【-常に大男には欲が渦巻く-】
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最近の無能は揃いも揃ってなにも知らないらしい。
大男は溜め息をついて呆れてしまう。
幼少の頃から働くことを命じられ、そしてなにも知らない無垢なまま、実験体にまでさせられるようだ。そして、討伐者の性の玩具にされる者まで居るともなれば、溜め息をつかざるを得ないだろう。その行為の意味すら、無能は知らないのだから。
文字の読み書きもままならない。
土を耕し、畑を作ることも知らない。
自給自足を成立させることができない。
海魔の脅威から身を守る術を知らない。
家を造ることさえできない。
あまりにも儚く、無知で無垢な無能たち。成人しているならばまだしも、中には少年少女まで混じっている。
これが『上層部』の目指していることか。大男にはその思想は理解できない。なにより、力が有ろうと無かろうと等しく人間であるのにも関わらず、家畜のように無能を扱っている様は見ていて、非常に腹立たしい。そして、そのことにも気付かないままに自らの変質の力を振るい続けて『上層部』に貢献しようとしていた己自身にも、腹立たしさを感じざるを得なかった。
だから大男は、『上層部』の思想に反し、無能を解放した。アルガスという己の権限を用いれば、それは造作も無いことだった。大金と食料、水を積めばどんな耄碌した腑抜けどもも首を縦に振った。卑しい卑しい耄碌した者たちに従うよりも、無能の将来について考えることの方が大男には、まだ夢があった。
力に目覚める前の、ダウンタウンで暮らした日々が忘れられなかったからなのか。それともただの気まぐれか、大男は自らに芽生えている感情に惑わされることもあった。そして当然、無知で無垢で無邪気な無能たちに、ただただ怒りをぶつけて殺してしまいたいという衝動までもが大男を困らせることもあった。
まず、生き方を教えた。次に力を用いて肥沃な大地を作り、そこに畑を作る方法を教え込んだ。家の建て方も教えた。身を守る術も教えた。モラルも教えた。そして、それらを会得した無能たちにそれぞれ、役割を与えた。
石の壁は築かれて行き、家は次々と形を成して行く。畑は実りの時期を迎え、料理は月日とともに華やかになる。
大男にとって、その日々はなにものにも代え難いものだった。『上層部』の役職に就いていた頃よりも、充実していたかも知れない。
しかし、大男の中にある殺人衝動は消え去らない。だからこそ、大男は死地に赴くことに決めたのだ。シリアルキラーになる前に、死ぬために。




