【プロローグ 03】
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果たして、助けた意味があっただろうか。
少年は森の奥地でドラゴニュートと一緒に飛ばされて来た少年を眺めながら思う。
自分という人間は、雪雛 雅にとっては邪悪に近い。己の身に宿している力は、いずれ至るであろう彼女の極致にとって邪魔になりかねない。
だから姿を見せず、顔を見せることなく行動を続けた。
あの、ディルという名の死神にとっての死神。自身をそう位置付けることで、彼女から付かず離れずの位置を維持しつつ、しかし決して気取られないように遠くから見守る。それが少年に出来る現在唯一の手助けである。でなければ、あのような男の命を救おうとは思わなかったし、話し掛けようとも考えなかった。
少年は知っている。雪雛 雅に残されている可能性を。その本質に、未だ至れていないという事実を。だからこそ、それが開花したその時、ようやっと己は姿を明かすことが出来るのだと。
幸いなことに、死神は己のことを語りはしなかった。それは実にありがたいことだ。少しでも己ということを知られてしまったなら、彼女の神経は更に擦り減ってしまうに違いなかったからだ。それに、己が掲げている理念が崩れ、今すぐにでも手を差し伸べてしまいたくなる。しかしそれは許されてはいないのだ。実際は、自身が許していないだけで会おうと思えば容易く会えるのではあるが。
それでは、雪雛 雅は極致に至れない。そう、“喪失”には至れない。
だからこそ、魔人が施設を襲撃した際も遠目から眺めるだけ。或いは見守るだけ。なにより、一切の手出しをしないと決め込んでいた。
だが、自身が潜んでいる方向へとドラゴニュートと、合わせて少年が吹き飛んで来た。正直なところ、地面にでも激突していればこの一匹と一人はどちらかが重傷を負うどころか、戦うことさえ困難になるほどの速度で少年へと向かって来たのだ。
これは誤算だった。何故なら、少年の力は“少年に危機が迫ると過敏に反応する”。即ち、少年へと直撃するような角度で飛び込んで来る一匹と一人を視認した直後に、その力は身勝手に、暴力的に、発現した。
十重に二十重に、少年の力が編み込まれて生み出された“鎖”は網目状に絡まり合って、ハンモックのように、そして柔らかなクッションのように一匹と一人を受け止め、その吹き飛ぶ速度を大きく削ぎ落とし、地面へと落とした。怪我は負ったかも知れないが、これでともかくも戦いにほぼ支障をきたさないほどには回復することは見込まれる。
しかしながら、思う。助けた意味があったのか、と。改めて思う。
ドラゴニュートなど助けてどうにかなるのだろうか。これは、意思の疎通さえ出来はするが元来は“海魔”であり、人類にとっては諸悪の根源にも近い。更には強大な力を持っており、全ての里が一丸となって人類への侵略を決定したならば、まず魔人の手を煩わせることもなく、人という種は絶滅に至るだろう。
故に、数が減ってくれた方が良かったのではないか。ほぼ本能が機能して助けてしまったが、助けなかったならば人類にとっては有益だったのではないか。
深く悩み、そして天を仰ぐ。
同時に、空高くよりこちらを眺めていた、異なる種のドラゴニュートと目が合う。なにを言うでもなく、襲い掛かるでもなく、ただジッとこちらを眺めている。その大きな翼を広げて、ただただジッと。まるでこれから少年がどういった行動を取るのか、それを試しているかのようだ。
ドラゴニュートが、ドラゴニュートを監視する。実に不思議な光景であるが、そうと知ったならばここは潔く去るべきだろう。無意識、本能、身勝手とはいえ同胞を助ける形にはなったはずだ。だからあの空高くで滞空を続けているドラゴニュートには、襲われないだろう。意識を失っている一匹と一人に手を出すようなことさえしなければ、だ。
大量の鎖の一本に、少年は人差し指で軽く触れる。それらは大きな音を立てて瓦解すると共に、跡形も無く消え去る。
そして、身支度を整えて少年はその場から“影”の如く、消え去る。
結局のところ、助けて良かったのか、それとも良くなかったのか。
疾走する少年が抱えている悩みについての答えは、斜面を降り切っても出ては来なかった。




