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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第九部-】
272/323

【-“音”-】

「こちらです、ジギタリス様」

 案内人が先導を始め、ジギタリスがそのあとを付いて行く。

「檻は地下にあります。また、少々の誤解を解消しておかなければなりません。檻と言っても、猛獣などを入れるような大きさのものではなく、それよりも更に大きな――人一人が生活可能なサイズの物となっています。また、檻の一部は形を変えさせ、水洗式のトイレを用意し、そこは外部から見えないように『金使い』が変質させた金属の壁と扉で覆い、排泄の姿が見えないように気も配ったものとなっております。また、着替え等で衣服を脱ぐ場合もありますので、こちらもどこからも見ることのできない囲いを用意しております。一つの檻に、着替え用の部屋とトイレ用の部屋があると思ってくださるとよろしいと思います。そして、地下と言っても天井からは太陽光を取り入れる窓を用意しており、清掃員も合わせて一日の終わりに巡回することで清潔さも保っております」

「けれど、それ以外は檻の外から丸見えか」


「それは、仕方がありません。『金使い』の金属質な部屋で囲ってしまっても構わなかったのですが、それでは中でなにが起こっているか把握することができません。子供が将来を悲観して自殺……など、我々は見たくないのです。今のところ、檻の中の子を除き、他の子供がそのような行動を取ることはありませんが、いつまで保つかも実のところ、怪しいところもあります」

 この世界では、と案内人は最後に付け加える。


 男は「そうか」と相槌を打ち、石造りの階段を降りて行く。コンクリートで出来たビルや建物が外ではひしめいているのだが、この査定所は中世にあった石造りの建物をそのまま現代に持って来たような建物だ。恐らくは、『穢れた水』が世界に溢れ出す前に造られた、ヨーロッパテイストな建物をそのまま利用しているのだろう。使い手がまだ少なかった時代、いかにして『穢れた水』の浸食から中を守り、そして雨を凌ぐか。そうやって壊されずに残され、今に至るまで残っている。木造建築であれば雨により『穢れた水』を材木が吸い、腐食の速度が尋常ではないほどに早まる。切り倒され、“活きていない材木”は、森や林の木々のように自浄できないのだ。それに比べ、石造りは雨漏りにさえ気を付ければ、水を吸うことはない。


「時代に取り残されたと取るべきか、時代が昔に返ったと取るべきか」


「はい?」

「独り言だよ、気にしないでくれて良い」

 階段を降り切ったところで案内人は懐中電灯を取り出し、暗がりを照らす。

「それほど奥に?」

「我々にとって、未知の力は怖ろしいものですから。しかし、檻に近付けば採光用に窓を取り付けてあるので、次第に明るくなります。雨の日も考え、窓は檻の真上にではなく、檻を収めた部屋の四隅となってしまっているのですが……これも、仕方が無い処置と捉えていただければ幸いです」

「ああ、『穢れた水』の雨は、怖ろしいからね。もしも窓を開け放ったままだったなら、或いは窓を閉じていても雨漏りをしてしまったら、その子の命が危うい」

 そう話している内に、奥の方から光が見えて来る。案内人が懐中電灯を消し、懐にしまって「こちらです」と、やや足早に男を連れて行く。やがて見えて来た扉を案内人が取り出した鍵で開けて、男を先に檻のある部屋に通す。

「どれほど滞在なさりますか? 私はお邪魔になるかも知れませんから、部屋の外で待っておりますので」

 その言葉の裏側は男にはすぐに読み取れた。


 化け物が二人も居る部屋に、居たくはない。案内人は心の裏側でそう思っている。しかしそれを押し隠した。ならばそれは“悪”ではない。誰だって畏怖する相手の前では嘘をつく。真実を話せるほどの強さを持っていれば別であるが、案内人からそのような強みを顔を合わせたときから感じることはなかった。だから、仕方の無い嘘なのだ。


「長くは居るつもりは無いよ。ただ、鍵は僕に渡してもらえるかい? 君が僕と一緒に、この子ごとこの部屋に閉じ込めようなんて気の狂った行動に出ないとも限らない。君の忠誠心を示すなら、渡して欲しい。また、部屋の外で聞き耳も立てることも禁じる。僕は自分の意思で、自分のタイミングでここから出る。地上階に戻ったときに鍵は返す」

 もし閉じ込められたとしても、男にはこのような扉を簡単に溶かし、案内人を殺すだけの力はあるが、それは案内人が“悪”に転じたときにしか取ることのできない行動だ。

「承知致しました」

 案内人は男に鍵を渡す。そして、「なにかありましたらすぐに連絡を」と壁に取り付けられている受話器を指差したのち、その場を立ち去った。


「さて」

 男は檻に向き直る。

 檻の中央に体育座りをして、顔を膝で隠している少女の様子を探る。あれだけ大きな声で喋っていたのだが、少女は意に介していないのか、それとも興味すら湧いていないのか、全く顔を上げる気配は無かった。

「こんにちは」

 男は朗らかに声を掛けてみる。これまで生きて来た中で培った、嘘を盛りに盛った朗らかさだ。しかし、これに気付く人物は、男と一緒に首都防衛戦を生き残った者たちしか居ない。


 だからこそ、この一言に無反応且つ、警戒の色を体をピクリとも動かさずに放出し始めた瞬間から、この子供への対応はすぐさま変えなければならないと分かった。


「話をしようか、化け物。この僕がわざわざ顔を見にやって来たんだ。顔ぐらいは上げたらどうだい?」

 今度は朗らかさなど消し去った、男の深層にある全てを見下す感覚から現れる言葉を吐き出した。

「……あはっ♪」

 少女がケラケラと嗤い出す。その嗤い方が、男の知る、とある“人で無し”に似ていたため、不快に感じてしまう。

「標坂 鳴、で良かったかな?」

「鳴? そう、私は鳴」

 顔を上げた少女の瞳は、濁り切り、更には空虚な色に染まっていた。男は思わずニヤリと笑みを零してしまう。


 この歳で、その瞳か。


 男は知っている。この瞳は、この世の全てに絶望したときに見せるものだ。憎々しく、そして醜悪なる、男がいつかは“正義”の下に屠りたいと願う“死神”もまた、この瞳をしていた。

 だからこそ、男の中の“正義”が、同時にその瞳を哀れに思った。“死神”と同じ瞳など、哀れ以外の何物でもない。できることならば、そのような瞳からこの少女を救い出したいとさえ思う。


 “死神”は忌むべき相手だが、さすがに同じ瞳をしているからという理由で、この少女を殺すことは男の“正義”に反するからだ。どちらかと言えば、更生させることに重きを置きたくなる。


「君、なにか不思議な力を持っているんだって、聞いたけど? 木製の扉も鉄扉も、金庫室のような扉さえも轟音一つで消し去ってしまうそうじゃないか。一体、どんな力なんだい?」

「私は答えない。だって、鳴のためにならないから。私は鳴のためになることしか話さない。だって、私は鳴であって鳴じゃないから。あははははっ♪」

 少女は立ち上がり、首を傾けながらケラケラと嗤う。

「その年齢で狂うなんて、まだ早いと思うけど」

「そういうあなたはもう狂っていそう。だって、波長が違うもの」

「波長? 波長だって?」

「ええ、鳴を見に来る人たちと“魂の波長”が違う。この波長は、狂ってしまった人か、狂いそうになっている人しか発することのない波長よ。そんなあなたが、鳴になにをしに来たの? 鳴を弄びに、来たの?」

 語尾は強く、そして拒絶の意思は激しく、それでも男は笑みを崩さない。

「へぇ、悪い大人にでも騙されて、弄ばれたのかい? お菓子をあげようと言われて付いて行った? それとも豪華な食事かな? 女の子なら服でも喰い付いちゃうのかな? さぁ、どれだい?」

「鳴は純粋な子。言の葉を大切にするとてもとても純粋で、なにもかもを吸収する子よ? でもね、さすがに“それ”を吸収させるわけには行かなかったのよ? だって、“それ”に慣れることは、鳴の心が壊れてしまうもの」


「まるで壊れていないかのように言う」

「だから私が先に壊れてあげたの。鳴の代わりにね?」

 男は壁にもたれ掛かり、肩を竦める。


「なにを言っているのかさっぱりだ」

「要するに、弄ばれる前に、殺したわ。鳴じゃない私がね? でも、私は鳴なのはホントの話なの。でも、そのときは鳴じゃなくて私が壊れて、殺してやった。だから鳴はそのときのことをなんにも憶えていないの。ほんとよ?」

「どうやって殺したのかな?」

「心音を止めてやったわ。心臓をビックリさせてやったの。やっぱり老いると心臓って弱くなるのね。直接、心音を止めに行かなくとも大きな音を出すだけで動かなくなっちゃうんだもの」

 大きな音のレベルにも寄るが、行為に耽ようとする瞬間に、轟音でも響かせられれば驚かないわけがない。なにより、無垢な少女に手を出そうとしている罪悪感と背徳感で心臓の鼓動は激しいものだったに違いない。

 心室細動からの心不全。恐らくは、この少女が殺した男の死因はそれだろう。

「なら、君は僕の心臓も止めたりできるのかな?」

「いいえ? 心臓を止めるなんてことはできないわ。心音を止めてやったって言ったけど、それも私の力ではないから、偶然の産物みたいなものよ」


 触れれば心臓を止める。そんな怖ろしい力の持ち主かとも思ったが、どうやら違うらしい。


「なら、どんな力だい?」

「当ててみてよ、狂った変態さん。当てることができたなら、私が鳴である内にこの体を差し出してあげても良いわよ?」

「そんな外道と僕を同列にするなら、有無を言わさず殺すよ?」

 純粋な殺意の放出に、少女が嗤うことをやめて、更に気圧されて一歩下がった。

「僕は君の体を弄びに来たわけじゃない。君がどうやら、査定所で預かってから問題行動ばかりを起こすと言うから、様子を見てくれということでやって来た。まぁ、君が未知の力を持っているという話を聞いたから、そこから興味が湧いたって理由も無きにしも非ずなんだけど」


「あっはっ♪ ようやく私が鳴を守らずに済むのかしら」


「君がモラルを持って行動できるなら、ここから出す気だって、僕にはある。ただ、今のままだと君は、やはり猛獣と変わらず檻の中だ」


「そんな風に言って良いのかなぁ?」

 少女がそう言って、ケラケラと嗤った刹那、男の右側で大きな音が響き渡る。それも地下という密閉空間の中では反響し、轟音に近い代物だった。


「鼓膜が破れるところだったよ」

「破れないことに驚きだな、私は。それどころか、三半規管すらも狂わせて、聴覚をぶち壊してあげようと思ったのに」

 男は音の出る前に、白い外套のフードを被った。その外套に込められていた力が、轟音の中であっても、男の両耳の鼓膜を守ったのだ。非常に、不愉快ではある話ではあるが、この外套に守られていなければ、聴覚を失うところだったと思うと、受け入れなければならない。


「音、か」

「当たり♪ 私は『音』を放つことができる。それも、目で見たところに音の壁を張れる。張った『音』は、壁のように人を跳ね返すわ。だって、音の圧力って人を寄せ付けないでしょう? そういった要素も、私の『音』は担っている」


 辻褄はこれで合う。轟音と共に消える扉。それは、この少女が扉を手で触れて『音』に変えてしまったからだ。だから轟音が鳴り響き、変質の材料となった扉は跡形も無く消えるのだ。そして、今の変質は手を介していない視線集中型の変質であった。ならば、この少女は接触型と視線集中型を合わせ持つ混合型となる。使い手としても討伐者としても、非常に珍しいタイプの使い手である。それも、『五行』に属さない『摂理』の“異端者”。異常性の権化とでも称したくなるほどだ。

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