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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第九部-】
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【-だから出会った-】


 少年が海竜に復讐を誓い、故郷を出たすぐあと、その故郷は滅んだ。昼夜を問わず、来た道を引き返したが、間に合わなかった。


 どれだけ煙たがられても、どれだけ疎まれても、どれだけ悪魔の子と罵られても、そこは少年が生きて来た小さな世界の一つそのものだった。それを無惨に壊されて、懐かしむ暇も無く消え去った景色は腐敗臭と炎によって消し炭になった。幸いにも残った家屋もあったが、そこには海魔が喰らった死体が転がっており、中には少年の知る者まで居たため、長居することもできずに、叫びながら滅んだ故郷から逃げ出した。頭の中にあった景色は記憶の水底に沈み、二度と少年の頭の中に甦ることはなかった。それはあまりにも凄惨な光景を見た際に起こる、一種の記憶喪失である。喰い荒らされた死体、炎に包まれた故郷、腐敗臭漂う町中、どれもこれもが、精神を崩壊させるほどに強烈なダメージを与えて来るもので、少年が発狂しないように脳は自ら鍵を掛けたのだ。


 故に少年は『罪深き穢れた子供』と言われる由縁を知らなかった。産まれ故郷が滅んだことは一年後に耳にした。しかし、滅んだその時、急いで駆け付けたという事実は少年の中から消し去られていたために、そして、それ以上の死線を渡り抜いて来た少年には、それをショックだと思うような感覚は既に喪われていた。


 夢で苛まれるのはいつだって、少女との約束。そして少女の最期。故郷で蔑まされていたことや、疎まれていたことさえ二の次とばかりに眠りの中でいつも少年は、その絶望の瞬間を味わわされる。


 だから海魔が憎い。どれだけ討伐しても討伐しても討伐しても、蛆のように湧いて来るその存在が、とても憎くて仕方が無い。しかし、討伐の手を休めることはなかった。身を削ることがあっても、休息を得ようなどと思うことは一度として無かった。


 海魔との戦いにおいて常勝不敗の少年は、誰の手も借りずに独力で武器の扱い方を覚え、そして足運びや立ち回りすらも自らの修練の中で叩き込んだ。時には協力して強大な海魔を討伐しなければならないときもあった。その時は熟練した討伐者の動きを目で追い、そしてそれを真似て、自らのものとした。少年と手合わせをした討伐者は一度目は勝つが、二度目は負ける。その時には少年は手合わせをした討伐者の全てを吸収し、自らのものにしているためだ。その観察力、そして相手の心すらも見抜くような(まなこ)はやがて鋭くなり、肉体は海魔との死闘を重ねて傷だらけとなり、強者であることを示し、人を寄り付かせないために漆黒の外套を纏うようになる。それは査定所に指定された色を纏うことを否定したことに繋がり、『上層部』に何度か目を付けられるが、どのような過酷な任務を与えられても死なずに目的を果たし、帰還する少年の異常性に、やがて『上層部』すら黙り込むこととなる。


 復讐を果たすまでは死ぬことはできない。


 その復讐心だけが少年を突き動かす全てであった。少年が心を許し、約束をした少女。その少女を丸呑みにした海竜を討ち果たすまでは、と。


 そんな少年も青年になり掛けた頃、首都防衛戦に参加した。そこで少年は――男は白き竜と出会い、更には復讐すべき相手である海竜を討ち、生き残った。


 しかし、男はまだ死ぬことは許されていなかった。


 海竜の腹から零れ落ちた少女が、男の記憶に残る少女と瓜二つであったからだ。それは神の悪戯か、或いは恨み続けた世界からの報復か。ともかく、その少女が生きている以上は、男は呪いとなりつつある、海竜に丸呑みにされた少女との約束を果たさなければならないという錯覚に陥った。少女は人間ではなく、海竜であり、且つギリィであるという例を見ない海魔であったが、しかし、その姿が過去に見た少女である以上は、守り続けることが男の生き甲斐となっていた。逆に言えば、男は瓜二つな少女の姿をした海魔を見た瞬間から、壊れたのである。精神は首都防衛戦時に既におかしくなっていた。しかし、脳は記憶の中にある約束を呪いとし、捻じ曲げてまで少女を生かすことを強制するようになっていた。


 首都防衛戦において生き残った者たちからは煙たがられた。疎まれた。狂っているとさえ言われた。しかしそれは男にとっては、昔に浴びせられた言葉とほとんど変わらず、大して心を打つことはなかった。やがて男から生き残りたちは離れ、男は少女を連れて日本を歩いて回った。最初は当ても無く、自身が勝手に決めた方角に歩いていたが、少女が少しずつ自我を示すようになり、「あっちに行きたい」や「こっちに行きたい」と言うようになってからは、男は少女に従うようになった。


 海を渡ったのも少女の好奇心に従ったためである。その先に広がっていたのは、討伐者と一般人による戦争だった。海魔という脅威に力を合わせて対抗してはいなかった。少女はあまりにも違うその光景と思想に耐えられなかったらしい。男と少女は一ヶ月ほど滞在して、日本に戻る船に乗った。その際、セイレーンの襲撃を受けることとなり、片目を潰されたが、少女を守り切るために獅子奮迅の活躍をし、“死神”の異名を轟かせるようになる。


 その後、男と少女は目的も目標も無い旅を続ける。少女が色々な人の在り方を見たいらしく、男は言われるがままに様々な街と町を、そして都市を見せて回った。


 それは偶然だったのだ。


 男は海魔の少女を待たせて斥候に出た。その折、フィッシャーマンに襲われている少女を見つけた。いつもならば見殺しにするところだ。面倒事には関わりたくない。フィッシャーマンが武器の扱い方を覚えたならば、少しばかり面倒になるが、所詮はフィッシャーマン。男が対峙しても悠々と討つことができる。だが、男は少女を守るために動いた。その衝動的な行動に理由を付けるならば、その少女は男と同じく、ギラギラとした瞳を宿した少女だったからだ。


 素人同然の討伐者の少女が持つ、その“眼”の力に、男は全てを賭けることにした。


 恐らくそれが、海魔の少女にとっても良い方向に働くと、言葉にせずとも思っていたためだ。

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