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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第九部-】
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【-玉響-】


「片腕だけでも、やっぱテメェには勝てなかったな」

「それでも随分と手を焼かされた。誇って良い」

「はっ、それでテメェは、これから俺様じゃない俺様にやられることが分かっているのかよ? 分かっていて、言っているのかよ?」

「ああ。標坂 鳴に必要なものは、目標の“喪失”だ。だから、僕はそうなることを望んでいる。そうならなかったなら、標坂 鳴はずっと、“極致”には至れないだろう」

「そのために、犠牲になるってぇのか? “現人神”様は、大変だなぁ」

「それが人柱としての役割ってやつだ」

 ストラトスはその答えに満足したかのように目を閉じ、そしてジギタリスの前で霧散する。


 炎の十字大剣を消し去り、息をついた直後、彼の背中に鳴は自身の短刀を突き立てていた。


「大丈夫、君はそれで良い。君は、そうして生きて行けば良い。光になんてならなくて良い。むしろ君は、そっちが似合っている」

 ジギタリスは前のめりに崩れ落ち、そして起き上がらない。血に濡れた短刀を眺め、鳴は黒い眼差しで辺り一面を見やる。

 短刀に張られていた竜の髭で作られた弦がプツンッと切れる。『音』の終わりを知らせるようなその瞬間に、しばしの静寂が流れた。


「『音』が『炎』を捨てたか。いやはや、愛弟子に殺されるというのは実に悲しいことだろうなぁ、“現人神”。しかし、人の手で討たれたのであれば、やはりそれは神では無かったということになるのか」

 黒い靄が収束しフェンネルとなる。両手を広げ、喜びを表している。

「けれど、君をこのまま放っておくわけにも行かないか。しょうがない、ボクが君を利用させてもらうよ」

 フェンネルが鳴に向かって影を伸ばす。


「黒椿」

 鳴が右手を横に伸ばし、そう呟いた刹那、鞭のようにしなる体を駆使した黒い大蛇が地面を抉りながらフェンネルの影を弾き飛ばす。


「影を、拒む、だと?」

 大蛇は鳴の右腕に巻き付き、やがてその半透明な姿を消失させる。しかし、鳴が服の袖を引き千切ると、右腕には黒い蛇を模した刺青が刻まれている。

「蛇の紋様……舌には“悪魔”の印。君は本当に、人間か?」

「私は人間。薄汚い海魔にその存在を否定なんかされたくないわ」

 フェンネルは眉をひそめたのち、黒い靄となって消える。まるでその靄に惹き付けられたかのように複数の海魔が同時にその姿を現す。

「フロッギィ……」

「影を拒む者など、不必要だ。薄汚いと呼ぶ海魔に喰われてしまえ」


「それは無理だよ、“影の王”」

 鳴が呟いたのち、胸の痛みと頭痛から前屈みになり、絶叫を上げる。強膜との境目だけを残して黒い瞳は白に染まり、そして黒い髪もまた白一色の染まる。


 大地は震撼し、海魔が何事かと驚いている間に地面から一つ、また一つと半透明な丸い塊が光を発しながら宙を舞う。


「鎮め鎮め玉響(たまゆら)よ」

 鳴の右腕に全ての光の塊が吸い込まれ、黒い蛇を模した刺繍が薄暗い光を発する。

「沈め沈め、玉響よ」

 続いて半透明ながらも現出した黒い大蛇が鳴の周りを這いずり回り、黒い軌跡を描く。

「黒椿!! 私の前に蔓延る“悪”を根こそぎ刈り取れ!!」


『りょぉかぁい』

 噴出する黒い力と、両手に握り締めた短刀を重ね合わせ、黒い大蛇が一つとなって白い大鎌を作り出す。

 鳴が大鎌を携え、動きの取れていないフロッギィを数体、纏めて真一文字に切り抜いた。しかしフロッギィの体には傷一つ付いていない。そのことに鳴は疑問を一切持つことなく、手元で大鎌を回転させる。

「さようなら」

 大鎌の回転を止めた直後、真一文字に切られたフロッギィが声を上げることもなく倒れ、それ以降、起き上がることはなかった。


「……君は、まさか“魂を刈った”のか?」


「質問に答える義理は、ない。次はあなたの魂を刈る」

「ふ、ふ、ふははははははっ、なんてことだ。人間こそやはり最低最悪の存在じゃないか。魂を刈り取るだって? 無垢な命すら摘み取りかねない怖ろしい力を手に入れて、なにを勝ち誇っているんだい? この悪魔め! 死神めが!」


「黒椿、どう思う?」

『まったく? 全然? これっぽっちも私は痛くない、鳴は?』

「大丈夫」

『そう? 鳴が大丈夫なら私はどうだって良いのよ。あっはははは! “影の王”が聞いて呆れるわ。あなたが影を送り込んだ時、唯一引き摺り出されなかった人格がこの私! ヒエログリフ、ストラトス、マジョラム、カバーのどれもこれも私が大事に育て、鳴が守り抜いた大切な人格! それらが一つに統合され、そして私の誘いには乗らず、自らこの道を選んだ鳴には感謝しかないわ。だって、私は“悪魔”で“死神”なんだもの!! 表舞台には決して立てない存在が、こうして鳴を媒介にして“影の王”だなんて口走っているイタい海魔のお顔を拝見できるなんて、これほど面白いこともないわよ。ねぇ、“影の王”さん? 悪いけれど、人に蔓延る“悪魔”は――正真正銘の“死神”は人間側を選んだわ。残念ねぇ、あなたがもし死んでも、その御霊は地獄に行けない。けれど、あなたは海魔だしきっと天国にも行けそうにないわよねぇ。死んだあとの魂は、ずっとこの地で迷子のまま。誰にも気付かれず、誰にも拾われず、誰にも潜むこともできず、誰にも憑り付くこともできず、ただただ居場所の無い王様に成り果てる。精々、迂闊に死なないことねぇ、影のお・う・さ・ま♪』


「死神……死神、だと?」

『そうねぇ、あなたの知っている死神じゃない方。分かる? それぐらいの知能はあるわよねぇ。そうじゃなきゃ、海魔の王にはなれないもの』

 フロッギィを押し退けるようにして黒い靄は一所に集まり、フェンネルとなる。

「君は殺さなければならない。どうやっても、ここで始末しなければならないらしい」

『それは残念。とてもとても残念よ。私たちは殺されないし、殺されるのはあなたの方。もっとも、私じゃない私は半分殺されたも同然になってしまうから、しばしの間、あなたと会うことも無いでしょう。もしかしたら、もう二度と無いかも知れないわ。だって、私は鳴の裏側でずっと見ていたわ。“私なんかよりもずっと怖い怖い人間の希望の塊”を。あなたが宿っている仮初の体はここでおしまいだけど、次の本当の体で会うことは、永遠に無い。死神が、断言してあげる』


 炎が渦巻き、フェンネルの周囲を取り囲むと、火花を散らして幾つもの爆発が起こる。


「なんだ?」


「“呪い”には注意していただろう、フェンネル?」

 フェンネルはジギタリスが倒れていたはずの地面を見る。白い外套と血だまりはあっても、そこに死体は見当たらない。そして炎と化したジギタリスは今、フェンネルを拘束している。


「炎でこのボクを焼き殺せるとでも?」

 体の一部を黒い靄に変質させながら、フェンネルは拘束から逃れようとする。

「“呪い”からは逃れられない」

 火花が散り、炎が黒い靄を焦がして行く。

「これが君の体の一部であり、そして水分で起こった靄で無い以上、“燃やせない道理はどこにも無いんだよ”」

「くっ」


「雪雛 雅の母親を殺した。そして、父親もここで殺す。“影の王”に利用されていたなんて事実を、彼女に知らせてたまるものか。そんなことは、この僕の“正義”が許さない」


『さすがは“正義”の代弁者。けれど、目標の“喪失”が鳴をこの極致に至らせたわけじゃないんだよ』

「なら一体、なにを“喪失”したのかな?」

『あなたと共に生きる未来の“喪失”。それぐらいの代償じゃないと、死神の私は目覚めないわ。ええ、本当の本当よ? だから、あなたが思っている以上に鳴はもう感情が死んでいるの。ええ、でも気にしないで。感情は音の波のようなもの。大きな波長のあとには静かな波長が訪れる。ただそれだけのことなのよ。だから、今度こそ私を信じてくれるかしら?』

「……黒椿、だったかい? 信じさせて欲しいなら、すぐにこの場から鳴を連れて逃げてもらえるかい? 僕は今から、このフェンネルの入っている体を消し炭にしなければならないから」


『ありがとう。ようやく私は名前を呼んでもらえたわ。鳴にも、そしてあなたにも。驚きよね? 誰にも伝えていなかったはずなのに、誰にも教えていなかったはずなのに、鳴は鳴自身でこの名前に行き着いた……いいえ、本当は私に名前なんて無かったのかも知れない。なのに名前を呼ばなきゃ従わないと言った私に、鳴はこの名前をくれた。その時ね、正解と言ってしまったのよ。ビックリしたわ。これほど私は名前を与えられたかったのか、と。これほど私は名前を与えられ、呼ばれたかったのか、と。それも黒椿だなんて、良い響きじゃない? とてもとても嬉しいわ。これも全て、鳴があなたに出会ったおかげ。鳴が鳴じゃない四人を統合させたおかげ。あなたが四人を黙らせていたおかげ。ええ、ええ、お礼ばかりしか浮かばない。あなたは本当の本当に“正義”に忠実だったのね。それだけは真実であると、死神の私が心の底から言えるわ。本当の本当よ? だから、その死を無駄と言う者は決して居ないと、私は断言するわ。天国が嫌になったら地獄にいらっしゃい? 歓迎してあげる』


「聖人君子のこの僕が、天国以外に行くわけがないだろう。地獄なんて真っ平御免だ。君の歓迎なんて死んでも受けるつもりはないよ」

 暴れ回るフェンネルを炎だけで押さえ込むジギタリスの言葉は静かで、そして全てに満足しているかのように、温かいものだった。

「さようなら、フェンネル」

 鳴は光の灯っていない白い瞳で呟きながら白い外套を拾い上げ、踵を返す。

「黒椿」

 呟き、右腕から現出した大蛇が白い大鎌に噛み付いて、背後の地面を大きく横に引き裂く。空間を断裂したかのように音圧の壁が現れ、鳴を追い掛けようとする全てのフロッギィを拒み、そしてフェンネルを焦がす炎となったジギタリスさえも鳴に及ぶことはない。それは果たして『音』と呼ぶべき壁なのか、それとも『闇』によって分かたれた夢と現の境目なのか、黒椿に命じて振るった鳴自身も未だよく分かってはいない。


 ただ一つ分かることは、ジギタリスはもう死ぬということだけ。鳴は大鎌から二本の短刀に戻ったそれを見つめたのち、鞘に収める。黒い大蛇が鳴の意思に反して走らせる。留まろうとする鳴の思念を黒椿は断ち切り、彼女の生存のためにただただ走らせる。


 後方で大きな爆発と爆炎が起こる。それは、“呪い”と言う名の男の最期の炎であった。

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