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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-決意の少女と狂気の男-】
249/323

【-人でもあり、海魔でもある-】


「ディルは使い物にならなくなった」

 朝、開口一番にナスタチウムがその場に居る全員に向かって発した。

「こっちの質問にも、曖昧な返事しかしねぇ。昨日の夜に、遂にぶっ壊れたんだろう」

 さして気にも留めていないかのように言い切って、ナスタチウムは酒を呷る。

「ふむ、仕方が無いか。“死神”は戦力として優秀だったけれど、使えなくなってしまったのなら、今後は戦力として考慮することはできそうにないな」


「ちょ、ちょっと待ってください!」

 ジギタリスの無慈悲な言葉に、雅が異を唱える。

「使い物にならなくなったってどういうことですか?! わけが分かりません! あと、なんで置いて行くみたいな雰囲気になっているんですか!!」


「お荷物を連れ歩いて、戦場を歩けるか? ディルの餓鬼」

 ナスタチウムに指摘され、ビクッと肩を震わせる。

「今のディルは腑抜けだ。昨日の夜に、産まれてから今日に至るまで、あれが“死神”と呼ばれるほどにおかしくなるまでの間にずっと引っ張り続けていた糸が切れた。人は狂ったフリはできても、狂い続けることはできねぇんだ。俺たちのように、なにかに逃げることもなく、縋ることもなく、自分自身を狂わせ続けることで現実と向き合い続けた結果があれだ。兆候は無かったのか?」

「兆候……?」

 ジギタリスと鳴と戦ったあとから、ひょっとするとおかしかったかも知れない。動揺する雅を落ち着かせるついでに、腹立たしそうに過去を語ることもあった。そして、仮拠点が出来てから、リィがディルの知る昔の女の子にそっくりなのだという話もした。


 そして昨日の夜、立ちはだかるリィを見て、ディルは子供のように震え、そしてまるでリィを亡霊でも見たかの如く怖れ、力任せに斧鎗を振り下ろそうとした。


 ネジの外れた男を形成する、あらゆるロジックがその時、崩壊したのかも知れない。ネジが一本足りないだけで機械は壊れると言う。一ヶ月、或いはそれ以上は持つかも知れないが、経年劣化がもたらす全体の摩耗が現れ始めたとき、足りないネジがあることによって、形を保てずに瓦解するのだ。


 過去を話し始めていたのが、その兆候だったのだろうか。確かにあの男が、自分自身の過去を語るなど、信じられない話だ。過去を省みずに生きて来たはずだ。なのに、どうして昔を語っていたのか。それに目を向けず、ディルが抱えていた苦しみを炙り出そうとしていたのは、雅たちである。


 それが重荷であったのならば? ディルは、語れば荷を降ろせる人間では無くて、語れば更に荷を背負うような、そんな側の人間だったなら?

 だが、言い訳もしたくなる。ディルがそこまで繊細な精神の持ち主であった様子を見たことがあっただろうか。少なくとも、雅には無い。


「ディルは連れて行きます。ここで置いて行くことなんて、私は賛成できません」

「ちっ、おいディルの餓鬼よ。今のディルが使い物にならない以上、どっかの町に放っておくのが道理ってもんだろうが」

「あのねー、飲んだくれ? 私もはんたーい」

 まさかリコリスが雅の側に付くとは思わなかったのか、ナスタチウムがあからさまに面倒臭そうな顔を作る。

「ぶっ壊れていても、突然、動き出すかも知れないじゃーん? クソ男は海魔を前にしたら、きっと本能だけで戦えると思うんだよねー。まー、狂い過ぎて大事に大事にしていた海竜を殺し掛けたんだけどさー。それよりもー、私と葵から報告がありまーす。でも私ってー報告とか苦手だからー、クソロリと海竜は補足お願いねー……ま、大事なところはちゃーんと私が話すから」

 雅とリィが肯いたところを見届けたのち、リコリスは続ける。

「昨日の夜、正体不明の海魔と戦闘になったわ。殺されそうになったのはそこのクソロリと海竜。残滓を置いていた以上、見過ごせなかったから守りに入った。ここまでは良い? ここまでは良いはずよねー。正体不明の海魔について話すから、心して聞いて」

「あたしには、まだ信じられません」


「このように、葵が言っているけど、信じて欲しいのよ。その正体不明の海魔は、人間でありながら海魔、海魔でありながら人間の要素を有していたわ。何故、そんなことが分かるか? それは簡単。その中途半端な存在は葵のクラスメイトだった。葵がそれを見ているわ。ただ、景色に溶け込む力を持っていたから、顔もこちらを動揺させるために変形させている場合があると思ったわ。ギリィやフェイク、ファニーやラヴィットウルフのように人に化けている可能性に賭けた。けど、景色に溶け込む皮膚を全身から剥いでみても、顔は変わらなかったし、それ以上の変形も見られなかった。ここから私は、葵のクラスメイトが海魔化した、と結論付けるわ……最悪なことにね」


「海魔化? 初耳だね」

「だって私が命名したんだもの。それ以外に表現のしようがない。それとも、ジギタリス? 人間が海魔になるような、そんなことに心当たりがあったり、するのかしら?」

 リコリスはジギタリスの表情の変化を逃さなかった。

「なにか知っているのなら、話してください! そこから、東堂君を助け出す方法を探せるかも知れません!」

 そして、葵が縋るように求めるので、ジギタリスが深い溜め息をついてから、話し始める。

「『ブロッケン』は自身のことを実験体と呼び、そのときの名称、『フェンネル』と呼べと言っていた、ね?」

「はい」

 雅はなんとなく、同意を求められたので肯く。

「それは、アイン、ツヴァイ、ドライ。竜の亡骸を使った実験みたいなものかい? だったらアタイには、いやアタイを含めたドラゴニュートが黙っちゃいないんだが」

「あれは本当に済まないと思っているよ。でも、『上層部』がやったことは、ドラゴニュート側から見れば、同等のもの、なのかも知れない」

「同等の、もの?」

 鳴が首を傾げる。


「『上層部』はずっと前から――部下から回収した資料から調べ上げたことだけど、二十年前の首都防衛戦より前から、ある研究をしていた。遠回しに言うのもこれくらいにしようか。人間に海魔の血を流し込んだり、海魔の心臓を移植したりと、“海魔に対抗できる新人類の研究”を行っていたらしい。けれど、それも首都防衛戦後に非人道的な研究だということで、凍結されていた、はず。少なくとも、資料には、そう書かれていた」

 凍結しようと、それを続けようとする野心家が居る限り、研究は続く。姫崎 岬がそうだった。自身の研究を認めてもらえないからと、研究所の人間を全て殺して、自分の研究を続けた。


 しかし、それよりも、これは悪質だ。


「なに……それ」

 だから言葉が勝手に出て来た。

「ほとんどの人間が適合できずに、いや、適合できるわけなんて無く、海魔の血を流し込まれた途端に悶え苦しみ、死んで行った。心臓を移植された者も、麻酔が解けた数分で絶叫を上げて死んで行った。僕の知っているのは、そこまでだ。その後も研究が続いていたのなら、適合できるようになるまで、実験を繰り返し、人を殺し続けて来た、わけか」

 拳を固く作り、ジギタリスの言葉は怒気を孕んでいた。

「他にもあるんじゃない? まだあるんでしょう? 全て白状して、正義漢」

「……“異端者”の親類を集めた、非人道的実験もあった。それについては、あとで君とナスタチウムに、個人的に明かそう」

 “異端者”の親類。楓の両親の書類を見たときの記憶が甦る。彼女の両親は共に、被験者とされ、死亡となっていた。

 雅の両親もどうなったか、分からない。雅が“異端者”だと判明したのは、二人が連れて行かれてからあとになる。そのため、楓のように子供が“異端者”だから、という理由で被験者にされていないのでは、と自分自身の願望を混ぜ込む。

「ちっ、あとで、なんて嘘くせぇ。バラしゃ良いだろ。“異端者”を産んだ母体と種の持ち主だ。新たな“異端者”を産み落とさせる、或いは受精させるために、無茶苦茶なことをやった。その結果、大抵が死んだ。中には海魔との交配なんかも、」

「やめてください!」

 葵が叫んだ。

「そんなの、聞きたくありません……! なんで、なんでなんでなんで……それでどうして! 東堂君が、あんな、姿にならなきゃならないんですか?!」

「『上層部』が一般人を集め、続けられていた研究の実験台にした。君の言う子はきっと、その実験に成功した適合者だ。人でも海魔でも無い。『人魔』とでも呼ぶべき、異形の、人間だ」

「『人魔』から、人に戻れはしないんですか?」

 悲しみで崩れ落ちた葵の代わりに、雅が問う。

「海魔の血を体に流されたんだ。それで適合したと言うのなら、もうその子は人でも海魔でもない。人間の血は流れていないだろうからね。たとえ心臓を移植されていないのだとしても、注入された海魔の血が人体に満ちて、全ての臓器を、筋肉を、なにもかもを海魔に堕とす。人の血は、海魔の血には、敵わないんだ」

「でも、血を吐いて苦しがっていたんですよ!?」

「それは、君が恐らく見立てた通りの、体の拒絶反応だ。体は自身のものではない海魔の血に侵され悲鳴を上げ、内臓の全てが壊れて行く。適合したとしても、そうして血を吐いたのであれば、いずれ死んでしまう。僕が研究していたアインやツヴァイがそうだったように……ね。彼らもまた骸でありながら拒絶反応を起こし、暴れた。僕はもう、懲り懲りだけれど」

 雅の肩から力が抜ける。


 助けられる可能性が微塵も無いことが分かってしまった。二十年前の生き残りが言うのだ。『上層部』を調べていたジギタリスが言うのだ。ならばそれは、事実に違いない。


 ならば、どういうことか。


 “彼”が雅たちを襲うのであれば、戦うしかない。そして、戦って、討つしかない。しかし、それは「討つ」と言えるのだろうか。海魔の血を注入され、海魔の如き存在となったとしても、元は人間だ。東堂 幹雄という一人の少年だ。


 それは“殺す”ことと同義なのではないのか。

 体中に震えが走る。嫌悪、後悔、懸念、懺悔、そういった恐怖とはまた異なる負の感情に全身が支配された。心が叫ぶ。「嫌だ」と叫ぶ。


「生かすこともできず、殺すこともできず、ただ死に行くのを待って、耐えるだけになりそうだな」

「はっ、クソ海魔どもがそんな時間をくれるかよ」

「じゃーどーするって言うのよー」

「半殺しにして、俺に寄越せ」

 ナスタチウムの拳が地面を打つ。

「この老い先短い男が、始末を付けてやる。テメェらの罪は俺が背負ってやる。洗い流しもしねぇで、ただただ罪を重ね続けて、その中途半端な生命を、殺してやるよ」

 実に、納得の行かない言葉だ。

 ナスタチウムらしくない。この男はもっと「殺人」に臆病だったはずだ。少なくとも雅は、選定の町で男と手合わせしたときに、そのような雰囲気を感じ取っている。言葉の端々からも、殺しを容認していない一面もあった。なのにどうして、こうも積極的になっているのか。

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