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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-決意の少女と狂気の男-】
237/323

【-あれは極致の力だったのか?-】

「こっちは、大丈夫そう。雅の方は?」

 小型の双眼鏡で木の上から遠くを見渡して鳴が雅に報告する。

「地上からだと、ちょっと分からないかな……」

 鬱蒼と生い茂る林――ではない。隙間から遠くを見ることはできる。しかし、それでも木の葉は視界を遮ってしまって、十分な確認はできそうにない。

「それにしても、双眼鏡なんてよく持ち歩いているね?」

「ジギタリスに、持っておくように、言われたから」


 確か、ディルを捜索するように鳴はジギタリスに命じられたことがあったはずだ。そういった捜索、探索においては遠くを見渡せる双眼鏡は周辺の状況を知るのにとても有効な道具になる。それを今も持ち歩いているのは、その頃の名残りでありジギタリスの教えをしっかりと守っている証拠でもある。

「それに比べて、ディルは……はぁ」


 肩を落とす。


 ディルに教えられたことは最低限の生きる術だけだ。そしてそのほとんどが戦闘技術に偏っている。「こういった道具が」や「こういう方法で」のような、野宿や探索におけるテクニックはなに一つとして教わっていない。

『そんなものは自分で学んで自分で用意しろ』

 ジギタリスとの教え方の差異について文句の一つでも言いようものなら、その言葉で一蹴されてしまうだろう。


 木の上から降りて来た鳴が雅の表情を窺う。


「でも、あの人、ジギタリスと同じくらい、強い。それに、私とジギタリス以上に、雅とも連携が取れている、し」

「連携、かぁ。だけど、ベロニカが襲撃して来たとき、ディルたちは動けたのに私は怖くてなんにもできなかった」

 『下層部』施設の屋上に至るまでの道のりにおいてはそれなりにディルと協力できたと思ってはいる。しかし、問題はそのあとの戦闘だ。ベロニカとの戦いでは、雅は見ていることしかできなかった。それがケッパーの死と楓ちゃんを眠りに誘わせたとまでは行かないが、ケッパーを喪って暴れ回る楓ちゃんを止めてからというもの、ずっと、見ていることしかできなかった自分を責め続けるくらいには、心が傷付いた。

「楓のことは、私にも、責任が、ある。私だって、なんにもできなかった」

 鳴は雅の手を取って、ギュッと握り締める。

「自分だけを、責めないで……辛いことは、共有、しよ? それが友達、でしょ? それとも、私と雅は、友達じゃ、無い?」

 すぐに雅は首を横に振る。

「そんなわけない。鳴と本気で戦って、本気の想いを聞き届けて、それでもこうして一緒に居ることができているんだよ? 戦った相手なのに、今はこうして手を取り合えているのが私はとっても嬉しい。だから、鳴は私の友達。リィも葵さんも、楓ちゃんも、一応、誠も友達。誰が一番じゃなくて、誰もが一番の友達。うん、だから、嬉しいよ。御免ね、なんか、すっごく、胸が苦しくって……辛くって、それ、吐き出しちゃ駄目だと思っていたんだけど、そうだよね。溜め込むのは良くない、よね」

 自身を異常であると思っているのなら、それはきっとみんなにも感じ取れるほどのものだったに違いない。だから鳴は雅のことを心配してくれているのだ。きっとリィも葵も、誠も、心配してくれている。


 その温かさが、心に沁みる。気付けば瞼には涙が溜まり、ツーッと頬を伝い落ちていた。


「私も、辛いの。辛いんだよ? だから、頑張ろ」

 それは雅だけではなく、鳴もまた同じだった。表情は薄いが、目からは涙が零れ落ちている。


 葵さんも泣けたのかな……誠も、辛い気持ちを吐き出せたのかな。


 しかし、それはきっと杞憂だろうと雅は察する。あの二人は、雅と違って極めて正常だった。誠はアジュールに支えてもらえるし、葵は友人との別れを一度経験して強くなっている。だからといって、二度目が死別でもないにせよ、慣れるわけではないが、雅が葵と会話した中で、彼女が暗くなっている雰囲気は一切、感じ取れなかった。リコリスが葵を支えていると考えるべきだろうか。友人を喪ってすぐの葵を連れて歩いたリコリスが、彼女の心の傷を癒したのだとすれば、初めて会ったときとほとんど変わらないまま再会することができたのも一理あると言える。あの女は、飄々とした態度を取っていて、

 だから、これで雅も気を遣わずに正常に戻ることができる。ただし、欲求不満であることを除けば、だが。


 それもこれも、命の危機に瀕する場面が多すぎるせいだ。特にベロニカとケッパーの死闘は、見ているだけでも恐怖と死の境界線を垣間見た。人は危機的状況に陥ると、因子を残そうとする。死を目前にしたとき、人は誰しもがケダモノと化す。生存本能として、そうDNAに刻まれている。だから雅の欲求不満もまた、女として自覚してからの恐怖の体感によってやって来たのだとすれば、当然の帰結とも言える。


「ふー……っと」

 大きく深呼吸をして、涙を拭って、軽く背伸びをして気持ちを切り替える。

「こっちは問題無しだったんだよね? 北から時計回りに行きたいから、回り道をしつつ西に行こう」

「うん」

 雅の指示に肯いて、鳴がキョロキョロと辺りを見回す。

「コンパス、持っているの?」

 どうやら方角が分からなくなってしまっているらしい。

「腕時計にコンパスが付いてるから」

 山間の街でディルに勝ってもらった腕時計を雅は鳴に見せる。これでも防水加工が施されているため、水を浴びても壊れない。ただし、お湯になると熱で壊れてしまう場合がある。だから宿泊施設など入浴が可能なところでは例外的に外すが、普段は肌身離さず身に付けている。


 そしてなによりコンパスの機能は雅に今まで多大なほど貢献してくれた。今回もその恩恵にあやかろうという話だ。


「楓と戦ったとき、物凄い磁力と磁場だったけど……どう?」

「うーん、ちょっと待って」

 あのときは腕時計のことを気にすることなく、楓を止めることだけを考えていたためそこまで頭は回っていなかった。なので、その場で腕時計のコンパスを眺め、クルッとその場で一回転する。コンパスは変わらず北を指している。少々荒っぽく腕を振って、そしてまた眺めるが、やはり北を指している。そして雅が向いている方角に合わせてコンパスの針は動き、正確な方角を示し続けている。

「壊れてないね。あの磁力は、変質の力だから無機物に影響を及ぼさない、のかな?」

「五行だと、火は木に強い、というわけじゃない。でも摂理で言えば、火は木を燃やすくらいには、強い。あの磁力が、摂理だったなら、勿論、磁力に関するものは、駄目になると、思うんだけど……」

「楓ちゃんのそれは『磁力』だと思っていたけど、別物?」

「……五行にも、摂理にも属さない、そんな力かも知れない」

「“異端者”以外にも、居るの?」

「ジギタリスが、言っていた。風や音、光や氷、そして雷。そういった、“五行”ではなく“摂理”に属する変質の力とも異なる、自らが創造して得た、変質の“極致”の力」

「“極致”、か」

「想像にして創造の“極致”。可能性を、示唆していただけ、だけど」

 楓の力を見たとき、それはあるのかも知れないと思った、と鳴は続けた。


 五行でもなく、摂理でもなく、極致の力。雅には半信半疑にしか受け取れないことだが、ここで全否定してしまうと鳴はきっとジギタリスを貶したと受け取って、不機嫌になるばかりか口論になりかねない。無論、そこまで浅はかな人格ではないことはこれまでの付き合いで分かり切っていることなのだが、言葉の分別はどのように深い関係であっても選ばなければならない。なにより、雅もまた楓の力を見た。だから全否定など、出来るわけもない。


「難しいね、世界って。五行に摂理に、極致だって。私たちはこうして、生き残るだけで精一杯なのにさ。あ、こっちが西だよ。喋りながらだと海魔を見落とすかもだから、これは返ってから話そっか」

「賛成」

 そうして雅と鳴は西に向かって歩き出す。そこからはグルッと時計回りに一周し、偵察を終えて野宿する地点まで戻った。

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