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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-決意の少女と狂気の男-】
255/323

【-壊れた男と壊れた女の秘密-】

///


「へーい、クソ男。元気してるー? 元気してないなー? なら私が元気にしてあげようかー?」

「ウゼェ」

 火の番をしているディルに向かって、やかましくリコリスが話し掛ける。

「なに言っちゃってんのー、私ってば昔からやかましかったじゃーん」

「なら、全く成長してねぇんだな、クソ女」

「まーねー。成長するところは大体成長し切っちゃったからー、あとはこの体を持て余すーみたいなー?」

 ケラケラと嗤うリコリスに、ディルは溜め息をつく。

「テメェのところにウスノロを預けたのは、失敗だったかもな」


「やー、あれは正解でしょー。私が探していたのも、まさしく葵だったからねー」

 そういうことじゃない、とディルは呟く。

「アガルマトフィリアは、ちゃんと使命を全うしたと思うよー。事後処理も完璧なんて、チェリーボーイにしては良くやった方だよー」


「……ケッパーが死んだのは俺のせいなのかも知れないな」

「は?」


「俺が二十年前に、新しい世代に繋げろと言った。それが、ケッパーにとっての重荷になり、結果としてあいつは、新しい世代のために死んで行った。そんなことは、俺は望んじゃいなかったはずなのにな」


「……あのねー、クソ男? 私はさー、感謝してんだよー? 私たちってー、あんたの言葉が無かったらきっと目的も無く、どっかで死んでいたと思うんだよねー。私もこの体が嫌になって、きっとあの腐った海に飛び込んだりなんかしちゃったりしていたはず。それを引き止めていたのは、あなたの言葉だったんだよねー。新しい世代に全てを注ぐ。それまでは、死ねないなー、と。まー、色々と放浪してはいたけれどー、無駄に二十年生きちゃったけどー、でも、その二十年を後悔はしていない。首都防衛戦のことと、アルビノのことは後悔しっ放しだけど」

「そうか」


「だから私もさー、心血注いだ葵が、なにかとんでもないことを考えたりしたらさー、アガルマトフィリアみたいに、すると思うんだよねー」


「いつからテメェは自己犠牲の手本になったんだ、クソ女」

「きゃはははっ、いつからだろうねー……ねークソ男? 私やっぱりさー、あんたに惚れていたのかも知れないねー……すっごい今更だし、もーそんな昔の感情なんて、無いけどさー」

 焚き火はパチパチと音を立て、時間だけが過ぎる。


「仕方ねぇ。そんなどうでも良い暴露をしたクソ女に、俺もどうでも良い暴露をしてやろう」

「なになに? もしかしてクソ男も私に惚れていたとかー? それはちょっと無いわー、もー無いわー」

「そうじゃねぇ。気色の悪いことを言ってんじゃねぇよ、クソ女」

 一呼吸置いて、ディルは重く、言葉を零す。

「二十年前のあの日から、ケッパーは背骨が曲がり、飲んだくれは異常な再生力と共に寿命を削り、テメェの髪は金から白へと染まった。テメェは水で出来ているから着色して誤魔化しているみてぇだが、俺には分かる。そして、あの正義漢は先天性白皮症に見られる症状に参っている。まるで、テメェらは俺だけがなにも喪っていねぇみたいに思っているが、そういうわけでもねぇ」

「“喪失”と“昇華”。“昇華”すれば必ずなにかを“喪失”する。私たちは“重複”した分、よけいに酷いわけだけどー、あなたはアルビノの加護を受けていたからなんとも無いんじゃないのー?」


「だから、そうじゃねぇ。俺は、種がねぇんだよ」

 リコリスが微妙な間を取る。


「いや、私も全身が水だから、母体にはなれないんだけどー。えーなに、それがクソ男の力の呪縛なのー?」

「正確には、ほとんど種が無い。ガキを作る気も、作ろうと思う気も更々ねぇが、これがどういう意味か分かるか?」

「金玉が機能してないってだけなんじゃないのー」

「さすがはクソ女だな。俺が遠回しに言わないでおいた言葉を直球で遣える」

「それ褒めてないよねー」

「そこの機能が著しく低下していると言えば、あとは察せられるか?」


「ふーん……ふむーん? えー、まさかクソ男ってさー、そんな理由で服を着込んでんのー? そういやー、客船型戦艦に乗ったときもー、残滓を忍ばせたけど脱いだところを一度も見たことが無いんだよねー。丁度良いやー、今はクソロリも海竜も外に居るんだから脱いで見せてよー。男なんだから減るもんじゃないしー」


「女だったら減るのかよ、くだらねぇ」

 言いつつディルは外套を脱ぎ、続いて上着を外して、手首まで隠れている袖を捲る。

「へーこれはクソロリに見せたことないのー?」

「誰が自分の肌を好んで見せんだよ。テメェぐらいだよ、露出狂のクソ女」

 そう強く言い張るディルの腕は、着込んでいれば分からないが、こうして袖を捲れば、“死神”と呼ばれる男とは思えないほどにか細く、そして肌もキメ細かく、腕毛の一つも生えていない。

「そーいやー、金玉って男性ホルモンも作ってたっけー。僅かに生成しているから紙一重で理性を保てているのかしらー? ねー、クソ男」

「知らねぇよ」


「狂わない程度に男性ホルモンは放出されているけれど、種もほとんど無い。その結果が性欲を減衰させ、そして本来ならばもっとあるべき男性ホルモンの低下が、身体を中性的に変化させて行く。でも、それって幼い頃の方が影響が大きかったような……って、あの正義漢が先天性でしか見られない症状に罹っているんだから、クソ男もその部類かー。男なのに女っぽい体とか、想像するだけで嗤えて来ちゃうねー」

 捲った袖を元に戻し、ディルは上着を身に付け、外套を羽織る。


「二十年前に比べて筋肉量も減った」

「その割に、暴力だけは変わらずで、戦闘でも変わんない感じじゃん?」

「人を痛め付けることにはコツがある。単純に痛いと思える場所を明確に突けば、ズタボロにすることにさほど筋力を使うことはねぇ。ついでに脚力は腕力に比べればまだ高い。足技を主体ならクソガキども程度、悠々と愉しく痛め付けることができる。問題は海魔との戦闘だな。自身が変質させる斧鎗なら軽く使いやすいが、他人から貰い受けた武器は重い。振るえないこともないが、数時間後に筋肉が悲鳴を上げやがる。そして、昔より持久力も減った」


「今日の強行軍をして、持久力が減ったと言うのねー」

「現にウスノロは限界ではあっても、倒れてはいなかっただろうが。ついでに、休憩を取ったのはクソガキに言われたからだけじゃなく、俺の体力の限界でもあったからだ。そんなもん、あのクソガキにバラしたくはねぇけどな」

「なら、なんで私にはバラすわけー?」


「俺は半信半疑に人を利用する。クソガキもウスノロも馬鹿ガキもガキも、正義漢のガキも、どいつもこいつも信じるに値しねぇと思っている。が……どれだけ罵られようと、貶されようと、テメェらだけは、どこか信じている自分が居る。それを感じるたびに、寒気に見舞われるがな」

 口の悪いディルに、リコリスが嗤うのをやめ、久方振りの女性らしい微笑みを浮かべる。

「まー、私も、疑っている分には疑っているんだけど、クソ男はそうじゃないと、心では思ってんだよ? でも、ああやって問題提起しないと、あなたへの疑念ってずっと晴れないし、正義漢にその手のことを任せると、断罪だとか言ってまた対立しかねないし。そこを私が先取りすることで、あなたへの当たりを少しでも緩めたつもり。まぁきっと、分かってないんでしょうけど」


「はっ、分かっているに決まってんだろ。テメェの考えなんざお見通しだ」


「そう……なら良かった。こんなクソ男にまで嫌われたらどうしようかと、心なしか思っていたところだからさ。こういう話をするってことは、あなたもそろそろ限界なんでしょ? 昔話をする人って、限界が近い人が多いのよ。でも、気にしないで良いわよ? 壊れても、私たちはあなたを目的地に連れて行く。最終的には、彼女たちになってしまうかも知れないけれど」

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