【-大男に四度目があるのならば-】
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大男は二度ほど、ドラゴニュートと拳を交えたことがある。
どうやらそのドラゴニュートは、自らが産まれた里の戒律を破ったことで翼をもがれ、空を飛ぶことができないらしい。大男は、アルビノと呼ばれた白き竜のことを想い出していたが、そんな記憶との邂逅を時間の無駄だと言わんばかりに、激しい怒りを露わにするそのドラゴニュートの拳は重く、そして凄まじいまでの気迫を背負っていた。
ドラゴニュートの『バンテージ』。のちにそう呼ばれる海魔との一度目の戦いは、大男が勝利した。復讐に燃え、憎悪に燃える『バンテージ』の拳は重くとも、大男にとっては避けられないものではなく、受け止めても軽くいなせるものばかりであった。それは大男が元より、復讐も憎悪という黒い感情を飲み下し、我が物にしていたからに他ならない。『バンテージ』の抱く復讐よりも大きな復讐を、『バンテージ』の抱く憎悪よりも大きな憎悪をダウンタウンで暮らしていた頃から抱いていた大男に、そのような拳が届くことは一切無かった。
しかしながら、大男はそのドラゴニュートにトドメを刺すことはなかった。純粋に、その海魔は現在の己に酷く似ていたからなのかも知れない。
無邪気で無垢で、無価値で無知な無能たち。それをいつしか殺してみたいという怖ろしい感情に囚われ始めていた大男にしてみれば、これほど殺人の欲を発散できる相手は居ない。だから一度目は見逃した。
二度目は引き分けた。『バンテージ』の力が強まっていたわけでもなく、大男が弱っていたわけでもなく、ただ内包する憎悪と復讐の量が釣り合ってしまったからである。両者の拳は互いに等しく痛みを与え、苦しみを叩き付け、理不尽さを互いに訴えた。
力は同等で、尚且つ終わりの見えない命のやり取りに水を差したのは、『バンテージ』を討とうとする討伐者集団と、ナスタチウムを喰らおうとする海魔の集団だった。どれだけの時間、拳を交えていたかは分からないが、互いの放つ力の波濤がナスタチウムの狂気が周囲の討伐者に届き、『バンテージ』の覇気が周囲の海魔を動かした。
そのような戦いは、あまりにもつまらなかった。ただ一対一でやり合いたい。殺し合いたい。互いにそう思っていたからこそ、大男は『バンテージ』を見逃し、『バンテージ』もまた大男を見逃した。二つの討伐者と海魔の集団は互いに互いを狩り合って、こちらもまた同等の被害を出して終結した。
そして三度目、選定の町で会ったとき、『バンテージ』は遂に大男とのタブーを破った。一対一の殺し合いではなく、ただ里を追い出された憎しみを、空を飛ぶドラゴニュートにぶつけていた。だから、大男はそこで『バンテージ』と拳を交えることを拒んだのだ。
ならば四度目は? その四度目に、『バンテージ』が一対一を望むのなら?
大男は恐らく、殺人衝動を発散するためだけに、また拳を交えるだろう。




