エピローグ 運命
私は退屈していた。
畑の脇の切株に腰かけ、青い空を見上げて嘆息。
つまらない。
何か素敵なことでも起こらないかしら。
恵みの巫女だ、奇跡の聖女だ、と囃し立てられているというのに、自分にはちっともご利益がない。
しまいには働かなくてもいいと言われ、毎日暇を持て余している。
ここは平和なだけが取り柄の田舎の農村だ。
と言っても、私が生まれる前までは貧しくてからっからに乾いた村だった。周りを囲む森に緑はなく、井戸も枯れ、死を待つだけの不毛な土地だったらしい。
百年前の人魔戦争のなごりで世界は激しく荒廃していた。
ところが私が生まれた途端、恵みの雨が三日三晩降り続け、この辺りの大地が息を吹き返した。
確かに私には不思議な力がある。
私が指示した場所を掘れば水脈に当たるし、土を触れば芽が生えるし、旅先では必ず雨が降る。
どうやら水の精霊様に愛されているらしい。精霊なんて、見えたことないんですけど。
どうせなら童話で読んだ精霊王様に会いたいな。輝く森を何千年も守り続け、最後には人間のために死んでしまう悲しい結末だった。けど、もしかしたら世界のどこかにまだいらっしゃるかもしれない。
時折誰かに見守られているような、風に頭を撫でられているような、そんな気がするのだ。
私は燦々と輝く太陽に目を細める。
今日はやけに暑い。こういう日は雨でも降って涼しくなってくれると嬉しいのだけど、今日に限って雨雲が発生する気配がない。
こういう不思議な力は子どもの頃しか使えないという話も聞くから、そろそろ私も普通の人間に戻るのかもしれない。
そう、私はもう子どもじゃない。もうすぐ十六歳になる。
十二歳の頃から代わり映えしない容姿のせいで、全然大人扱いしてもらえない。それが不満で頬を膨らませると、ますます子どもっぽいとからかわれる。
村の同い年の女の子は恋人を作って楽しそうにしている。もう結婚が決まった子までいて熱いのろけ話を聞かされるから、鬱屈は溜まる一方だ。
奇跡の力を欲しがる地域はたくさんあり、縁談が来ないわけじゃないけど、どの人もピンとこない。
違う、と直感的に分かるのだ。
この話をすると、さすがに夢を見すぎだといつも笑われるけど、私は信じている。
どこかに運命の王子様がいて、いつか私を迎えに来てくれるのだと。
早く迎えに来てくれないかな。
私から探しに行ってもいいけど鉄だらけの都は怖いし、運命の人とすれ違ったら大変だ。
昔そのせいでとんでもない徒労感を味わった気がする。
何のことだったか忘れてしまって、胸に鉛が詰まっているようで気持ち悪い。
私が深々とため息を吐くと、一陣の風が吹いた。
「すみません。ここは水の聖女様がいる村でしょうか?」
聞き慣れない声に私は振り返る。
一人の少年が所在なさげに立っていた。
黒髪に茶色の瞳の端正な顔立ちの少年。腰に刀を携えている。
目が合った瞬間、私も少年も息を飲んだ。
ど、どうしよう……。
私は慌てて目を逸らし、身を縮こまらせて小さくなる。
この人だ、と直感した。
早く迎えに来てと願っていたけど、いきなりすぎるのも困る。
心の準備ができてない。
「あの」
私は髪や服の襟元を整え、今度は控えめに振り返った。心臓がどきどきして、涙がこみ上げてくる。
少年はおもむろに膝をつき、私に向かって恭しく頭を垂れた。
「え!?」
「ずっと……ずっと探していました。あなたを。ようやく見つけた。小さくて可愛い、俺の運命の人」
歓喜で震える声に私も震えた。
少年が私に手を差し伸べる。
「俺と結婚してください」
まだ名前も素性も知らないのに、少年は断られるとは露とも思っていない自信満々の笑みを浮かべていた。
「はい。喜んで」
私はくすりと微笑み、当然のように答えた。
彼の手を取り、そっと握りしめる。
温かい。痛みもなく触れ合える。
たったそれだけのことで私は泣き出してしまった。
お読みいただきありがとうございました。