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君がいるから呼吸ができる  作者: 尾岡れき


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153/156

140 続・黄島さんは幼馴染みちゃんのことが心配で。


「行こう!」


 私は、欠伸をかみ殺しつつ、そう宣言をした。


「絶対、姉さんの取り越し苦労だって」

「ふぁ~っ」


「ま、そう言うなって、彩翔。心配なのはみんな一緒なワケだし。ぶっちゃけ、俺も姉ちゃんが気になるしね」


「良いなぁ、姉弟って。私は一人っ子だから、やっぱり羨ましいなぁ。お姉ちゃん想いだよね、空君。そういうトコ好きだよ」


(つー)ちゃんが、どんどん遠慮がなくなってきたねぇ」


 心配する私に呆れる眼差しの彩翔。欠伸をかみ殺すひかちゃん。うん、昨日というか、今朝まで本当にお疲れ様でした。でも、ソレとコレは別物だから、頑張ろうね。


 なんだかんだいって、お姉さんが一番、心配な空っち。翼ちゃんは本音がダダモレ。空っちと翼ちゃんの関係も気になるが――今は、そっとしておこう。


 そして湊ちゃんは、翼ちゃんの一途な恋の応援団。彩翔と一緒で、そこまで心配していないようにも見えた。


 なお他の文芸部メンバーは全滅。システムが無事起動して、誹謗中傷アカウントを特定したうえでログを保存。そして活動はいったんクローズと相成り――つまり、ひかちゃんも私も完徹状態だった。


 念のため、ひかちゃんからタコさんにLINKでメッセージを入れてもらったら、謎の返信が返ってきた。



 ――絶対、完全防音にリフォームしてやるっ! なんなら、部屋をラブホ並に作り替えてやるから、覚悟しろっ!


 ……うん。全然、意味が分からない。どうやら今回の件で、タコさんの不動産屋魂に火がついたらしい。


 上にゃんのお部屋を見上げれば、白いシーツが バサバサと風に煽られて、気持ち良くはためいていた。


 昨日はなかった光景に、生活感を感じる。

 大丈夫――いや、油断しちゃダメだよ、彩音。そう自分に言い聞かせる。


 大丈夫と思って、実は水面下で雪姫(ゆっき)が苦しんでいたことを後から知り、ずっと後悔をしてきたじゃない。


 ぐっと、私は拳を固める。

 時間は、ちょうど11:30を回ったころ。スマートフォンを確認しても、やっぱりゆっきからの返信はない。意を決して、私達は上にゃんの部屋の前に立った。


「……上にゃんトコのえっち猫?」

「ルル?」


 エアコンの室外機で、白猫が耳をペタリと伏せていた。


 ひかちゃんが猫の名前を呼ぶと、ふにょんと尾を小さく動かして、それからゆっくりと背伸びをした。


 ――おせぇよ。後はお前らに託したからな。


 なんだか、猫がそう言っている気がして。ストンと室外機から降りたかと思えば、りんと首輪の鈴を鳴らして。おもむろに去っていく。


 どことなく、人間を見る眼差しが、うちの飼い猫(モモ)にも通じるものがある気がした。


「……全く、不用心なんだから」


 きぃっ、と小さく音があがる。空っちが、玄関のドアを開けたのだ。


(え……?)


 なんだろう。


 上にゃんの部屋はアロマが焚かれ、男子高校生の一人暮らしとは思えないほど、清潔感が保たれていた。それが、今はどうか。玄関に踏み込んだだけで、感じる――まるで、獣のような匂いがたちこめて、


(これって……?)


 以前にも嗅いだことがある気がした。あれって、確かお父さんとお母さんの寝室から――。


「冬希、入るよ。彩音がずっと心配していたから」


 そう、ひかちゃんが部屋に入ろうとして……。


「待って、ひかちゃん!」


 私の躰の芯が熱くなる。

 そして、同時に血の気が引くことを感じた。

 昨日のタコさんの言葉を今さらながらに思い出す。




 ――あぁ、雪ん子!? あんな声あげて。まずいって、それはちょっと……

 ――でも、このペースだと、またヤるんじゃないか?

 ――ありゃ、正真正銘の弾丸(マグナム)だぜ。タマが尽きねぇ。



(……それって、そういうこと?!)


 タコさんにセクハラされた気分だった。


 私はギャルっぽい外見だから、経験済みと誤解されることが多い。ひかちゃんが、可愛いって言ってくれたから、好んでこういう格好(コーデ)をチョイスするだけで。勝手に経験豊富と解釈してくる男子には、本当にイライラする。


 せめてもの救いは、ひかちゃんがそんな目で、私を見ないことだ。


 マンガや小説、それから保健体育の授業で得たなけなしの知識しかないけれど――そんな私でも、分かってしまった。


(……彩翔、教えてよ?!)


 八つ当たりしそうになって、困惑していた弟の顔を思い出して……うん、彩翔。なんか、ゴメン。


 そうこうしていると、ベッドの上でもぞっと、ゆっきが寝返りを打つ姿が見えた。

 上にゃんを求めるように。その首に絡みついて。それから愛しそうに抱きしめる雪姫(ゆっき)


 はだけたタオルケットから、ゆっきの陶磁器のような肌と乳房が見えて――。


「ひかちゃんっ! 見ちゃダメ!」

「空君には、まだ早いっ!」

みージロジロ見るんじゃありません!」


 三者三様の反応なんか、お構いなしに、ゆっきは上にゃんを求めるように、首筋に唇を這わせて。それから――。


 ちゅく。

 ちゅる。

 ちゅ。

 ちゅぱ。


 水音が響く。

 深く。求めて。漏れる、吐息。もっと、そう呟いて。ゆっきが、名前を呼ぶ。上にゃんがその名を呼んで。でもその声もフレンチキスで、溶けていく。キスだけなのに、こんなに深くて。


 ゆっきの背中に刻まれた痕に見惚れて――いる場合じゃなかった。


「ひかちゃん、出るよ!」


 私は、思わずひかちゃんの手を引き、一時、撤退をしようとした、その瞬間だった。


 刹那――ゆっきと目が合う。

 息を呑む。

 唾を飲み込んで。





 それから――。







 雪姫(ゆっき)の悲鳴が、響くの――なんで?


 少しだけ、開けられた窓から。風が吹き込んで。

 まるで何事もなかったかのように、カーテンがパタパタとはためいて。




 まるで、見せつけられた私がワルモノじゃんか。

 ()せん――。






■■■





【14:10 Cafe Hasegawa】




 いつものカフェで。観葉植物で遮蔽された奥――そこは文芸部指定の作業スペースでもあった。今回はこの面子で、この席を占有する。


 かちゃん。


 それぞれ注文した飲料(ドリンク)を美紀さんが、配膳してくれた。見れば、雪姫(ゆっき)がカフェオレ。上にゃんが紅茶であることに、思わず目を見開く。それぞれ、正反対の嗜好――と思いながら。相手の好きな飲み物だと、気付いて。砂糖を吐きたくなった。


「ごめん。片手だから、上手く淹れられなかったかもだけど。ラテアートも省略したし」

「もう。こだわったら、これだけで時間がかかっちゃうじゃない」


 一瞬、二人が席を立ったと思えば。お互いの飲み物を、あの短い時間で淹れてきた、と。今は手を繋ぐのが難しいから。ゆっきが、さりげなく上にゃんの腰に手を回して、寄り添って。それがあまりに自然すぎて、見ているこっちが気恥ずかしい。


「……本当にバカップルめ」


 空っち、もっと言ってあげて。初めての行為の後、血で滲んだシーツを交換して。そのまま、延長戦に突入したエピソードを親友から聞く日が来るとは思いもしなかったよ。


「ありがとう」


「ほめてないでしょ?」

「ほめてない!」


 私と、空っちの声が重なるのが妙に、おかしかった。笑みが漏れる。

 でも。まずは、一息。

 私も、ミルクティーを飲む。それから、静かにティーソーサーにカップを置いた。


「……それで。どうだったの? 大丈夫だったの?」


 私はゆっきを見やる。

 ゆっきは、真剣な眼差しでコクリと頷いて――頬を朱色に染め……た? へ? なんで?


「最初は痛かったけど。その……冬君、優しいから。でも、不思議だよね。優しくされると、もっと疼くというか。その、もっと貪欲になっちゃって。足りないって、思っちゃって。でもその後、奥まで……一箱って、あっという間なんだなぁ、って。タコさんに初めて感謝しちゃった――」

「何の話?!」


 それ、上にゃんとの初めての話だよね? 違う! そうじゃない!


「私が、聞きたいのは芦原のこと! 何もされてない?」

「あ、し、は、ら?」


 ゆっきが、目をパチクリさせる。あ、この顔はダメだ。一切、眼中になかった。そんな顔だ。一気に、脱力だ。一晩中、みんなで心配していたのに。このバカップルときたら、その間、ずっとにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん。私、怒る権利があると思うんだ。一晩中、心配させて! この雪ん子と真冬ときたら――。


「ありがとう、彩ちゃん。心配してくれていたんだよね?」

 にっこり笑う、ゆっきの笑顔に思わず、見惚れてしまう。あぁ、そうだった。こういう子なんだ。ちょっと、ひねくれているクセに。誰よりも真っ直ぐで。やっぱり、雪姫(ゆっき)は私の大好きな雪ん子で――せめて、首筋のキスマーク、絆創膏で隠してよ、とは思うけれど。


「俺、みんなに謝らなくちゃ」


 背筋をのばして、上にゃんが言う。みんなの視線が、()()()()に注がれた。


「……たくさん、無理させたって思うんだ。でも、俺のせいだから。せめて、みんなには処分がいかないように――ぶっ」


 ひかちゃんの放り投げたおしぼりが、上にゃんお顔に直撃。見事に、先走る上にゃんの言葉を奪ったの、ナイスすぎるよ!


「冬希の悪いクセだよ。勝手に抱えこまないの。COLORSの時だって、そうでしょ? 現状、調査中だけれど。基本的に僕らは行為は不問に処するってさ。器物破損って話もあったけれど、下河が置かれた状態を鑑みたら、正当防衛っていう話で落ち着いているからね。図書室の復旧は手伝って欲しいって、夏目先生は涙目だったけどね。少なくとも冬希が全部、背負うのはのは、ちょっと違うんじゃないかな?」


「そ、それは……でも――」


「でも、じゃない。何か感じたのなら、言葉にする。クソガキ団・第一条、〝隠し事をしたら全員からイタズラされること覚悟すべし〟ってね。冬希はもう、クソガキ団の一員なんだから。変な遠慮はしないの」

「そんな約束あったっけ?」


 ゆっきが真剣に首をひねっているのが、おかしい。


「クソガキ団なんだから、クソみたいな約束いつの間にか増えているって」


 クスクス、私は笑う。


「私達、4バカもいれてもらって良いですか?」


 翼ちゃんの一言に、笑いがさらに弾ける。


「え……俺も?」

「空君、不服なの?」

「ウレシイヨ?」


 がんばれ、空っち。クソガキだから、何をしても許されちゃうからね。ちゃんと、翼ちゃんの気持ちを受け止めてあげないと、大変なことになるよ?


 だって、クソガキだもん。遠慮なんて、してあげないから――。


「それじゃ、私もクソガキ団として。一つだけ良い?」


 と、ゆっきがそんなことを言う。


「イヤな予感しかしないけれど――」


 と私が言うよりも、雪姫(ゆっき)の行動は早かった。


「冬君、大好き。でも、背負う時は私も、みんなも一緒だからね」


 そっと、ゆっきの唇が上にゃんの頬に触れる。

 開いた口が塞がらない。


 公衆の面前だっていうのに。

 この雪ん子、まるで反省していない。


 上にゃんを前にしたら、この子に自重という文字はない。もう、知っていたけどさ!


 これから通常通り、学校が始まったら。

 こんな二人を毎日、見せられるの?









「ちょっと、勘弁して?!」


 ジャジーな音楽が流れるCafe Hasegawaの一角で。

 これからの生活に想いを馳せたら――つい、唇の端が綻んでいる私がいた。



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