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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-才能の花と夢見た男-】
216/323

【-ディルの知識と自身の知識-】

「この上の部屋が標的になっていない確率ってぇのは、どのくらいのもんなんだろうなぁ」

 ククククッと笑いながら、ディルは斧鎗の先端で天井を突付いている。

「またドリルとチェーンソーで穴を空けるの?」

「床や天井は外壁と同等に分厚いもんだ。掘削機を使っても、なかなか穴を空けられるもんじゃねぇよ。土台を作れ」

 言われるがまま、雅は近場にあった長机を四つ重ね、その上に椅子を並べて、小さなピラミッド状の足場を作る。

「じゃぁどうやって?」


「化学で習っただろうが、アルカリ金属の単体は、大体が柔らかい。リチウムはやや硬いか。常温でも液体の水銀にしてしまえば簡単に穴は空けられるが、目や口に入れば、面倒だ。ナトリウムに変質させて、柔らかくしてから貫かせてもらう」


「柔らかい……? 水銀? ナトリウム?」

「だからテメェはクソガキなんだよ。化学すらできないなんて、テメェの脳味噌は終わってんだな」

「う、く……うるさい」

「なんなら、その終わっている脳味噌にも分かりやすく、そうだなぁ、猿でも分かるほど簡単に化学を今から、教えてやろうか? それでも分からないなら、終わってんじゃなく、テメェそのものが終わっているってことになるが」

 嫌な笑い方をしつつ、雅を罵倒する。


 きっと、分からない。自分を卑下するつもりは毛頭無いが、雅はディルの言葉を耳にするだけで“化学”というものを頭に叩き込めるほど、脳の造りが良いとは思っていない。なにをするにしても、海魔のことを中心に物事を考え、見極める。これに関してはディルにも評価されるが、今からディルが言うだろう言葉の全ては、それとは真逆の、いわゆる座学と呼ばれる中学時代に飽き飽きするほどに先生から聞かされた知識の数々になる。


「中学じゃ、成績優秀じゃなかったし……」

 良くも無く悪くも無く。良いところは良いが、悪いところは悪い。“化学”は中学では理科の範疇だったが、その時期のテストは散々な成績だったことだけは、憶えている。だからディルの口から「化学」という単語が出た瞬間から、実のところを言うとなにもかもがチンプンカンプンだったのだ。

「どこで落ち込んでんだ、テメェは」

「ディルの頭の良さと自分の頭の悪さに」

「そんなもんは前々からだろうがよ」

 決して慰めの言葉は返って来ない。


 雅が自棄になりかけたところで、ディルの変質は終わったらしく、斧鎗でナトリウムに変質させた天井を力強く突き刺し、そして刃はチェーンソーのように回転する。腕の動きに合わせて天井は引き裂かれ、人が一人分通れるほどの穴を空けたあと、ディルは足場から跳躍して、十階の床に手を掛けて、一人で上がってしまった。なにも返事が無いため、一人で上がって来いということらしい。


 自身が作った足場に乗って、そして椅子から穴の空いた上階を見上げる。そして力強く跳躍してみるが、ディルが掴んだだろう十階の床には手を掛けられず、代わりに剥き出しになっていた鉄骨の一部を掴み、そこから腕の筋肉だけで体を持ち上げ、歯を喰い縛りつつ、十階に上がり、床に転がる。


「あと二階分、やるぞ」

 ディルにとっては楽なことでも、雅にとっては一苦労だ。そんなことはお構いなしに、ディルは自身で机と椅子で足場を作り、天井に手を当てる。手元から波紋のように天井が変色し、手を放して、その中心にディルは斧鎗を突き立てる。そうして、先ほどと同じ要領で人一人分が通り抜けられる穴を作った。が、なにやら雅を一瞥したのち、小さく舌打ちをして穴を一回り大きくした。

「ここで体力を使い切られても困るからな。テメェは自分の力で跳躍して十一階に来い。十二階から屋上へは、俺もその力を使わせてもらう。穴は先に空けるが」

 風の助力があれば雅も先ほどのような筋力だけで登る必要は無くなる。ディルは雅の体力の消耗を最小限に抑えるため、穴の幅を広げたらしい。これほど大きな穴であれば『風』の力を借りた跳躍時に、どこかに体を激突させるようなことも無い。


「分かった」


 腕の筋肉が震えているが、それもマッサージをしている内に和らいだ。特訓のときは力任せに短剣を振るわないので、ここまでの筋肉疲労を感じたことはない。つまり、戦うときと今の登り方だと、筋肉の使い方が違う。しかし、使い方は違っても結局、用いる箇所は同じであるため、戦闘において筋肉の疲労は大きなアドバンテージを海魔に与えることになる。ディルがそこまで踏まえて、雅を気遣ったかどうかは定かではないが、ともかくもありがたい話だ。


 ディルが十一階に上がったのち、空気を変質させて、雅はそこに飛び乗る。上階に跳ね上げてもらい、綺麗ではないが体を痛めない着地を決める。

 これをもうワンセット行い、十二階に到達した。


「マッドブレイヴの突撃が無いのは、私たちの居場所を把握し切れていないから?」

「階段やエレベーターは分かりやすい文明の利器だが、それ以外で、人間が縦方向に移動しているなんて想像も付かないのかも知れねぇな。ついでにこの部屋は窓も無い。外からは俺たちがどう移動しているかは見ることもできねぇってわけだ」

「屋上に行けば、それも全て無駄になっちゃうけど」

「はっ、油断するんじゃねぇぞ、クソガキ。屋上に出たら死ぬ気で避けろよ。死ぬような特攻はカバーしてやるが、死なない程度の特攻はスルーさせてもらう。俺も、俺自身の命が惜しいからなぁ」

 言いながらディルは屋上に続く天井の変質を終えた。足場を蹴って崩し、机や椅子を面倒臭そうに部屋の隅に腕で投げ付け、寄せて行く。


 雅は床ギリギリのところに手を近付け、視線集中型ではなく接触型の変質を試みる。床擦れ擦れにしているのは、その方が真上から踏み抜きやすいため。ただし、ディルと雅で体重は異なるので、力の配分には気を配らなければならない。


 続いてディルが変質させた天井からやや下の中央付近の空気を変質させる。ここに今、ディルが長机から解体した鉄棒を投げ入れ、加速させることで大穴を空けさせる。その後、ディルが跳躍し、雅がそれに続く形だ。


「準備は上々。到達までの算段は出来ている。あぶり出しだろうがなんだろうが、外に出なければ討伐すら後手後手に回らされる。それだけでなく、マッドブレイヴの特攻で施設の要が壊されたら、俺たちは建物ごとお陀仏って話だ。意地でも屋上に出て、マッドブレイヴの数を減らすか、或いはそれに指示を出している海魔を始末しなきゃならない」

「ここから鉄棒を投げるけど、アジュールさんに当たらない?」


「俺の変質で天井が崩れないってことは、この真上にあれは居ない。もし居たなら、自重で崩れる。それぐらいアルカリ金属単体は柔らかい……テメェに言ったって、なんも分かりゃしねぇんだろうけどな」

「う、るさい」

「はっ」

 下らねぇ、と言いつつディルが椅子の一つに手を触れ、なにやら変質を促したのち小さく砕いて雅に投げて寄越す。

「なに?」

「ナトリウムだ。短剣で切ってみろ」

 腰を降ろしたディルは、少しばかりの休息の間、雅になにかを教えようとしているらしい。

「え、切れるの?」

「やってみろ」

 言われるがまま、黒の短剣を抜き、投げて寄越された物体を床に置いて刃先を突き立てる。

「切れた。でもこれ、金属なの?」

「それでも金属だ。一言に金属と言っても、その性質は様々だ。『金使い』どもはこぞって鉄を使いたがるが、それだけじゃ潮気に弱い。すぐに錆びて駄目になる。俺ならチタン合金にする。滅多に錆びることのない合金だ。海魔の討伐には持って来いの代物になる」


「ジギタリスと戦っていたときに出した金属の壁は、えっと、たんぐすてん、だっけ?」

「あれは熱に強い。大抵の炎なら凌げる。だからって衝撃に強いかどうかはまた別の話になるわけだが」

「ディルはその……金属の違いをちゃんと知って、変質させて戦っているの?」

「んなわけあるか。金属の知識は最低限度の物だ。馬鹿みたいに溢れ返っている金属の全ての性質を知った上で変質を行えるほど、俺は頭が良いわけじゃない。クソガキがクソガキなりに、その『風』の力を色々と変えて戦おうとしているように、俺も『金』の力を色々と変えて戦ってんだ。十個にも満たねぇよ、俺の金属の知識は」

「『金使い』として出来る限りの戦い方を学ぶ内に、金属について把握するようになったの?」

「テメェだってそうだろ? 『風』の反射、停滞、角度の変更、加速、そしてジギタリスとやり合ったときに見せた噴射。それはどれもこれも“風”が形を変えたものだ。俺が性質の違う金属を用いるように、テメェは性質の違う風を使っている。『水使い』のクソ女も、『木使い』のケッパーも、『土使い』の飲んだくれも、『火使い』の正義漢も、みんなそうやって、生き抜いて来てんだよ。生きている時間が長い分、その知識がそこらの使い手や討伐者よりも詳しくなってしまってはいるかも知れねぇけどな」

 屋上に出るまでのほんの些細の間、雅はディルの人生の長さを思い知る。そして、自身の力の使い方はまだまだ序の口なのだとも、思い知る。


 遠くて届かない。近いのに、掴めない。壊れ、イカれた男は同時に達観している。その境地には、なかなか達することができない。


「お話し中御免ねー、火竜が息吹(ブレス)を吐くから、そのタイミングで上がってー。私たちもそのタイミングで出るからー」

 立ち上がり、ディルが鉄棒を投げる構えを取る。


 屋上で、竜の鳴き声が轟く。刹那、ディルが鉄棒を投げる。投げた鉄棒が雅の変質させた空気に触れて向きを天井に変え、加速して再射出。ナトリウムに変質した天井を軽々と突き破り、大穴を空けた。投げた一連の流れでディルは雅の変質させた空気を踏み締めて屋上に跳び上がり、それを追うように雅も予め用意していた変質した空気を踏み締めて、屋上に跳び出る。

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