【-生かす意味-】
「そうだね、このまま見過ごすわけには行かない」
ジギタリスは呟き、大樹の元から走り出し、十字を切って炎の大剣を生み出す。
「感謝しまくっているところ悪いが、ケッパー。俺はテメェをこのまま見捨てられるほど、腐ってはいねぇんだよ」
ディルが斧鎗を木々から作り出し、ベロニカとケッパーの命のやり取りに今すぐにでも入り込むために、構える。
「ちぃっ! 面倒じゃ面倒じゃ面倒じゃ!!」
ベロニカがケッパーから離れ、陣を描く。
「空中じゃない?!」
描いているのは床。そして陣は描き終わると、その中心から放射状に広がって、三人を陣の中に収める。
「くっ!」
ジギタリスが異変を感じて跳ね、木々の枝に手を掛け、足場にする。ディルもまた、近場の木の枝に飛び乗った。
「妾の血で、溶けて行け」
ケッパーが触腕を床に付けて、自身の体を床から退避させる。
陣が光り輝き、屋上の床が陣の中のみ、泥沼に浸される。腐臭を放つその泥沼は、ズブズブと生い茂る木々や木の根を沈めて行き、更に沈めたありとあらゆる植物を焼いているのか、泥沼の中から煙が立ち込める。
「床を変質させた? でも、それなら床が抜けるはず……ベロニカの描く陣は、変質の力の本質から外れてい、る?」
変質すれば変質しただけ物体が消える。例外的に、『金使い』が金属、『水使い』が水など、自身の五行と同じ物質を変質させた場合のみ、物体=変質させた物の量の方程式は崩れる。
だが、これだけ大きな沼地を作れば、その方程式など関係無い。床の物質量を加味しても、必ず床は抜けるはずだ。だが、実際には抜けていない。
「陣の中だけ、別空間……」
呟きながら雅は、同時に「それだ」と確信する。
つまり、今までベロニカは変質の力を使ってみせていたのではない。
即ち――
「別次元、別空間から、この世に元々有る、或いは無い物を陣を描いて繋ぐことで、持ち込んでいるんだ!!」
ディル、ケッパー、ジギタリスに聞こえるくらい大きな声で雅は気付いたことを伝達する。
「なんじゃ、あの小娘。妾の力をここに来て、見ているだけで看破したとでも?」
「やっぱテメェのその頭だけは冴えてんな、クソガキ」
ディルが木の枝を飛び移りつつベロニカに接近し、斧鎗で一太刀浴びせようとするが、泥沼の中を平気で動く彼の者にその一撃は通らない。むしろ着地するべき次の木の枝を意識するため、ディルの攻撃は単調になってしまっている。
「焼いてどうこうなるわけでもないが、試さないわけにも行かないな」
ジギタリスが木の枝の上から炎の十字大剣を噴かすと、切っ先を泥沼に向ける。火炎は切っ先から真っ直ぐに放射され、泥沼の水面上を数秒ほど炎が駆け抜ける。ベロニカは炎が到達する前に泥沼の中に沈み、そして炎が潰えたところで何事も無かったかのように浮き上がる。
「ふむぅ? あのような小娘がおるのはいささか、予想外ではあるのう」
浮かび上がったベロニカは泥を払い落としつつ、そして足で泥遊びをしつつ、その次に雅に視線が移った。
「させないよ!」
触腕で泥沼を叩き、ケッパーが移動してベロニカの前に立つ。
「もう飽いたと言っておろうに」
ベロニカが触腕の一本を爪で切り裂く。切り落とされた触腕に合わせて、すぐに新しい触腕が生え、ケッパーの体を泥沼に落ちないように支える。しかし、その一つの工程が男の動きを制止させてしまう。ベロニカはケッパーの横を抜けて、雅に差し迫る。
白と黒の短剣を抜いて、雅は臨戦態勢を整える。
「だからさせないって言っているじゃぁ、ないか!」
泥沼の中から木の根が突き出し、雅とベロニカの間に立ち塞がる。切り裂いても切り裂いても、次々と木の根は突出し、彼の者の歩みを止める。
「小娘を切り裂いてやりたいところではあるが、面白い。そうまでして守りたいか」
「いやぁ、守りたいのはそっちじゃぁ、無いんだけどね」
「おい、ケッパー!」
「これは、一体どういうことか説明してくれるんだろうね?!」
ディルとジギタリスがケッパーに怒りの声を飛ばしている。泥沼の中から木々が生い茂り、二人の進行を妨げている。
いや、それだけじゃない。蠢く木の根が合わさり、蔓と蔦が繋ぎの役割を果たし、ケッパーとベロニカだけを覆う即席の植物だけで出来たドーム状の戦場が作り出されている。勿論、雅たちもその中には入れない。
「どうもこうも、さぁ……分かるだろう? 僕の運命って、君たちが入って来てもきっと揺らぎもせずに、想像した通りに、きっとそうなるように、至るんだよ。そう、妄想はいつだって妄想止まり。そんなことには決してならない。そうは問屋が卸さない。いつだってそうだった。これからもそうだろう。けれど、この一度だけは、妄想が現実になり、そんなことにはきっとなってしまって、問屋も頭を抱えるんだよ。あぁ、本当に参った参った」
「なんじゃ、貴様? 死にたいのかえ?」
「死ぬなら、君と一緒に死にたいなぁ。あぁ、あぁ、この妄想は駄目だ。君と戦い始めてからずっと抱いていた妄想を口走ったけど、こればっかりは……今、この場だけでも、駄目そうだなぁ」
雅の腕を振り払い、楓が大樹の洞から外に出ると、ケッパーの作り出したドーム状の木々に飛び乗る。
「私も戦います! ここに入れてください!」
「死に急ぐんじゃない、“人形もどき”」
「お願いですから、私も戦わせてください!!」
「駄目だよ、駄目だ、駄目。君に戦わせるわけには行かないんだ」
「何故ですか!? どうしてですか?!」
「もうすぐ、芽吹くから。芽吹いた君は、止まらない。それを止めるための棘は差してあるけど、咲くまでに時間が掛かる。きっと五分は掛かる。そんな君を、これから未来ある力を得るだろう君を、ここで一緒に戦わせて死なせるわけには行かないんだよ」
「なんでそんな……もう、死ぬみたいなことを言っているんですかぁ……」
楓が木々を押し退けて中に入ろうとするが、木の根の一つが鞭のようにしなって、彼女を優しく弾き飛ばす。
「なんでも言うこと利きますから! 裸にだってなりますから! 嘘じゃありません、ここで脱いで証明したって構いませんから! だからだからだから!! 死なないでください!!」
楓の叫びに、ケッパーは悟ったような笑顔を作る。
そこに気味悪さや気色の悪さは一切無い、一人の男の、本当の笑顔があった。




