【-『雷使い』-】
///一年前///
「『雷使い』?」
ケッパーは気怠く、査定所の『水使い』に言われたことをそのまま疑問符を付けて、返す。
「査定所の方で管理できていない、使い手のゴロツキは幾らでも居るんですが、特に、先ほど説明した『雷使い』の一派は質が悪いんですよ。どうやら拠点はこの町の近くにあるようで、一般人に限らず何人もの使い手が襲われています。残念なことに、一人、殺してもいます」
「へぇ、物騒な世の中もあったものだなぁ」
「二十年前の生き残りである、あなたに査定所から依頼させていただきます。『雷使い』の一派を捕らえ、こちらに連れて来ること。抵抗が酷いようであれば、殺してしまっても構いません。今後の被害も考慮するならば、その程度の殺人に査定所は寛容に対処します」
「海魔を専門に扱う討伐者に、人間を狩るお仕事をお願いする時点で、寛容もなにも無いんだけどなぁ」
内心、嫌と思っていてもケッパーはそれを声に出して言うことができなかった。それは、二十年前の生き残りが人殺しを拒んでいることを気取られたくないからだ。そんな噂が立てば、捨身の覚悟でケッパーに挑み、身ぐるみを剥いで来るような連中をも相手にしなければならなくなる。我が身恋しさで生き残ろうとするゴロツキを相手にするのは手慣れたものだが、保身を捨てたゴロツキを相手にするのは、面倒以外のなにものでもない。
「名前は分かっているの?」
「一応、『雷使い』の方はこちらで情報を得ています」
カウンター業務の『水使い』は書類を取り出すとカウンターに乗せ、ケッパーへとスッと滑らせる。
「榎木……楓? 性別は?」
拘りはないが、男性か女性かで対応を変えなければならない。
「性別は女性――いいえ、女の子と呼んでも差し支えない……子供です」
女性との想い出に良いものは一つとして無いが、子供なら問題無いだろう。自身よりも幼過ぎる女の子に興味を持つほどの変態でも無い。頭の中で犯す回数は一回ぐらいだろうか、などと考えながら書類にケッパーは目を通す。
「顔写真が無いね。把握し切れていない使い手のゴロツキでも、大抵は顔ぐらい撮影できるものだと思っているけど」
「その、なんと言いますか、カメラを壊されるので」
「壊される? ああ、そっか『雷使い』だからか」
「それだけじゃなく、被害にあった使い手や一般人の話を聞くと、速いそうです」
「速い?」
「人間の動きとは思えない、そうです。不意討ちを喰らってしまって、頭が回らない内に金品や食料、水を奪われるから、その手癖の悪さを表現したものだと思っていますが」
ケッパーはカウンターに寄り掛かり、呟く。
「産まれたときから、“異端者”の『雷使い』。物心が付いた頃に、彼女を怖ろしく思った両親は、彼女を置いて行方を晦ます。以後、両親は『上層部』によって保護、被験者となる?」
「子供には反抗期が付き物です。実の両親であっても、その不安定な時期に自分たちすらも手に掛けるのではないかという不安から、育児を放棄したのではと推察しております」
「君、子供を産んだことある?」
「その質問はセクハラとして訴えさせていただきますが」
『水使い』はこれっぽっちも動じない。
つまらない、やはり三次元の女ほど相手にしていて面白くない存在も無い。これが二次元の女性だったなら、と想像したところで話が逸れていたことを思い出し、方向を正す。
「物心が付いた頃に捨てられれば心は荒み、生きる術を学ぶ相手が悪ければ、僕らの脅威に変わる。いやはや、子供は怖ろしいね。なにより、その純真無垢な姿に呆けていると、突然、襲われるんだから」
「子供に襲われた経験は?」
「全員に恐怖を植え付けて、お帰り願ったよ。どいつもこいつも、僕のお眼鏡に叶う子は居なかったなぁ。居たら……まぁこれは私情だね、語るべきことでもないや。それで、子供殺しをさせようとしている君たちから貰える報酬って幾らぐらいだい?」
「二等級海魔を討伐した際の平均程度を差し上げる所存です」
ケッパーはニヤリと笑みを零す。
「美味しくない話だねぇ、でも、“異端者”ってところが面白い話だから、乗ってあげるよ。ヒィッヒィッヒィッ……ああ、ちょっと楽しくなって来たかなぁ」
それはさておき、とケッパーは言葉を続ける。
「被験者となった両親についての情報は?」
「秘匿事項となります。ただ、“異端者”を産んだ母体と、種の持ち主ですから……きっと、死んでいますね」
「死んでいる? 貴重なのに、死ぬのかい?」
「貴重だからこそ、非人道的な実験を行われるんですよ。これ以上は、申し上げられません」
「まるで見て来たかのようだね。なんだい? 『上層部』の壊れっぷりに嫌気が差して、地方に落ちて来た口かい? だったら、報酬を一つ追加してもらっても良いかい?」
「なんでしょうか?」
「君の知る『上層部』の実態。その全てを、口頭でなくて良い。書面として、僕に渡してもらえないかい?」
耳元に、気味が悪い声を囁く。『水使い』の女性はゾッとして、椅子ごと下がった。ケッパーはようやく見たかった反応を示してもらえ、引き笑う。
「分かり……ました。二十年前の生き残りを動かすには、それくらいのリスクが必要だと、思っていました」
「それはどうもありがとう。そして、君は査定所の中でも、その志を忘れないことだね。僕らにとっては、上よりも現場を知っている下の人間の頼み事なら、受けやすいものだからさぁ」




