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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第九部-】
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【-奇異なる者-】

「ジギタリス、様!? どうしてこのような場所に、」

 査定所に顔を出すと、すぐに声を掛けられてしまう。

「あまり騒がないでくれ。お忍びでも無いが、変に騒がれると肩身が狭くなる」

 査定所の受付の人物にそう言って、辺りを一瞥する。討伐者の数、使い手の数、そして仕事量と討伐目標の数などを確かめたのち、言葉を続ける。

「近々、戦闘訓練を終えた使い手を討伐者として登録させる。施設の護衛に何人か使おうとも思ったけれど、あそこはそれなりに強固な造りをしているから、全てここに任せるつもりだ。さすがは『下層部』施設の一つと言ったところだよ。空から襲撃でもない限り、完全な防衛はできずとも時間稼ぎぐらいはできるだろう」

「では、登録を円滑に進められるよう、手筈を整えておきます」

「そうしてくれると助かるよ」

 男はそれだけ告げて査定所を出ようとしたが、なにやら言い出しにくそうに未だに視線を送って来ているため、仕方無く、訊ねる。

「なにか懸念しなければならないことでもあるのかい?」

「それは、」

「顔に出ていたよ。訊いて欲しかったんだろう? 手短に頼むよ」

 受付の人物はあたふたとしつつ、カウンターの下にある収納スペースから資料を取り出し、男に見せる。

「少々、ご相談したいことがありまして」

「相談したいこと?」


「この都市限定ではないことなのですが、捨て子の数が月日を重ねるに連れて、どんどんと増しています。拾われても、まともな生活を送ることはできないでしょう。その手の性癖を持つ男や女に拾われては、目も当てられません。そして、拾われなければ乞食となり、その死に様は見るに堪えないものになってしまいます」


「なるほど……孤児院の数が足りない、というわけか」

「それもそうですが、子供を育てる環境が整っていないのが原因にあると思っております」

 男は資料を一枚一枚丁寧に読み、ある一枚の資料で動かしていた目線も、そして手も止める。

「奇異な、子供?」

「ああ、それは」

 ジギタリスが読んでいる資料のコピーに受付の人物も目を通す。

「さすがに路頭に迷っている子供の数が目を背けられないほどに増えていますので、こちらで引き取った中の一人です。こちらで預かれる人数にも限りがあって、ほんの十数人ほどしか面倒を見ることができず、ただの偽善に過ぎないのですが」

「いや、孤児院や保育所などの施設に目を向けていなかった『下層部』側のミスだ。早急にこの件については手配させてもらう。査定所が預かっている子供たちも、いずれはそちらに移そう。情が移って、離れられない子が居たなら、それはまた別の方法を考えなければならないけれど」

 男は次にすべきことを手帳に記し、話を続ける。


「それで、この子だけは他の子と隔離させているようだけど? 猛獣を捕らえる強固な檻に入れているそうだね。それも『金使い』が変質させた特注品のようだ」

「我々も、檻に入れるつもりはありませんでした。そもそも、そのような人間以下の扱いをするつもりだって無かったんです。ただ、他の子と違い過ぎるんです」

「違い過ぎる?」

「一応、こちらとしましては夜中に子供が出歩かないように預かっている子供の部屋には鍵を掛けさせてもらっているんです。トイレも一部屋一部屋にありますので、困ることもありませんし、就寝前に部屋に訪れて、夜中に喉が渇いたときのために水の入ったペットボトルも渡しています。もしものときは部屋にある内線――電話の受話器を取れば、夜中でも我々の電話に繋がるようにしています。それについては、全ての子供たちに試させ、理解してもらったと思います。現状、こちらで預かっているのは六歳以上の子供で、それ未満の子供については、やはり査定所を続けながらの世話を続けられないということで、見捨てる形になっているのですが……」


「電話か……ここでは使えるようになったのかい?」

「内線だけですよ。他のところに電話を掛けることはできません。あくまで査定所内だけです。それだけなら、なんとか、繋げられるようにまで一般の方々がやってくださいました。あとはトランシーバーについても、再現しようと努力しているようです」

「持ちつ持たれつ……か。僕たちが海魔ばかりに目を向けている間、彼らは失われかけている技術を取り戻そうと躍起になってくれているのだから、馬鹿にはできないな」

 まったくその通りです、と受付の人物は相槌を打つ。


「話が逸れてしまいました。あとは、そこの資料に書かれている通りです。その子は、どうやら使い手のようです。ただ、どのような使い手なのか分かりません。昼夜を問わず、扉を壊すんです」

「資料には、突然の轟音が聴こえ、急いで駆け付けると扉が消えていると書かれているけれど?」

「はい……壊すという表現は少々、誤りだったかも知れませんが、轟音と共に駆け付けてみれば、施錠したはずの扉が跡形も無く消えてしまっているんです。最初は木造の扉でした、次は金属の扉、そして最後に分厚い金庫室のような扉に変えました。これに掛けた費用には、一部、我々の生活費及び水を売っての報酬が含まれています。それのどれもこれも、跡形も無く消し去られては、もう参ってしまうしかありません。そして、我々は同時に怖ろしいのです。どのような使い手か分からない。昼夜を問わず、突然の轟音。一体、なにを起こしているのか定かではありません。監視カメラを設置することも考えましたが、相手は子供、更には女の子。男の子だから監視カメラを設置して良いというわけでもありませんが、通常、女の子の部屋に監視カメラを仕込むのは、酷というものです。それで我々の生活費や水が吹っ飛んでしまっているのですから、本末転倒となってしまっているのですが」

「いや、君の判断は間違っていない。『水使い』は特権階級。『水』の使い手というだけで、上の地位に立てる。その中に、人間性が腐っている輩が居てもおかしくはない。女の子の部屋に監視カメラを仕掛けることを良しとしない判断が出たのなら、この査定所にその手の輩は居ないのだろう。だが、そのデータを地位を利用して手に入れようとする外部からの『水使い』が現れたなら、厄介なことこの上ない」


 腐った人間性。世界が腐ったことで、人の心も澱み、荒んだ。だからこそ、使い手の力無き女性は守られなければならない。場合によっては、男に立ち向かえない力有る女性も守らなければならない。男の性とは時として狂い、乱暴であり、兇悪なのだから。


「それで、再変質が難しい『金使い』が変質して作った檻か」

「檻にしたのは、やり過ぎだったかも知れません。けれど、先ほども言いましたように、我々は怖ろしいのです。あの轟音の元がなんなのか、金庫室の扉のような分厚い扉すら跡形も無く消してしまうその力がなんであるのか分からない以上、いつ、この環境に耐えられずその力を油断し切っている我々に振るうか、定かではありません。我々にとって、現状、その子供はどれだけ大人しくとも、猛獣なのです」

「未知の力に怖れるのは、当然だよ。僕だって、そういった処置を取るかも知れない」

 男は適度に同情しつつ、資料をカウンターに置く。

「紙上は読み通した。この査定所で厄介な子供ということも分かった。だから、その子と会わせてくれないかい? 文字だけでは分からないことが、分かるかも知れないから」

 その問い掛けに、受付の人物は声量を落とす。


「しかし、“現人神”様にもしものことがあったら、我々は責任を負い切れません」


「でも、その子をどうにかして欲しいというのが、君たちの真理だろう? 安心してもらいたいな。未知の力の使い手であっても、僕は腐っても十五年、生きちゃいない。どんな力の使い手か分かれば、君たちも接しやすくなるだろう。場合によっては、『下層部』の方で引き取るよ」

「……申し訳ありません。これは、我々が処理しなければならない案件でした。それを、ジギタリス様に任せるようなことになってしまって」

「構わない。むしろ、僕はワクワクしているくらいだ。奥に通してもらえるね?」

 受付の人物は肯き、カウンターの端を開き、男を中に通す。続いて、別の人物を呼び、その者に事情を説明し、男を案内させるよう指示を出す。

「私はカウンター業務から離れることはできませんので、その人物が奥に案内してくださいますので」

「分かった」

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