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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-決意の少女と狂気の男-】
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【-ジギタリスの異名について-】

「なにかあんのかもねー、あのクソ男の拘り方は」

「あの」

「ん、なーにー?」

「口にも出していないことを、勝手に想像して勝手に相談に乗っている感じにするの、やめてもらえません?」

 いつの間にか隣に居たリコリスに雅は不満を言い放つ。

「えーだって、クソロリってば顔に出てたしさー」

 ケラケラと嗤いながら女はそう答えた。腹立たしいが、しかし、ひょっとしたらなにか情報を得られるかもという好奇心が湧く。


「リコリスさんは、ディルのことをどこまで知っていますか?」

「どこまで、ねー。どこまでだろー。分っかんないなー。出会ったときから、死んだ目をしていたけどさー。あー今は隻眼でよけいに死んだ目をしてるけどねー」

 ディルが隻眼になっていることがよっぽど滑稽であるのか、リコリスは嗤い続けている。

「たださー、あの姿の海竜に拘っているのはさー……なーんかあると思うんだよねー。それと、クソロリが引き合いに出した“約束事”。この二つは、あのクソ男の人格を形成するに至った要素だと、私は一応ながらに考えているんだよねー」

 ちっとも点と線が繋がってはくれないけどさー、と言いつつリコリスが嗤うのをやめた。


「リィはどうして、あの姿なんでしょう?」

「さぁ? そんなの私が知るわけないでしょー。海竜の腹から出て来た海竜。それがあのギリィっていう特級海魔にして、ドラゴニュートの始祖。なに考えているかさっぱり分かんないよねー……でも、なんだろうねー。ディルは海竜を殺そうとすれば、きっと私たちを許してはくれないと思うんだー。それはアルビノを殺したときよりもずっとずっと、深いなにかでさー、私たちなんかが容易く入り込むことさえできないところなんだと思うんだよー」

 少し寂しげにリコリスは言いつつ「ともかく、クソロリのおかげで休憩が出来るねー。これで葵もちょっとは気楽になるんじゃないかなー」と続け、葵の元へと歩いて行く。


 リィの姿と約束。


 これだけでは、リコリスの言うように点と線は繋がらない。やはりディルから直接、訊くしかないのか。そんな機会は未来永劫、訪れることがないようにも思えて仕方が無いのだが。

「やれやれ、いつものことながら、“死神”は手に負えない。君が居てくれて、実のところ助かっているのは僕らの方なのかも知れないね」

 各々が野宿の準備に入り始めたので、雅も葵の傍に居るリィを連れて支度を始めようとしたところで、ジギタリスに話し掛けられた。

「“死神”、“疫病神”、“禍津神”、“戦神”。ジギタリスさんはなんて呼ばれているんですか?」

「急になにを言い出すかと思えば」

「だって、ディルのことを“死神”と呼び続けているのに、自分自身は異名を隠し続けるなんて、ズルいと思います」

「ズルい? なにがどうズルいんだい?」

「そうやって、ディルのことを揶揄するのは、自分に付けられている異名を晒してからだと思うんですけど」

 雅の生きて来た町では“死神”の噂は有名だった。でもそれ以外の噂はほとんど耳にしたことがなかった。それはきっと雅がその頃はまだ、井の中の蛙であったからに違いない。ディルと旅に出て、一人旅もして、その最中で耳にした噂には“疫病神”のリコリスのことや、“禍津神”のケッパーのこと、そして“戦神”のナスタチウムのものがあった。けれど、ジギタリスの異名だけは噂にもなっていない。訊いたことがない、耳にしたことがない。まるで、本人がそれを秘匿しているかの如く。


 だから、ズルいと思うのだ。『下層部』に居たことで、そこの権力を利用して自身の異名を隠匿したのだとすれば、ディル以上の姑息さだ。自身に付けられた異名と向き合っていない。それが雅には納得できなかった。

 散々な異名ばかりを付けられて、まともに見てももらえない二十年前の生き残り。その中でジギタリスだけが、まだまともであるかのような錯覚にすら陥る。間違えては行けない。二十年前の生き残りは等しく、ネジがぶっ飛んでいる。それを自らに刻み込むためにも、ジギタリスの異名は知っておきたいのだ。


 ディルの手帳には、一応ながら噂でみんなに付けられた異名が書かれていた。なのに、ジギタリスだけは破られていて知ることが敵わなかった。それはディルがジギタリスと反目しているからに違いないのだが、雅はディルと同じく、ジギタリスのことが嫌いなわけではない。別に好きでも無いが、少なくとも知る権利ぐらいはあるだろうという見解を持っている。


「僕は……そうだな、話さない方が良いんだ。隠している方が、良いんだろうと思っている」

「どうしてですか?」

「神様を気取るのは嫌だから、だろ? 正義漢」

 割って入って来たのはナスタチウムだった。

「そう、その通りだ」

「けっ、テメェに付けられたもんは、反感を買いかねないものだ。特に、あの進化した海魔の連中にとっては目の上のタンコブにすらなり得る。そういうもんは、隠しておいた方が良い。“死神”や“禍津神”、“疫病神”なんざはまだマイナスのイメージ。“戦神”も大して良いイメージとは言えねぇ。戦の神様だろうと、そんなもんに定規は当てられねぇからな。だが、正義漢に付いている異名だけは、少しばかり俺たちとは違う。だから、奴らを刺激しかねない。ならば、隠しておいた方が得策。それがテメェの考えってところだなぁ」

「そこまで理解しているのなら、これ以上の説明は不要だろうね」

「ああ、テメェはそのままビクビクと怯えながら異名を隠していやがれ。その方が、滑稽ってもんだ」


 ナスタチウムはジギタリスを貶してみせるが、ジギタリスはさして堪えていないらしく、肩を竦めたのち、立ち往生している鳴に声を掛けに行く。


「どうして邪魔を?」

「知られるわけには行かねぇんだよ」

「たかが異名じゃないですか」

「されど、とも言う。言葉の出処は不確かであっても、聴き手によっては齟齬が生じる。奴らが知ったら、血相を変えて正義漢を殺しに掛かる。まぁ、いつ殺されるか分かったもんじゃねぇが、その時間を少しでも――生きている時間を少しでも延ばせるのなら、それはそれで良いことじゃねぇのか? それとも、テメェは、奴の残り全ての時間を闘争で削らせたいとでも言うのか? そりゃ、とんでもねぇほどの悪女だな」

 雅すらも貶して、ナスタチウムは徳利に入っている酒を呷って、どこかへと行った。

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