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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-才能の花と夢見た男-】
228/323

【-澱みは全てここで吐き出せ-】

「これがケッパーの望み?」

「そう、その通りで……違う、そうじゃ、無い? 私は……いや、私が、私が! あなたたちみたいに傍観者で居なければ! ケッパーを救うことだってできた!」

「それは、無理だよ。だからケッパーはあなたを加勢させはしなかった。あなたがケッパーにとっての希望だったからだ」

「希望?! 希望だからなんだって言うんですか!? ケッパーはもう死んだ……あなたたちが! 私が! 見殺しにしたんだ!! だからあなたたちを殺して、私も死ぬ!! それが償いになるんです!」


「死ぬことが償いになるなんて、私は絶対に認めない!!」


「その口を!! 閉じて、死んでしまえ!!」

 鉄の刃が周囲一帯に飛散する。

「コネクト!」


「5」

 雅はできる限り、刃の軌道上ではない場所へと移動する。 

「4」

「切り刻まれて!」

「3」

「死んで!」

「2」

「ケッパーに謝ってください!」

「1」

 刃はすぐそこまで迫っているが、雅は一歩もそこから動かない。自身の焦りや逃げたい衝動に立ち向かうようにカウントを続け、楓をただ見つめ続ける。


 何故だろうか、楓は変わらず雅を睨み続けているが、鉄の刃の動きがほんの僅かだが鈍ったように感じられた。そして、その“僅か”が、雅に到達するはずだった鉄の刃の、その全てを制止させるに至る。


「0」

 雅はカウントを終える。鉄の刃が乾いた音を立てて、鉄板の床に落ちて行く。


「ぁ……れ?」

 楓の右手首から植物の芽が吹き出す。それは楓の体内にあるエネルギーを糧に成長を続け、右腕を覆うまでに成長すると、大きな薔薇の蕾を付ける。

「ケッパーが楓ちゃんのために仕込んだ、棘の花が咲く」


 蕾が花開き、青い薔薇が咲き誇る。楓はその青い薔薇の香りを嗅ぐと、やがて脱力してその場に倒れ込んだ。雅が急いで駆け寄り、容態を診る。葵と鳴も楓のことを気に掛け、すぐ傍までやって来た。


「眠って、いる?」

 寝息が聞こえ、雅は胸を撫で下ろす。

「暴走した馬鹿ガキが抑え切れない力のエネルギーを糧にして、その薔薇が咲いている。ケッパーが馬鹿ガキに残した最期の贈り物だ」

「君たちは良くやった。僕や“死神”に頼らず、仲間のためにその身を犠牲にしても構わないと、立ち向かった。僕たちを頼り過ぎるのは良くないんだ、今後のことも踏まえて、ね」

 ディル、ジギタリスと続いて雅たちに言葉を投げ掛ける。

「青い薔薇の花言葉は確か、『奇跡』や『神の祝福』です」

「ケッパーが、最期に送りたかった、言葉も、それ、なの?」

 鳴が葵に問い掛ける。


「分かりませんけど、でも、赤い薔薇ではなく青い薔薇を選んだ理由は、なにかあると思いませんか? だって薔薇の青は、人が手を加えないと咲かない色なんですよ?」


「そう、なんですか」

 雅は寝息を立てている楓を抱えながら、彼女の右腕で咲き誇る青い薔薇を見つめる。

「おい、まだ生きてんだろうが、ケッパー」

 緑のベッドで横たわっているケッパーの元に行き、ディルが荒々しく揺さぶる。葵と鳴に楓を任せ、雅がその場所まで移動する。


「…………やれ、やれ、これだから、君は人間性が最悪、なんだ。これから静かで、穏やかに、死のう、ってのに、なぁ」

「あの薔薇! ケッパーは楓ちゃんが暴走するのが分かっていたんですか?!」

「分かっては、いないよ。僕が、榎木 楓にとって大切であって……そして、“喪失”に足る存在であったなら、そうなるだろうと……思ったから、初めて、出会ったそのときに、刺した棘のように繊細な、特別な薔薇の種、だ」

「“喪失”?」

「君にも、分かるときが、来る、だろう」

 ケッパーは苦しそうに呼吸を続ける。ディルがケッパーを仰向けにさせ、空を見上げさせた。

「あの薔薇、は……枯れるまで、榎木 楓を、眠りに付かせる。逆に枯れるまでは、榎木 楓を害する者を追い払う自衛も備えて、いる。薔薇が枯れたときは、榎木 楓が目覚めるとき。才能の花に振り回されず、己の溢れるほどの力を、器に満たした、とき。それまでは、溢れ出る彼女の変質の、力を……糧にして……咲き、続ける」

「どれくらい?」

「さ、ぁ? そんなのは、僕にも、分からないよ」

 雅は肩を落とし、そして項垂れた。


「僕を看取るのは、勘弁してくれないかなぁ。僕は、一人静かに、眠りに落ちたいんだ。人で無しや飲んだくれ、正義感に死神。散々な輩と付き合わされて、疲れた……よ」


「分かった。テメェはここに立っている大樹の洞に放り込む。あの馬鹿ガキも、テメェの眠る隣の洞に放り込む」

 ディルは投げやりに言ったのち、ケッパーの胸倉を掴んで上半身を無理やり起こさせる。

「だから、強がりは捨てて全てを吐き出せ! 後悔をここに残すんじゃねぇ!!」


 ケッパーの瞳に光が宿り、続いて感情が戻り、遂には涙が零れ出す。


「ヒーローになりたかった。強くて格好良い、そんなヒーローに! 死んでもみんなに謳われるようなヒーローに! 死にたくない! 生きていたい! こんな淀み切って腐っていて、辛い辛い現実しかない三次元だけれど!! 僕が生きていたいのはこの場所、“ここ”だけだったんだ! あの子が咲き誇り、強くなったその姿を眺めて、そうして僕は! 幸せを、心地良さを感じたかった!」


「安心しろ、あいつは強くなる。テメェはなにも考えなくて良い。心配は無用だ。だから、テメェが妄想する未来のあいつの姿を見ているだけで良い。それがきっと、あの馬鹿ガキの未来の姿に変わる。妄想は現実にならない? はっ、そんなもんはテメェの薔薇が遺した『奇跡』で塗り替えろ」

「ああ……少し、楽になった、よ。でも、生きたいなぁ……まだ少しだけ生きていたかったなぁ……君ともっと酒を酌み交わし、どうでも良いことも、話して……仲間じゃなくて、友達に……なりたか……った、なぁ」

「その歳で友達なんて臭いこと言うんじゃねぇ。だが、それも杞憂だ。俺とテメェは、会ったそのときから、友達だ」

「は……ははは、僕をこき使っていた男が、なにを言って……あぁ、あぁ、でも……うん、ありが、とう。ありがとう、ディ、ル。ありがとう、ジギタリス。ありがとう、リコリス。ありがとう、ナスタチウム。そして、この世界で生かしてくれて、ありがとう。母さん、父さん、この世界に産み落としてくれて、本当の本当に」

 「ありがとう」。


 ディルは呼吸だけを続けるケッパーを抱えて、大樹の洞まで行くと、そこに彼を入れる。続いてジギタリスが眠りに落ちている楓を抱えて、ケッパーを入れた洞のすぐ隣の洞に彼女を優しく入れた。


「……行こうか、“死神”」

「ああ。楽にくたばれよ、ケッパー」

 二人が翻り、戻って来る。ジギタリスは葵と鳴に説明をし、二人を連れて屋上の変形したドアをぶち壊しながら屋上から降りて行った。

「行くぞ、クソガキ。きっとポンコツも施設の中だ。さっさと探し出して、次だ」

「次?」

 何故だか零れている涙を必死に拭いながら雅は首を傾げた。

「ああ、次だ。ここで終わりなんかじゃねぇ。終わったわけでもねぇ。次を目指して、俺たちは行かなきゃならない。リコリスもそろそろ再生する。ナスタチウムもどっかで生きてんだろ。ガキと火竜もきっと不時着している。だが、ケッパーと馬鹿ガキはここでリタイアだ」

「……うん」

 雅が肯いたことを確認して、ディルが屋上をあとにする。


『君にも、分かるときが、来る、だろう』。


 ケッパーの言葉が、何故だか胸から離れなかった。その不安が杞憂であることを雅は願う。

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