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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第九部-】
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【-双極の二人の生き様は-】


 男は常に優秀だった。優秀過ぎるほどに、優秀だった。


 だからこそ男はその生涯に悔いの残らない人生を送って来た。どのようないざこざがあろうと、どのような仕打ちを受けようとも、結果的に己自身が満足したならばそれは悔いとはならない。


 “死神”と分かり合えなかったことについても、悔いはない。どれだけの言葉を交わしただろうか、どれだけの力をぶつけ合っただろうか。その度に屈服され、負けを認めさせられ、己自身を貶された。


 しかし、男は負けを恥とは思わなかった。圧倒的な強さの前に負けるのだ。どれだけの策を講じても、どれだけの力を行使しても敵わない相手。それが目の前に居る男である。そういう結論が出たのなら、敗北にも納得ができる。勝利できないことに苛立って起こしたことは、大した結果を生み出しはしなかった。ならばそれが運命なのだ。それが(ことわり)なのだ。どれだけ優秀であろうと、それすらも越える存在は必ず存在する。それを前にして、腐るか腐らないか。


 男は腐らなかった。納得し、理解し、呑み込み、把握した。“死神”に敵わない己自身を認め、そして挑み続けたことに誇りを持った。強者を前にすると弱者はいつも媚び(へつら)う。しかし、男は折れずに立ち向かい続けた。


 そう、だから悔いは無いのだ。標坂 鳴を利用し、騙した。そこに後ろめたさがあったと言えば嘘になるが、それも“死神”と、“死神”が連れていた少女によって、全て解消された。男は謝り、標坂 鳴はそれを受け入れた。


 二十年前よりもずっと前から、男は孤独であった。優秀過ぎるが故に、いつも矢面に立たされ続けた。出る杭を打つかの如く、忌み嫌われた。だが、二十年前のあの日から、男は孤独を感じたことは一度も無い。狂ってはいたが、生き残った仲間が居た。反りの合わない連中ばかりではあったが、それでも二十年前の生き残りという括りに入れられたことによって、男は孤独から解放されたのだ。


 そして、二十年後にまた出会った。各々、信じる強さを込めた子供たちを連れていた。そのことについて、話さなければならないことも沢山あったが、男にとって喜ばしいことに、話し合いの場は幾らでも設けられた。だから、二十年前の生き残りという括りと共に死ねることはとても幸せなことなのだ。“現人神”としてではなく、ジギタリスとして死ぬことができる。それがどれだけ幸せであるか、きっと誰も分からない。


 産まれる時代を間違えたとよく言われた。もう少し早く産まれていれば、国家を率いる者になれただろうと言われた。


 しかしそんな幻想に価値は無い。何故なら男は、“この時代に産まれた”のだから。


 ならばこの時代でやれるだけのことをやった男の人生には、一欠片ほどの後悔も無いのだ。



 守りたい人が居た。守らなければならない人が居た。


 ずっとずっと守るんだと心に決めた人が居た。


 けれどその心に決めた人は死んでしまった。


 そしてその人は言うのだ。


 生きること。


 そう約束した。


 約束したから死なずに生きている。


 死んだ人との約束をずっとずっと守っている。“呪い”のように、守り続けている。


 けれど、虚しいのだ。


 どれだけ抗っても、

 どれだけ戦っても、

 どれだけ討ち続けても、

 どれだけ生きていても、


 虚しいのだ。


 守りたい人の居ない世界で生きることは虚しく、そして寂しく、果てには悲しさすらあった。そんな中でも、約束を果たし続けなければならない自分自身は一体、何者なのかと問い続けることさえあった。


 修羅のように生きて来た。


 それでも、己は人間なのだ。体にも限界は至り、ボロボロな心はもう崩れてしまいそうだ。


 もう戦わなくても良いじゃないか。

 もう苦しまなくても良いじゃないか。


 そう思った直後、身も心も動かなくなった。なにを言われても、なにを見ても、なにも感じず動じず、固まった。


 昔のことばかりを考える。


 もしもあのとき、と考える。


「ねぇ――、もう一つ約束しよ?」

 走馬灯のように今までのことが頭の中を駆け巡る。

「一つは生きること。もう一つだけ、約束。これをきっと、――はよく分からないから、忘れちゃうとは思うんだけど」


 忘れてしまう約束など、約束と呼べるものか。


 そんなものは、忘れていて良いことのはずだ。


「あなたの生きたいように生きて」


 全ての意識が収束する。

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