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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-決意の少女と狂気の男-】
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【-光が芽吹く-】


「……どれほどの殺意を孕めば、このような人間になるのか」

 スルトは大男の亡骸を見つめる。

「貴様は、己にただの一撃も浴びせることはできぬと思っていたが」

 右胸に空いた穴を片手で押さえながら、呟き続ける。

「己の憎悪も復讐も、憤怒も、未だ足りんというわけか。なぁ、大男の忘れ形見」

 大岩に押し潰されたまま、全ての惨状を見ていた誠は黙ったまま動かない。


 大男の最期は凄絶だった。


 スルトの拳を脇腹に受けながらも、痛みに顔色一つ変えることなく、彼の者の右胸に拳を叩き付けた。鉄をも溶かす拳は大男の体を蝕み、肉を溶かし、骨だけを残して行く最中、豪快に嗤い続け、そしてスルトを睨み続けた。その圧力は大男が骨だけを残し、死に絶えるまで、彼の者は動くことができなかった。


 それほどまでに大男の目は凄まじく、そして、そこから伝わる殺意の波濤はスルトをも呑み込もうとしていた。


「もしも、“戦神”が人間ではなく、海魔であったなら……大成していたやも知れん。所詮は人間……しかし、続け様に相対したドラゴニュートよりも手応えはあったか」

 アジュールはスルトの拳によって、焼け野原を越えた林の中へと打ち飛ばされた。その後、どうなったかを誠が知る術は無い。生きているのか死んでいるのかすら分からない。しかし、ただの一発でも受ければ骨まで溶かすその拳を受けて、生きている可能性は微塵も無い。


「ふざ……けるな」

 大岩が誠の怒りに合わせ、振動する。

「貴様は殺さぬと誓った。逃げ出すなりなんなり、するが良い」

「ふざ、けるな、と言ったんだ」

 自身に乗せられた大岩を誠ではない“なにか”が持ち上げ、彼方に放り投げる。蒸気のような、靄のようなそれは噴き出した本人である誠の中に収まる。続いて、誠の瞳は『竜眼』を携えて、更には竜の咆哮を上げる。


「なんだ……貴様? その身になにを、宿している?」

「答える義理は無い」

 大男――ナスタチウムが発した言葉と同じものを遣って、誠は返事をする。彼の中で力は鬩ぎ合い、そして器に入り切らない力の波濤が噴出する。


 背中に竜の翼と尾を従え、両手に『光』の拳を握り、そして噴き出した力は再び靄となり、竜の形へと変質を終えると、彼の中に再び収まる。


「はったりか?」

「答える義理は、無い」

 瞬間、数十メートルはあっただろう距離を誠は詰めて、スルトの眼前にまで迫っていた。『竜眼』は血の涙を流し、瞳の奥には暗い闇を潜ませ、右の『光』が集まった拳は彼の者の反応をはるかに凌ぐほどの速度で繰り出される。

「ぐ、っぉ……ぉおおおおお!?」

 両腕をクロスさせて拳を防いだスルトだったが、載せられた力はあまりにも強く、ただ防いだだけえはその勢いは収まらず、誠の力を弾くこともままならず、焼け野原から林の中へ、林の中から山道へ、山道から森林の中へ、その森林すらも越えて、スルトは拳を繰り出す誠にただただ押し続けられる。竜の翼が羽ばたけばその速度は更に増す。


「貴様、本当に人間か?!」

 スルトは叫び、誠に返答を求める。

「あんたが殺した男と同じ、人間だ」

「これが人間の打つ拳か!?」

「だったら、あんたは人間を甘く見ていただけだ」

 『竜眼』を血走らせ、誠は左の拳もまたスルトに叩き込もうとする。

「あんたが海魔だって言うのなら!! 僕はあの男と変わらず、人間だ!!」


「小鬼が、鬼と……成ったか!」

 スルトはクロスさせていた両腕に力を込めて、誠の拳を弾く。続いて自らに掛かっている勢いを殺すと、すぐさま誠へと近付き、鉄をも溶かす拳を繰り出す。そこに誠が構わず、自身の力を込めた拳を叩き込む。


 二つの拳が激突し、そしてスルトの腕が力負けして、大きく後ろに弾かれた。


「な、んだと!」


「頼むから、ここで死んでくれ。まだここで死んでくれないと言うのなら、どこに居てもあんたを、この手で討つ。だから、楽に死にたいならここで死んでくれ。でないと、僕が、鬼となってあんたとまた会わなきゃならなくなるから!!」

 蓄えた力を全て右の拳に集めた誠が、それを振るう。


「ただの復讐だけで、己を飲むと、そう言うのか“戦神”の忘れ形見!!」


 慄くスルトに拳が届く。今度は誠を残して、スルトだけがその衝撃で彼方に消えた。

 誠は翼を羽ばたかせ、焼け野原まで戻ると、近くの焼け残った木に引っ掛かっていた薄黄色の外套を手にし、風呂敷のようにして大男の亡骸を包むと、それを持って天高くへ飛翔する。そして辺り一帯を隈なく探すが、アジュールの姿は見つけられなかった。


 拳は血を流すほどに固く握られ、捜索を諦める。誠は大男が見て来いと言った場所を目指す。


「僕のためだけに、僕と雅たちのために、二つの魂が消えた。こんな、ちっぽけな魂の、ためにだ」

 そんな自分も、そして雅たちも、誠は許すことができなかった。

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