【エピローグ】
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「おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれぇ!! 消えぬ、消えぬ消えぬ消えぬ!!」
ベロニカは左の頬に残る電紋を忌々しく鏡で眺めながら、怨嗟の声を上げる。
「少しは静かにしろ」
「傷を勲章とする貴様とは違うのじゃ! あの小娘め! 次に逢うたときには、切り刻んで! おのれぇええええ!」
スルトは溜め息をつき、ベロニカから離れる。
「君は傷を負った。けれど、ビショップを落とし、『木』の神は奏上された。影から見させてもらったが、それで間違いは無いね?」
「そうじゃ! あの気色の悪いビショップを、殺してやったわ!」
影の王は指先で弄んでいたビショップの駒を強く突付き、チェス盤から落とす。乾いた音が響き、そしてそれを影の王は踏み潰し、立ち上がる。
「さて、海を貫く深淵の庭はどこにあるものか……まぁ、良い。まだ余興は続く。その間にゆっくりと考えれば良い。ねぇ、そうだろう? 人間」
辺りは血の赤一色に染まり、床には人間だっただろう肉片があちこちに散らばっている。たった一人、残された人間も両肩と両足を杭に穿たれ、息も絶え絶えであった。
「ここが地を穿つ根底の苑。海魔を甘く見たのかい? 隠していても、こういう大切な場所はすぐに見つけ出せるんだ。それで……そろそろ、天を仰ぐ頂点の園はどうやったら動かせるのか……吐く気にはなったかい?」
老齢の男は首を横に振る。
「いい加減にしなよ、人間。君はここで死ぬ。ぼくが手を下してあげるんだ、光栄に思ってくれなきゃ困る。だから、せめて人らしく死にたいのなら、天を仰ぐ頂点の園の場所を吐いてはくれないかい? ここに居た、全ての人間のような肉片になって、君たち人間が蔑む最下級の海魔のエサになりたくなかったらさぁ」
影の王は表情を崩さない。それどころか、どこまでも真顔で、どこまでも心の深奥を見せない冷め切った顔をしている。
「貴様ら、海魔は……! 滅び去る、運命なのだ!」
老齢の男はそう吐き捨てる。
「……さっきのが最終通告だ。君たち人間はいつもそうだ。情報を握っている限り、殺されることはないと高を括って、情報を求める者に毒を吐く。けれど、その考えは酷く偏っていることに気付いてよ」
影の王は老齢の男の左胸に手を突き入れ、心臓を引き抜く。
「情報を持っていようがいまいが、吐かないのなら、生かす価値も無い。植物に喩えるのもおこがましい。なにも話さない情報源なんて、ただの汚物と同類なんだよ」
脈打つ心臓を握り潰し、老齢の男は息絶える。
「殺して良かったのか?」
「ああ、構わない。これも余興に過ぎないからね。さて、ベロニカの代わりに次の奏上を済ますにはどうするのが得策だと思う、スルト?」
「厄介なのはクイーン。チェスではどこにでも動ける強者だそうだが?」
「ふふふ、良いね。だったら、そのクイーンをどう落とす?」
「適任な者が居る。人間どもがやっていた実験体だ」
「……良い案だよ、スルト。次の余興も、楽しめそうだ」
ニタァッと影の王は笑う。
その容姿は人間でありながらもしかし、笑顔は人ならざる者であった。
【To Be Continued】




