【-男を誘うは死、或いは男を安らぎへ導く子守唄-】
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小鳥のさえずりは聞こえない。
静かで、穏やかで、心地の良い大樹の洞の中、男は息を引き取ろうとしていた。
もうなにも見えない。しかし、どういうわけか一筋の光が差しているように感じられる。男はその光に導かれるように、意識を深く、深く、深く、落として行く。
思い残すことはもうない。
子供のように泣きじゃくり、未練を全て吐き出した。
全て吐き出して軽くなった。だから己という意識が消え去ることへの恐怖は塵一つとして感じられない。
ただ神に誘われるだけだ。
男は己の人生を省みる。
思えば、なんともワガママな生き方をしたものだ。次に命を与えられる機会があったならば――そのときは己という意識も無いのだろうが、とにかく従順に生きてみたいものだ。そしてなにより、平和な世界に産まれ落ちたい。この世界ではやり尽くした。最期に幸せになれた。
だから、もうなにも思うことはない。
隣の洞から寝息が聞こえる。大樹の洞と洞の繋がりは、男が思った以上に浅かったらしい。己の力の慢心だなとも思うのだが、しかし、もはやそのように力を振るうこともなければ、力の浸食に苦しむ必要だって無いのだ。
だから、隣の洞から聞こえる寝息が、なによりも心地良い。
クリスフォード・ノインとして生きて十五年。
ケッパーとして生きて二十年。
三十五年。なんともキリの良い数字だ。寿命大国日本じゃ、まだまだこれからの歳なのだろうが、あいにくこの世界じゃ、天寿を全うできる討伐者はほぼ居ない。
十分だ。
十分に生きた。
自由奔放に、ワガママに生きた。
だから、身を任せれば良い。苦しまずに死んで行ける。確かに傷口はジンジンと痛んでいたが、その感覚も、もう無い。
願わくは、死ぬその寸前まで耳が聞こえていますように。
男は隣から聞こえる寝息に、安らぎを得る。
それは、凄絶な人生を送った首都防衛戦の生き残りが、討伐者としてではなく人として思う最期の一時。
己が咲かせた花が奏でる寝息こそが――
男を永遠の眠りに付かせる、子守唄。




