表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-決意の少女と狂気の男-】
253/323

【-殺せるのか-】

「この人魔とは私たちが戦います。リコリスさんと葵さんは、東堂を」

「アタイも混ぜな」

「話は大体理解したけど、まだよく分かっていない。手伝えるかどうか分からないけど、僕も戦わせてくれ」

 アジュールと誠も戦う構えを見せた。リコリスは葵の手を引き、雅たちから距離を取った。ナスタチウムとも、雅たちとも、なるべく戦闘の範囲が重ならないようにという判断からの行動だ。

「東堂君! 居るなら姿を現して! お願い!」

 走るリコリスに引き連れられながら、葵が周囲一帯のどこかに居るはずの東堂に呼び掛ける。すると、走る葵たちの前方の景色が揺らめいて、それを察知したリコリスが葵から手を放し、水の渦で障壁を作り、斬撃を弾いた。

「へー、葵の声だとすぐに出て来てくれるんだ? 聞き分けが良いのか悪いのか、はっきりしなよー、男ならさー!」


 水の障壁の向こう側、揺らめく景色の中から人魔と化した東堂が姿を見せる。


「命令は、絶対で……抗っては、ならない。全ては、我らが主の、ために」

「昨夜より精神の方が更に悪化しているみたいだねー。そうなる前のあなたは、良い男になると思って、葵にはキープしとけって言ったけどさー、それ、撤回するねー?」

 東堂は返事も反応もしない。水の障壁に数度、刀で斬撃を振るい、通用しないと分かるとまた景色の中へと消えて行った。

「東堂君!」

 また葵が名を呼ぶが、今度は姿を見せることはなかった。

「左だ!」

 誠の声がして、反射的に自身の左に両手の短剣を向かわせる。驚くほど伸びた人間の腕と指先が、刃物に触れることに気付いたのか、人魔はそこで動きを止めた。代わりに雅を掴もうとした手は地面に向かい、爪はスパイクのように突き立たせて、伸びた腕を縮ませることで雅目掛けて、さながらゴムやバネの如く、驚異的な速度を伴って突撃して来る。


 さすがに変質に余裕があった。雅は前方に『風』の変質を行い、そこに飛び込んで来た人魔が右へと方角を変えさせられて、風圧によって吹き飛ばされる。


 だが、爪を突き立てた両手は地面から外れない。体が風で吹き飛ばされても、腕はまた伸びて、伸び切ったところで、自らに込めていた力を緩め、腕を縮ませることで雅へと再度、突撃する。

 反射しても、角度を変えて吹き飛ばしても、両手が雅のすぐ横の地面に突き刺さっている以上、戻って来てしまう。この突撃を防ぐ手立ては、もう避ける以外に無い。

 再びの突撃を『風』の変質で弾き返したところで雅はすぐさまその場から駆け出した。円を描くコンパスの針のように、地点が、まさに地面に突き立っている手である以上、その場に留まることは得策では無い。

「けど、これじゃ反撃には出られない」

 この人魔は機転が利く。当初は雅を捉えようとしていた手が、短剣の動きを見てすぐに地面へと到達する場所を変え、突撃することへと攻撃方法を変えたのだ。そして、今は手の位置から雅が離れたことを知って、突撃ではなく自らの移動手段として腕を縮ませ、地面に突き立てていた指先を引き抜いている。その後、気色の悪い笑みを零しながら、魚眼のようにギョロギョロと辺りを見回し、雅たちの位置を確かめている。


 リザードマンも機転の利く海魔だったが、二対一でどうにか勝利をもぎ取った。今回は四対一。勝てないわけがない。

 そうは思うのだが、何故だか動悸は激しく、汗は勝手に滴って行く。スルトがナスタチウムと激突するたびに熱を放出しているため、その熱から来ているものとも思えるのだが、焦燥感ばかりはそれとは全く関係が無い。

 リザードマンは海魔だった。でも、これは人魔である。元は人間という認識があるだけで、こうも胸が苦しくなるものなのか。


 そうこうしている内に、人魔は両手を伸ばして跳躍する。続いて、腕を鳴の隣にまで伸ばして突き立て、そこから縮めることで今度は上空からの突撃を行う。

 鳴は動かず、人魔との間にある空気に干渉を行ったらしい。音の壁に阻まれて、人魔が中空で止まっている。しかし、爆音を聞いて弾かれもせず、音の壁に張り付いている。それが鳴には驚きだったらしく、そして嫌な予感に襲われて、彼女は急いでその場を離れる。

 腕を縮ませようとする力が音の壁を破り、それこそ音速と違わない速度で人魔はその体で地面を大きく抉った。土埃から現れるその体はどこも破損していない。しかし、皮膚や筋肉が海魔のものと変わっていても、骨格そのものがまだ人間らしさを持っているのなら、今の衝撃で骨が砕けないはずがない。

 でも、そんなことは知っているはずだ。己の体の脆さを知って、骨格を変えてまで、注入された海魔の異質さを出そうとしていた人魔は、寸前でブレーキを掛けて地面に激突しない方法を選ぶことぐらいはできたはずだ。

「だったら、真の狙いは……」


 骨を砕くこと。


 土埃の中から現れた人魔の両手足は軟体動物の足と変わらないほどにグニャグニャだった。もう、どこからが肩でどこからが肘で、どこからが手なのかも分からない。関節と言う関節は砕け散り、けれど内包する筋肉が手足と思われるところに力を送ることで人魔を四足で立たせている。


 こんなものは、長く観察できない。なにせ、手足が説明できないほどにグニャグニャであると同時にグチャグチャなのだ。足先は到底、あり得ない方向に向いているだけでなく、手もまた通常は関節と骨が制止するところを振り切るほどに捩じられている。なのに、それで動いている。


 人間然としている者が、蠢いている。


 雅は戦うべき人魔に、再び鳥肌が立った。これほど生理的に受け付けない生命は他には居ない。ゴキブリでもまだ悲鳴を上げるだけだが、この人魔に関しては声すら出せない。脳が「無理」という信号を出して来るのだ。

 なにせそれが、人間を素体にしている以上、全身の骨が砕けた人間の死体が蠢いているようにしか見えないから。勿論、全身の骨が砕けた人間の死体など見たことも無い。だが、恐らくはこうだろうなというような、そんな姿で動かれては、幽霊を見るよりもおぞましい。


「タズ、ゲデ。ダズゲデダズゲデダズゲデ!!」

 顎の骨も砕けているため、口も常に開き切ったそこから放たれる、呪いのような言葉に雅はたまらず「ひっ」と声を漏らす。


「あれで動けて喋ることができるのかい? 頭蓋骨や臓器を守る骨だけは砕かずに、自身が動くのに邪魔になる骨だけを粉々にするために地面に激突しに行ったってなら、もうあれは海魔とも人間とも呼びたくないぞ。アタイをあれと同類だなんて思われたくない」

 雅もまた、あれと人間が同類などとは思われたくないという感想を胸に抱く。

「……嫌だ、無理。あんなの、無理」

 強気で居た鳴ですら、骨を自ら砕き、蠢く人魔に生理的な嫌悪感を覚えたらしく、後退しつつ表情を曇らせる。

「無理無理言っていると、なんにもできないで死ぬんだよ!」

 どう手を付けたら良いのか分からない雅たちを見かねてアジュールが前に立ち、筋肉だけで蠢き、襲い掛かって来た人魔を拳で殴り飛ばす。

「商売道具を武器に使うなってのは先代から教わっていたことでねぇ! できることなら、アタイもこんなもんのために振るうのも勘弁なんだけどさぁ!」

 アジュールが喉奥に手を突っ込み、そこから彼女の体躯からは到底、収まるはずのない柄の長い金槌を引き出す。


「アタイがドラゴニュートってことを忘れてんだろ? 驚くことはないよ、竜が元のアタイらの中身は人間とは容量が違うからねぇ」

 金槌を振り回しながら、アジュールは言い、そして地面を打つ。

「大地の(ふいご)よ、あの忌まわしき者に等しく火焔の力を!」

 割れた地面から風が吹き出し、そして熱を伴い、更には炎すらも噴き出して、アジュールに殴られたまま動けずに居る人魔へと迫る。


 両手足を伸ばし、人魔が跳躍する。先ほどよりも軽やかに、そしてどこか俊敏性を増したその動きで地面から噴き出す炎を避けて見せると、続いて中空で両手足を更に伸ばしてアジュールの周囲を駆け巡る。しかし、アジュールは動じずに金槌で更に大地を打ち、周囲の地面から炎を噴き出させ、両手足を遮る炎の壁を作る。

 雅は激しいデジャヴに襲われ、迷わず地面擦れ擦れに『風』の変質を行って跳躍すると、アジュールの炎の障壁を飛び越えた、頭上に自らを投じる。人魔は開いたままの口から鋭く尖った舌を突出させ、アジュールを頭上から穿とうとしたが、そこに雅が寸前で変質を終えた『風』による風圧の反射を受けると、伸ばしていた全ての両手足を縮め、更に舌を口元まで戻して、炎の噴き出していない地面へと着地する。雅は受け身も取れなかったため、そのまま落ちてアジュールに受け止めてもらった。

「三百六十度じゃ駄目なんです。それだと、真上から狙って来ます」

 東堂もそうだった。三百六十度に展開された水の障壁を、彼は飛び越えて頭上から襲って来たのだ。

「さすがに、そこまでの頭は持ってないと思ったんだがねぇ。そりゃアタイの油断だったってことかい。なんにせよ、今のはあんたに救われた。ありがとう」

「いえ」

 昨夜の戦いを体験していなかったならば、恐らくアジュールを救えなかった。逆に言えば、東堂に襲撃されていたからこそ、救えた。

 だから状況が有利になったとか、良いように運ばれたわけではないが、少なくともここで御とすところだった仲間の命を救えたことが、雅にはなによりも嬉しかった。

「それで、どうする? どうやら力任せじゃあれは半殺しにも出来なさそうだ。分かってはいると思うが、アタイはドラゴニュートの中でも頭は悪い方さ。鍛冶が仕事だったからね、戦いについては素人も同然さ。けど、あんたたちと違って度胸だけはあるつもりだ」


 そう、アジュールは度胸がある。殺す気であの人魔に挑めている。雅や鳴に足りないものを持っているからこそ、戦い方にムラがあるのだとしても頼りになる。


「アジュールさんは誠と二人で行動してください。二人一組じゃないと、どちらかが迷ったり油断していると、終わります」

「迷う? あれをまだ人間だって、雅は言うのか?」

 誠は苛立ちに耐えかねて、雅に突っ掛かる。

「あんな頭蓋骨と肋骨だけどうにか残して、人間の尊厳を全て貶めているようなのを見ても、まだ人間だったなんて理由だけで! 迷うのか!?」

「なら、あなたは殺せるの!? 人間の尊厳を全て貶めているような存在だったとしても、あれは元人間なのよ!?」

 もはや、人の形を成しているかも怪しいが――もはや海魔らしさばかりが前面に出ているが、人間の死体のように蠢き、筋肉と皮を伸縮させて、襲い掛かって来る。どれだけ否定しても、海魔の血が混ざった人魔なのだと言い聞かせても、倫理的に道徳的に、本能的に、一部でも人間らしさがあるからこそ、人体が海魔と化しているからこそ、生理的に受け付けず、そして迷うのだ。寄生でも憑依でもない、リコリスの言ったように海魔化という言葉が相応しい。

 あの人魔はもう人間と見なくても良いかも知れない。けれど他にもまだ居たとしたら? 東堂のようにまだ、人魔がこれからも、実験体としてスルトやベロニカが引き連れて来たら?


 それがもっと、人間らしさを持っていたとしたら、殺せるのか?

 そういった思いを全て、雅はここで誠に向かって発散する。


「……これから、どんな人魔が現れたって関係無い」

 誠は雅にそう返事をする。

「僕らは、いつまでも寄り掛かってなんていられない。一人で立って歩くしかないんだ。一人で、この足で、この手で、世界を踏み締め掻き分けて、果たすべきことを果たすしか無いんだ。そうなんだろ、ナスタチウム?」


 スルトと激しい攻防戦を広げるナスタチウムに、誠は苦しそうに目を向けながら言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ