【-女がまだ人間を愛していた頃-】
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女の武器を使って、紛争を引き起こしているリーダー格と会ったことがある。
争い事が起こる場所には必ず指導者が居る。そして、その指導者は畏敬の念を向けられ、しかし、どんな人間も持ちえないカリスマ性を手にしている。でなければ人の上には立てないのだ。だからと言って、そのカリスマ性を武器に、紛争を激化させることなど、有ってはならないことだ。
女は騒乱の中で生きて来た。しかし、紛争や戦争、そういった類のものを一度として、認めたことも肯定したこともない。自分はその世界でしか生きられない人間であると思い込んではいても、思想ばかりを捻じ曲げたことは無い。
――まさに君は中世のジャンヌ・ダルクだな。
男は女に向かって、そう言った。ジャンヌ・ダルクとは一体どのような存在なのか。教養の無い女に、男は分かりやすく説明した。
ジャンヌ・ダルクとは神託を受けた聖女であるということ。そして、人を率いて争いを勝利に導く女神であるということ。更には、ラ・ピュセルという異称を持っていたということも教わった。ラ・ピュセルとは聖女、乙女を指すという。
乙女という言葉に女はときめきを感じた。まだまだ幼さを残しながら戦場を練り歩く女にとって、その言葉はなによりも心に響いたのだ。
だから男の口車に乗った。
――君がジャンヌ・ダルクであるのなら、殺されるのは早い方が良い。
そう言った男は、この紛争を終わらせるため、単身であるルートを通ると女に伝えた。そのような分かりやすい嘘があるものか。しかし、女はそれを嘘と思わず、信じ込んだ。
後日、女が所属していた紛争グループは壊滅した。女が男が単身通ると言ったルートに全員を送り込むように指示を出したからだ。結果、男は単身で現れはせず、そのルートには数多の地雷があり、そして飛び交う銃弾の数々、爆撃に迫撃砲、手榴弾の雨が降った。
手玉に取られ、転がされたのだと知った女は生き残ったことに激しい後悔の念を抱いた。
ジャンヌ・ダルクのようになりたいなどと思ったのが間違いだった。
乙女という言葉にときめいてしまったのが間違いだった。
そう、なにもかもが間違いだった。
女は騒乱の中で生きて来た。
しかし、性に無頓着に生きるようになったのは、恐らくその頃からだっただろう。仕方無く、その身を差し出したこともあったが、その頃からは快楽を得るために、独りになったときの恐怖を誤魔化すために、ただ肉欲に溺れ、そして躊躇いなく武器として振るうようになった。
リーダー格の男が暗殺によって死んだことを知っても、それをやめることはできなかった。
もはや乙女などという言葉は、女にとっては逆上の言葉へと成り果てていた。




