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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第九部-】
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【-再会はすれども-】

 丘を下った向こうに、街がある。ダム近くにあった都市に比べれば辺鄙で小さく、街ではなく町ではないかと言ってしまえそうなところではあるが、町よりも圧倒的に人の数が多い。そして、ネオンの看板も所々に見える。なにより、建物の数が段違いに多い。決して高層ビルなどは無いが、人々の往来がはっきりと“ある”と感じられるからこそ、町よりも街という表現が合っているように雅には思えた。

「帯も、街の方に向いているから……早く行こ。まずは査定所に寄って、水を飲まないと」

 そう、査定所さえあれば水が飲める。どんな辺鄙な街だろうと査定所はある。客船型戦艦の中にも査定所もどきがあったぐらいだ。『水使い』の居ないところには、都市も街も町もできやしない。


 水分補給が出来る。たったそれだけのことなのに、体中から力がみなぎって来る。雅は鳴と顔を合わせ、続いて互いに残していた最後の水を一口で飲み干し、朗らかに笑みを零しつつ丘を降りて行く。その道のりは長いようで短く、数分もすれば街の入り口に到着した。雅は鳴から離れ、肩を貸してくれたことにお礼を言いつつ、二人一緒に査定所を探す。それもさほど苦労はしなかった。中に入り、受付で討伐者証明書を見せ、本人確認を済ませたのちにお金と共に預けていた水をまず350mlペットボトル一本分、引き出した。鳴はそれより大きい500mlペットボトル一本分を引き出していた。ここでようやく、雅は鳴が自分よりも喉の渇きに苦しんでいたことを知る。


 近くのテーブルと椅子が空いていたので、疲れを癒すためにも腰掛けて、酒を呷るように水を一気に口内へと流し込んで行った。一先ずの休息を得ることができた。そして水を飲んだことで胃が動いたのか、食欲も湧く。雅は残していた非常食の一本を平らげる。

 本来ならまだまだお腹は空きそうなものだが、その一本だけで満足してしまう。まだ、食欲に限らず雅の精神状態が回復したとは言い切れない。


「一つ、貰っても良い?」

「うん」


 雅は無駄に余ってしまった非常食の一本を鳴に渡す。水を飲みつつ彼女はそれを胃に流し込み、疲れてはいるものの安堵の息を漏らした。

「ディルもジギタリスも、リィもここに居るはず……だよね?」

「三人だって、私たちとほとんど同じだった、はず。水も食料もほとんど、無かったと思う。だったら、ここに寄らないわけが、ない」

 意見は一致する。三人がどれだけ体力に自信があっても、この街を無視して首都をひたすら目指しているとは考えにくいからだ。なにより、ナスタチウムがディルは「使い物にならなくなった」と言っていた。雅は直に見ていないため、分からないが、そんな状態のディルを連れて歩くことは無謀が過ぎる。ジギタリスならこの街に寄ることを提案し、そして実行に移す。


 あとはどこに居るかを突き止めるだけ、かな。


 雅は心の重みに苦しみながら、小さく息を吐いた。

「ここ、少しだけ変な感じがしない?」

 街である以上、水不足、食料不足が解消された。そのため、他のことにも目をやる余裕はできた。だからこそ、査定所で同じく安らぎを得ている討伐者の顔付きが、他のところで出会った討伐者たちよりもずっと、沈んでいるように見えた。

「首都に近いから……かな?」

 鳴も言葉を選びつつも、分からないようだった。

「活気はあるのに、なにか違う、感じ」

 確かに、鳴の言うように活気はある。討伐者たちは話で盛り上がり、査定所で働いている『水』の使い手も、仕事を熱心にこなしている。


 なのにここには、死の雰囲気が漂っている。生きるために戦う討伐者の集まるこの場所で、生気以外の死の雰囲気が感じられることは異常なのだ。


「街を散策する前に、ディルたちと合流しよ。なんか……二人だと、怖いし」

 この活気があるのに死が間際にあるような感覚は、長く感じてはいたくないものだ。鳴も肯き、互いにペットボトルの水を飲み干してから、査定所を出た。


 水を飲み、非常食を胃に押し込んだ。そのおかげで、先ほどからずっと雅を襲っていた倦怠感は薄れ、歩く際に見舞われた眩暈も無くなった。それで心の重みが取り払えたわけではないが、動こうと言う気力が湧いただけでもまだマシだった。雅は鳴と歩調を合わせながら、帯の揺らめく方角に足を運び、やがて大きな建物へと至る。帯は建物の入り口に向いている。どうやらディルたちはこの中に居るらしい。


 白く大きな建物。そこは雅も何度か世話になったことのある病院だ。中に入れば消毒液が放つ独特の臭いが漂い、壁面が白を基調としているため、朝昼晩を問わず、照明によって外よりも病院内の方が明るく感じられる。落ち着いていて、そして静かで、しかし看護師や医師たちは忙しなく働いている姿が見受けられる。患者は穏やかに順番を待っており、病室の向こう側からは笑い声も微かだが漏れ聞こえて来る。


 病院といえば暗い雰囲気。そういった思い込みもあるにはあるが、それも場所によって異なるのだと、雅は二度ほどの入院で思い知っている。


「面会希望の方ですか? こちらに名前と、討伐者でしたら、討伐者証明書を提示していただき、コピーを取らせていただきますが」

 ナースステーションの看護師に早口で言われ、二人揃って萎縮してしまう。

「い、え、面会に来たわけでは、無くて……でし、て。あの、その」

「その子たちは僕の知り合いです」

 しどろもどろになり、看護師に怪しまれたところで、五日振りの声が耳に入る。

「ジギタリス!」

 鳴が雅には分かりやすいほど表情を明るくし、続いて走って抱き付こうとしたが思いとどまり、急いでボサボサになっている髪を整え始めた。

「よく無事で……いや、君たち二人だけということは、無事では、ないのか……とにかく、話は病室で聞こう」

「面会でしたらここに名前をご記入ください」

「気にしないでください。彼女たちは僕の知り合いです。そのような書類上の手続きは不要ですよ」

「ですが」

 尚も名前の記入を求める看護師を、別の看護師が止めた。

「あの子がジギタリスと呼んだということは、彼は二十年前の生き残りの象徴そのものの“現人神(あらひとがみ)”です。ここで問題事を起こせば、彼を慕う人々から罵詈雑言が飛び交いますよ。お気になさらず、皆様は病室へ向かってください」


 “現人神”。生きた神。生きながらにして、神。


 ディルは“死神”。リコリスは“疫病神”。ケッパーは“禍津神”。ナスタチウムは“戦神”。そこまでは分かっていたが、ジギタリスの異名については今の今まで知ることができなかった。ディルの渡してくれた手帳では破かれていた。ナスタチウムは知らない方が良い異名だと言っていた。

 だからここで、討伐者からでもジギタリス本人からでもなく、一般の看護師の一人から異名が聞かされるなんて思いもしなかった。鳴も少しばかり動揺しているように見える。

「それじゃ、行こうか。それと、僕の異名については訊ねないようにしてくれないかい? この異名は、他の四人とは違った経緯で流布されてしまったものだからね」

 どうやらジギタリスは、自身の異名についてはあまり触れたくもなく、そして深く語りたくもないらしい。鳴が真っ先に肯いたのを見て、雅も好奇心に擽られはしたが、どうにかそれを抑え込んで首を縦に振った。


 その二人を見て、ジギタリスは朗らかに笑みを浮かべ、そして歩き出した。雅と鳴はその後ろを付いて歩く。

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