。
さて困ったぞ。俺たちだけ残されてもな。
「これ、もしかして私たちにも飛び込めってことなんですかね?」
「そうとしか考えられないけど、キツいな。落ちると分かってるバンジージャンプじゃないか。」
「いやその表現やめてくださいよ。余計怖くなっちゃうじゃないですか!」
でも、飛び込むしかないことは全員が気づいている。
「ここは、もう誰が一番最初に行くか、じゃんけんで決めるしかなくないですか?」
「まあ、それがシンプルだよな。」
「恨みっこなしですよ?」
「「「最初はグー!」」」
あーあ、こういうところなんだよな、俺って。一発目で俺だけ負けるって逆に持ってる気がするな。しかし、もう覚悟は出来ている。
「時間かけたら余計怖くなるから、もう行ってくるよ。」
俺は地面を蹴った。




