140 続・黄島さんは幼馴染みちゃんのことが心配で。
「行こう!」
私は、欠伸をかみ殺しつつ、そう宣言をした。
「絶対、姉さんの取り越し苦労だって」
「ふぁ~っ」
「ま、そう言うなって、彩翔。心配なのはみんな一緒なワケだし。ぶっちゃけ、俺も姉ちゃんが気になるしね」
「良いなぁ、姉弟って。私は一人っ子だから、やっぱり羨ましいなぁ。お姉ちゃん想いだよね、空君。そういうトコ好きだよ」
「翼ちゃんが、どんどん遠慮がなくなってきたねぇ」
心配する私に呆れる眼差しの彩翔。欠伸をかみ殺すひかちゃん。うん、昨日というか、今朝まで本当にお疲れ様でした。でも、ソレとコレは別物だから、頑張ろうね。
なんだかんだいって、お姉さんが一番、心配な空っち。翼ちゃんは本音がダダモレ。空っちと翼ちゃんの関係も気になるが――今は、そっとしておこう。
そして湊ちゃんは、翼ちゃんの一途な恋の応援団。彩翔と一緒で、そこまで心配していないようにも見えた。
なお他の文芸部メンバーは全滅。システムが無事起動して、誹謗中傷アカウントを特定したうえでログを保存。そして活動はいったんクローズと相成り――つまり、ひかちゃんも私も完徹状態だった。
念のため、ひかちゃんからタコさんにLINKでメッセージを入れてもらったら、謎の返信が返ってきた。
――絶対、完全防音にリフォームしてやるっ! なんなら、部屋をラブホ並に作り替えてやるから、覚悟しろっ!
……うん。全然、意味が分からない。どうやら今回の件で、タコさんの不動産屋魂に火がついたらしい。
上にゃんのお部屋を見上げれば、白いシーツが バサバサと風に煽られて、気持ち良くはためいていた。
昨日はなかった光景に、生活感を感じる。
大丈夫――いや、油断しちゃダメだよ、彩音。そう自分に言い聞かせる。
大丈夫と思って、実は水面下で雪姫が苦しんでいたことを後から知り、ずっと後悔をしてきたじゃない。
ぐっと、私は拳を固める。
時間は、ちょうど11:30を回ったころ。スマートフォンを確認しても、やっぱりゆっきからの返信はない。意を決して、私達は上にゃんの部屋の前に立った。
「……上にゃん家のえっち猫?」
「ルル?」
エアコンの室外機で、白猫が耳をペタリと伏せていた。
ひかちゃんが猫の名前を呼ぶと、ふにょんと尾を小さく動かして、それからゆっくりと背伸びをした。
――遅ぇよ。後はお前らに託したからな。
なんだか、猫がそう言っている気がして。ストンと室外機から降りたかと思えば、りんと首輪の鈴を鳴らして。おもむろに去っていく。
どことなく、人間を見る眼差しが、うちの飼い猫にも通じるものがある気がした。
「……全く、不用心なんだから」
きぃっ、と小さく音があがる。空っちが、玄関のドアを開けたのだ。
(え……?)
なんだろう。
上にゃんの部屋はアロマが焚かれ、男子高校生の一人暮らしとは思えないほど、清潔感が保たれていた。それが、今はどうか。玄関に踏み込んだだけで、感じる――まるで、獣のような匂いがたちこめて、
(これって……?)
以前にも嗅いだことがある気がした。あれって、確かお父さんとお母さんの寝室から――。
「冬希、入るよ。彩音がずっと心配していたから」
そう、ひかちゃんが部屋に入ろうとして……。
「待って、ひかちゃん!」
私の躰の芯が熱くなる。
そして、同時に血の気が引くことを感じた。
昨日のタコさんの言葉を今さらながらに思い出す。
――あぁ、雪ん子!? あんな声あげて。まずいって、それはちょっと……
――でも、このペースだと、またヤるんじゃないか?
――ありゃ、正真正銘の弾丸だぜ。タマが尽きねぇ。
(……それって、そういうこと?!)
タコさんにセクハラされた気分だった。
私はギャルっぽい外見だから、経験済みと誤解されることが多い。ひかちゃんが、可愛いって言ってくれたから、好んでこういう格好をチョイスするだけで。勝手に経験豊富と解釈してくる男子には、本当にイライラする。
せめてもの救いは、ひかちゃんがそんな目で、私を見ないことだ。
マンガや小説、それから保健体育の授業で得たなけなしの知識しかないけれど――そんな私でも、分かってしまった。
(……彩翔、教えてよ?!)
八つ当たりしそうになって、困惑していた弟の顔を思い出して……うん、彩翔。なんか、ゴメン。
そうこうしていると、ベッドの上でもぞっと、ゆっきが寝返りを打つ姿が見えた。
上にゃんを求めるように。その首に絡みついて。それから愛しそうに抱きしめる雪姫。
はだけたタオルケットから、ゆっきの陶磁器のような肌と乳房が見えて――。
「ひかちゃんっ! 見ちゃダメ!」
「空君には、まだ早いっ!」
「湊ジロジロ見るんじゃありません!」
三者三様の反応なんか、お構いなしに、ゆっきは上にゃんを求めるように、首筋に唇を這わせて。それから――。
ちゅく。
ちゅる。
ちゅ。
ちゅぱ。
水音が響く。
深く。求めて。漏れる、吐息。もっと、そう呟いて。ゆっきが、名前を呼ぶ。上にゃんがその名を呼んで。でもその声もフレンチキスで、溶けていく。キスだけなのに、こんなに深くて。
ゆっきの背中に刻まれた痕に見惚れて――いる場合じゃなかった。
「ひかちゃん、出るよ!」
私は、思わずひかちゃんの手を引き、一時、撤退をしようとした、その瞬間だった。
刹那――ゆっきと目が合う。
息を呑む。
唾を飲み込んで。
それから――。
雪姫の悲鳴が、響くの――なんで?
少しだけ、開けられた窓から。風が吹き込んで。
まるで何事もなかったかのように、カーテンがパタパタとはためいて。
まるで、見せつけられた私がワルモノじゃんか。
解せん――。
■■■
【14:10 Cafe Hasegawa】
いつものカフェで。観葉植物で遮蔽された奥――そこは文芸部指定の作業スペースでもあった。今回はこの面子で、この席を占有する。
かちゃん。
それぞれ注文した飲料を美紀さんが、配膳してくれた。見れば、雪姫がカフェオレ。上にゃんが紅茶であることに、思わず目を見開く。それぞれ、正反対の嗜好――と思いながら。相手の好きな飲み物だと、気付いて。砂糖を吐きたくなった。
「ごめん。片手だから、上手く淹れられなかったかもだけど。ラテアートも省略したし」
「もう。こだわったら、これだけで時間がかかっちゃうじゃない」
一瞬、二人が席を立ったと思えば。お互いの飲み物を、あの短い時間で淹れてきた、と。今は手を繋ぐのが難しいから。ゆっきが、さりげなく上にゃんの腰に手を回して、寄り添って。それがあまりに自然すぎて、見ているこっちが気恥ずかしい。
「……本当にバカップルめ」
空っち、もっと言ってあげて。初めての行為の後、血で滲んだシーツを交換して。そのまま、延長戦に突入したエピソードを親友から聞く日が来るとは思いもしなかったよ。
「ありがとう」
「ほめてないでしょ?」
「ほめてない!」
私と、空っちの声が重なるのが妙に、おかしかった。笑みが漏れる。
でも。まずは、一息。
私も、ミルクティーを飲む。それから、静かにティーソーサーにカップを置いた。
「……それで。どうだったの? 大丈夫だったの?」
私はゆっきを見やる。
ゆっきは、真剣な眼差しでコクリと頷いて――頬を朱色に染め……た? へ? なんで?
「最初は痛かったけど。その……冬君、優しいから。でも、不思議だよね。優しくされると、もっと疼くというか。その、もっと貪欲になっちゃって。足りないって、思っちゃって。でもその後、奥まで……一箱って、あっという間なんだなぁ、って。タコさんに初めて感謝しちゃった――」
「何の話?!」
それ、上にゃんとの初めての話だよね? 違う! そうじゃない!
「私が、聞きたいのは芦原のこと! 何もされてない?」
「あ、し、は、ら?」
ゆっきが、目をパチクリさせる。あ、この顔はダメだ。一切、眼中になかった。そんな顔だ。一気に、脱力だ。一晩中、みんなで心配していたのに。このバカップルときたら、その間、ずっとにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん。私、怒る権利があると思うんだ。一晩中、心配させて! この雪ん子と真冬ときたら――。
「ありがとう、彩ちゃん。心配してくれていたんだよね?」
にっこり笑う、ゆっきの笑顔に思わず、見惚れてしまう。あぁ、そうだった。こういう子なんだ。ちょっと、ひねくれているクセに。誰よりも真っ直ぐで。やっぱり、雪姫は私の大好きな雪ん子で――せめて、首筋のキスマーク、絆創膏で隠してよ、とは思うけれど。
「俺、みんなに謝らなくちゃ」
背筋をのばして、上にゃんが言う。みんなの視線が、上川冬希に注がれた。
「……たくさん、無理させたって思うんだ。でも、俺のせいだから。せめて、みんなには処分がいかないように――ぶっ」
ひかちゃんの放り投げたおしぼりが、上にゃんお顔に直撃。見事に、先走る上にゃんの言葉を奪ったの、ナイスすぎるよ!
「冬希の悪いクセだよ。勝手に抱えこまないの。COLORSの時だって、そうでしょ? 現状、調査中だけれど。基本的に僕らは行為は不問に処するってさ。器物破損って話もあったけれど、下河が置かれた状態を鑑みたら、正当防衛っていう話で落ち着いているからね。図書室の復旧は手伝って欲しいって、夏目先生は涙目だったけどね。少なくとも冬希が全部、背負うのはのは、ちょっと違うんじゃないかな?」
「そ、それは……でも――」
「でも、じゃない。何か感じたのなら、言葉にする。クソガキ団・第一条、〝隠し事をしたら全員からイタズラされること覚悟すべし〟ってね。冬希はもう、クソガキ団の一員なんだから。変な遠慮はしないの」
「そんな約束あったっけ?」
ゆっきが真剣に首をひねっているのが、おかしい。
「クソガキ団なんだから、クソみたいな約束いつの間にか増えているって」
クスクス、私は笑う。
「私達、4バカもいれてもらって良いですか?」
翼ちゃんの一言に、笑いがさらに弾ける。
「え……俺も?」
「空君、不服なの?」
「ウレシイヨ?」
がんばれ、空っち。クソガキだから、何をしても許されちゃうからね。ちゃんと、翼ちゃんの気持ちを受け止めてあげないと、大変なことになるよ?
だって、クソガキだもん。遠慮なんて、してあげないから――。
「それじゃ、私もクソガキ団として。一つだけ良い?」
と、ゆっきがそんなことを言う。
「イヤな予感しかしないけれど――」
と私が言うよりも、雪姫の行動は早かった。
「冬君、大好き。でも、背負う時は私も、みんなも一緒だからね」
そっと、ゆっきの唇が上にゃんの頬に触れる。
開いた口が塞がらない。
公衆の面前だっていうのに。
この雪ん子、まるで反省していない。
上にゃんを前にしたら、この子に自重という文字はない。もう、知っていたけどさ!
これから通常通り、学校が始まったら。
こんな二人を毎日、見せられるの?
「ちょっと、勘弁して?!」
ジャジーな音楽が流れるCafe Hasegawaの一角で。
これからの生活に想いを馳せたら――つい、唇の端が綻んでいる私がいた。




