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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-才能の花と夢見た男-】
210/323

【-必要無くなった-】

「楓ちゃんは、どう?」

「どうもこうも、気持ちがまず手合わせの相手である僕に向いていないからね」

 ケッパーのことだろう。ディルに一撃を浴びせることができればケッパーのことを教えてもらえる。そういう条件で手合わせをし、そして敗北していた楓の姿を雅は見ている。誠との手合わせだって、ケッパーのことで頭が一杯で、集中力が続いていないと考えられる。

「ま、以前より静かになってくれたことで、僕にも休憩できる時間ができたと考えれば良いことなのか、それとも、天才が次の扉を押し開けずに苦悩している様を見続けなければならないことが悪いことだと思わなきゃならないのか、半分半分ってところかな」

「まだ気付けていないんだ」

 楓は強い。けれど、このままではそれ以上の強さを得られない。彼女は自分の能力に甘んじて、自身の才能におんぶで抱っこな状態にある。工夫や対応、別方向からの考え方、それらを駆使して戦うことを学ばなければ――体感頼りの戦法以外に目をやれない限り、楓の成長は必ずどこかで頭打ちになる。


 きっと、ここに来るまでそんなことは無かった。自分の強さに驕ってなど居ないし、自身を強い存在であると自画自賛したことだって決して無いはずだ。けれど、自身に備わっている体感は直感よりも早く体を動かしてしまう。そのことに気付かれてしまえば、どれだけ速く動けても、楓ちゃんの攻撃する位置は見抜かれてしまう。


 そのことに気付いてもらえるのなら、と誠は楓ちゃんの手合わせにずっと付き合っているのだ。けれど、未だにその傾向は見られないらしい。


「本人が、あまり考えることが好きじゃないみたいだから、ね」

「雅は考え過ぎだけど」

「分かってるわよ。それでワンテンポ攻撃が遅れたこともある。なんでかいつも考えてばっかり。突拍子も無い人にイジメられて、私自身も突拍子も無い攻撃で相手を動揺させなきゃならないと、勝手に思い込んでいるのかも」

「思えているんならまだ良いだろ。楓は気付けてすら居ない」

「まぁ、人それぞれだよ。楓ちゃんを責めるつもりもないし、楓ちゃんより私が優れているわけでもない。考えなしの速い動きか、考え過ぎての鈍い動きのどっちが良いかって考えると、結局は前者だし」

「考え過ぎての速い動きが僕は一番だと思うけれど」


 そうは言っても、雅はその極致に達することは恐らくできない。考えながら体を動かしていると、どこかで弊害が生じる。直感で動かしている体に、脳からのハッキリとした命令を加えてしまうと、途端に全ての動きが瓦解する。

 だから、雅はそこを埋め合わせるために力の補助を求めている。今まで『風』の力は回避や投擲、相手の攻撃を妨げるための方法でしか使って来なかった。真空の刃は一応、攻撃に含まれるがトラウマがあるので、あまり使いたくもない。そんな雅が攻撃に『風』を使える方法こそが、ジギタリスから真似た噴射にあるのだ。


「僕から言わせてみると、君は策士で居てくれた方が気楽だよ」

「なんで?」

「僕は、頭は悪いから。真正面から戦うことしか考えられない。入れ知恵してくれる人が居ないと、咄嗟のときのコンビネーションができなくなる。そういった意味で、前線に立っていてくれる策士ほど心強い人は居ない。だけど君、どうも僕にあんまり作戦とか伝えて来ないんだもんなぁ」

「それは誠とアイコンタクトを取ろうとすると視線を逸らされるからなんだけど」

 葵さんや楓ちゃん、鳴とは施設での資料整理が終わったあとに何度か複数人での攻撃について練習をしている。三人とも、目配せをするだけで雅がやりたいことを実行してくれるため、言葉での指示を出さずに済むこともあって、会話やコミュニケーションに不慣れな雅には非常に気楽で助かるのだが、そこに誠を加えると色々とズレる。それも全て、こいつが雅の視線から逃れるように視線を逸らすからだと、ここで言い切ってしまう。

「あのねぇ、僕は女性恐怖症なんだよ」

「ヘタレの間違いじゃない?」


「恐らく、きっと、間違いなく、君のせいで僕は目を合わせることが嫌になっているんだと思うよ。でも、そうか……アイコンタクト、か。はぁ、みんなと協力して戦えるようになるためには、その練習から始めなきゃ駄目か。まずは鏡で練習しようかな」


「自分の顔すらジッと見つめられないなんて、益々ヘタレじゃない」

「うるさいな。大体、僕はもうヘタレじゃないからな!」

 戦いの上では確かに、雅も認めざるを得ないほどの強さを持っている。けれど、日常生活ではやはりヘタレだ。そう思いつつ、これ以上、彼を怒らせて仲違いなんて起こされると、今後の協力しての戦いに支障が出かねない。数々の罵詈雑言を胸の奥にしまう。

 雅は、みんなの関係を良好な状態で保つリーダーだ。それは、ダムの近くにある都市で決められたことだ。自分から言い出したのではなく、その器があるとリコリスやケッパーに判断された。そして、その場に居た誰もが反対しなかった。


 期待はされていないかも知れない。けれど、そうであるのだと周囲に見られている。誠もきっと、そう見ている。

 幻滅されることもあるだろう。良い判断だと思われないことだってあるだろう。けれど、そう見られているのだから、戦闘以外においては関係の維持に努めたい。


「言っておくけど、君は君らしく居た方が良いんだ。無茶苦茶なことを突然、言い始めてくれた方がこっちが冷静になりやすい。変に不得意なことを頑張ろうとか思わないようにしてくれよ?」

 こういうときだけは勘が鋭い。

「分かったわよ。っていうか、分かっているわよ。そもそも、リーダーってガラじゃないし、なにをどうすれば良いのかも分かってない。だから、普段通りに居ることにしてるの。誠を介さずにアジュールさんにお願いしたのも、私っぽいでしょ?」

「君、言い訳だけは得意そうだよね。まぁ、僕が強く責められない性格であることも見通しての無茶苦茶な判断なんだろうけどさ」

 その通り、と言い残して雅は誠を置いて、アジュールの部屋を出る。


 楓ちゃんはどこでなにをしているんだろう。葵さんや鳴と一緒なら良いけど。


 誠と手合わせをしていないなら、二人と行動を共にしているのではと考える。人懐っこい彼女が、一人切りで部屋に居ることはあまり想像できない。

 なので、向かう先はケッパーの部屋兼資料室だ。この前、鳴と一緒に資料を整理した部屋なので、場所は分かっている。


「なんで、稽古をつけてくれないんですか?!」

 部屋の中で、楓の悲痛な叫びが木霊する。


「それどころじゃない、気分が乗らない。それ以外に、なにか理由がある?」

 楓の要求にケッパーはすっぱりと言い切ると、鳴と一緒に片付けたはずの資料室にある、残された書類をバサバサと崩して、なにかを探している。

「私、このままだと置いて行かれてしまいます。誰よりも、弱くなってしまいます」

「置いて行かれた方が良いと思ったことは、無いかい?」

 ケッパーが手を止めて、奇妙なほどに体を捻らせて楓に向き直った。

「な、なにを言っちゃっているんですか」

「居るんだよねぇ、正義漢みたいな輩も居れば、成り行きで正義を押し付けられて、仕方無しに付き合っている輩が」

「私が、そんな輩と一緒だって言いたいんですか?」

 楓ちゃんは視線を泳がせている。


「正義が悪を討つ。それは英雄譚だ。けれど、逆の立場を考えれば分かることだけれど、英雄に殺された種族にしてみれば、その英雄は悪魔だ。正義の裏側には悪があり、悪の裏側には正義がある。義憤に駆られて全てをないがしろにした正義の結末は、どれもこれもが、安っぽいエンディングを迎える。君の人生は、それよりもちっぽけだ」


「ちっぽけ?」


「昔々、桃太郎は犬猿雉を連れて鬼退治に行きました。そうして全員の力を合わせて鬼を退治しました。真っ当に読めば、普通の絵本の物語。けれど捻くれた目で見れば、犬と猿と雉は本当に協力して鬼を退治したのかな? 犬と猿の仲は良かったのかな? 犬猿の仲っていう表現は、仲の悪い者同士を指す言葉さ。そして雉だけは、空を飛べる。いわゆる高みの見物だ。異なるヒエラルキーにある動物が協力することなんて、有り得ない。犬は犬自身の、猿は猿自身の、雉は雉自身の力だけで鬼と戦ったはずなのさ。となると、桃太郎もまた、協力なんて関係無しに、たった一人で鬼を退治したのだろう。そうするとほら、桃太郎の物語は仲間や信頼なんて必要の無い、黍団子(きびだんご)如きに目の眩んだ頭の悪い三匹が、仕方無しに鬼を退治しに行ったという、つまらない話になってしまう」


「なにが、言いたいんです、か?」


「君の人生は、まさに黍団子如きに目の眩んだ動物と同等ってことだよ」


「言い過ぎじゃないですか!?」

 雅がたまらず資料室に入り、楓を庇うように叫ぶ。


「ほぅら、彼女の庇護がまさにそれさ。彼女の優しさを黍団子と説くのなら……分かるよねぇ?」

 震えている楓を見て、雅はケッパーに問い掛ける。

「急に厳しくなったのはどうしてですか?」

「厳しくなったわけじゃぁ、ない。ただここに来て、僕はやるべきことを見出してしまった。すると、だ。君も、そして“人形もどき”も、スルッと視線から外れたんだよ。僕の人生に、君たちは要らない」

「要ら……ない?」

「そう、必要無い」

「なら……なら!」

 楓が泣きながら怒鳴る。


「あのとき殺してくれれば良かったじゃないですか!!」

 そして、資料室から走り去ってしまった。そして、それを追い掛けもせずに資料を漁るケッパーを見て、雅は憤慨する。


「どうして追い掛けないんですか。あなたがここまで連れて来た、弟子なんじゃないんですか?!」

「だからだよ」

 真意が読み取れず、雅はケッパーが続けるだろう先の言葉を待つ。

「薔薇の棘が、まだ十分じゃない」

「楓ちゃんに刺した、って会議のときに言っていた?」

「正確には棘のように尖らせた、僕が配合に配合を重ねた、至高の薔薇の種だ。芽吹くには十分なほど養分を吸っているけれど、花が咲くまでにはまだ足りない。足りない分は、力を使わせないことで補う。僕の知らないところで、ナスタチウムのところと手合わせをしているみたいだけど、あっちが手加減してくれているおかげで、“人形もどき”は十全に力を発揮せずに済んでいる」

「え、だから、稽古も手合わせもしないんですか?」


「“人形もどき”には内緒にしてもらいたいことだけれど、君のことだから話してしまうのかな? そんなことをしくさったときには……悪いけど、本気で精神と言わず体も、犯させてもらう」

 怖気が奔るほどの脅しに、雅は鳥肌を立たせて、一歩後退する。

「あれは芽吹いて、花が咲いてようやく効果を発揮する。今後、“人形もどき”に関わるとても大切な、棘であり種だ」


「けれど、時間ならまだあるじゃないですか」

「有限な平穏なんてありはしないんだ。僕の見立てだと、あと三十分もしない内にこの平穏は終わる。そして、更に見立てるならば、“人形もどき”の種が花になるまでの養分を蓄えるのも丁度、三十分前後。だからねぇ、こう見えて僕は焦っているんだよ」


 三十分前後で平穏が終わる。


 そんなことを平気で言ってのけるこの男に、雅は更に問い掛ける。

「根拠は?」

「空に浮かんでいる黒い点」

「海魔だとしても、対処し切れるほどの数だと、私は思っていますけど」

「あれは、違うよ。対処も対応もままならない、化け物さ」

 そうケッパーが呟いた直後、施設の上階から凄まじい音が響く。

「ほらね」

 ケッパーは、なにやら見つけ出した書類を手に取り、それを二つに破いて、資料室を出て行った。雅も早く音の正体を確かめるためにここを出るべきなのだが、ケッパーが二つに破いた書類が気になり、そちらに足を運ぶ。


「……は?」

 破られていたのは、『被験者No.001 榎木 薫』と『被験者No.002 榎木 春』という書類。そしてその両方に『死亡』という文字が刻まれていた。

「『“異端者”の親類を調査』……って」

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