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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-才能の花と夢見た男-】
206/323

【-ディルにも分からないこと-】

 鳴は二本の短刀を取り出し、峰にある竜の髭で張られた弦を重ね合わせる。

「う、ん。やってみる」

「行くよ」

 小さく呼吸したのち、鳴が力強く左右に短刀を引くことで弦と弦によって音色が奏でられ、音圧となって雅へと駆け抜けた。


 音圧を真正面から浴びて、雅は後方の壁に軽く打ち付けられる。


「見えなかった、の?」

「いや、そうじゃ、なくて……」

 見えたのかどうか判断が付かない。確かに、“それ”は目で捉えることができた。けれど、あやふやで、曖昧で、見えたとは言い切ることのできないものだった。だから音圧の訪れるタイミングも分からなかった。

「なん、だろ。なにか、違うのは分かった。分かったんだけど……どう、表現すれば良いんだろ。それが分かんない」

 言葉では伝えられないその感覚に、雅は頭を抱える。


 波動ではない。そして、固体のように視認できたわけでもない。

 ただ、銀色の線が見えた。その銀色の線は雅の中心に向かっていて、それが一体なんなのか分からず戸惑っているところに、音圧が自身に到達した。


「『風』と『音』は似て非なるものだからね……僕の想定が甘かったのかも知れない。ともかく、怪我はないかい?」

「問題ありません」

 背中が軽く壁に当たっただけだ。これくらいは怪我でもなんでもない。ディルとの訓練の方がよっぽど怪我と呼ぶような傷ができる。

「次は、君が鳴に風圧を放ってくれるかい? ただ、短剣を投擲するような危険なことはしないでもらいたいんだけど、できるかい?」

「風を鳴に向かって吹かせるってこと、ですよね?」


 思えば、風そのもので攻撃するということもやって来なかった。真空の刃も一応は風そのものでの攻撃に含まれるだろうが、単純に鳴が音圧を押し出すように、風を吹かせるということをやって来なかった。


「前に進ませる動作があれば、できる、んですか?」

「そうだね、手元に力を溜めて、振り払うように撃ち出す。僕も空気中の酸素を変質させ続ける。手、そのものを変質させるのではなく、あくまで手を覆うように、或いは手で変質した空間を押し出すように、だ」

「うーん……やってみます」

 反射、加速、停滞、角度。どちらかと言えば、この中では加速が近い。空気を叩いて、前方に蓄えられた風の塊を発射するイメージだ。それを強く抱きつつ、手で届く距離にある空気に変質を加える。

「行きます。鳴、準備して」

「うん」

 雅は空いている右手で掌底を繰り出し、空気に押し当てる。収束した風の塊が、一方からの衝撃によって反対側へと――鳴へと風圧となって撃ち出される。


「ここ!」

 短刀で鳴は自らに向かって来る風圧を左右に切り裂いた。一点に向かっていた風は鳴の前方で左右に分かたれて、そのまま壁まで奔って消える。


「見えたの?」

「……ううん、違う」

 鳴は首を横に振った。

「風紋を頼りに、速めに切っただけ。だから、ジギタリスの言うように見えたわけじゃ、ありません」

 ありのままを告げて、鳴は短刀を鞘に収めた。


「いや、僕の想定が甘いだけだ。君たちは悪くない。むしろ、鳴は僕の情報を頼りに風を断ち、君は僕の言葉だけでやったことのない変質を行ってみせた。ある意味で、この実験は有意義なものだったと僕は思うよ」

 言いながらジギタリスが白の短剣を拾う。


「ただ、君たちには目に見えないものが見える可能性があると、思っているいんだ。そしてそれは、海魔を打倒するときに、とても大切な武器になるものだとも思っている。ただ、これは想定であって確定じゃない。僕の言葉に振り回されて、無茶な特訓や訓練はしないでくれ。頭の片隅に置いておくこと。特に鳴はね」

 言われ、鳴は肩を震えさせた。

「僕の言うことだから、思い込んで無茶ばかりはしないでくれ。もう君に、変な無茶を、無謀を押し付けたりはしないから」

「はい、気を付けます」

 少々、不満そうだったがジギタリスが鳴を心配しているように雅には見えた。だから、ここでは鳴は喜びべきなんじゃ、と心の中で思っていた。


「それと、これも忘れない内に」

 ジギタリスが歩き、白の短剣を雅に手渡す。

「鳴は結構、無茶なことをするから、君も上手く手綱を引いてくれると助かる」

 そのお願いに、雅はやはり苦笑しつつ、小さく肯いて返した。やはり、裏があるような表情を常に作っているものだから、この男の言葉をそのまま心の中に入れて良いものか悩んでしまうのだ。鳴は一体、こんな男のどこを好きになったのだろうかと思案するが、逆に自身がディルのどこを好きになったのだろうかと問われたら、なにも言えないだろう。要するに、表現できないなにか、なのだ。


 どこまで、みたいな、そんな線引きは駄目だ。


 これからは全幅の信頼を置かなければならない。ディルたちが討ちたいと願う『ブロッケン』を、自分もまた居合わせたとき、少しでもサポートできるように、信頼関係を築く必要がある。

 それは苦手意識などを超越した感覚だ。どれだけ性格が狂っていても、どれだけ感覚が狂っていても、どれだけ発言がおかしくとも、どれだけ態度が横柄であっても、どれだけ裏のある表情をされても、信じなければならない。そうでなければ、自身がピンチに陥ったとき、助けてはもらえないだろう。


 ディルのようには、優しくない。


「確認したかったことはこれだけだ。そして、君たちにある共通の弱点も伝えたつもりだけど、他になにかやってみたいことや、訊きたいことはあるかい?」

「特にはありません」

「私は、まだ、少しだけ試したいことが」

 雅に対して鳴が言いながら目配せをする。

 二人切りで特訓を受けたいのだろう。その気持ちは分かる。そして、邪魔したくはない。邪険にもされたくない。

「それでは、私はディルを探します」

「君はほんと、“死神”のことになると表情が明るくなるね。あの“死神”が君をズタボロになるまで使うものだと思っていたけど、どうやら君たちの間にはそういう関係性が成立していないらしい。まったく、あの“死神”はいつだって、僕の予想を上回る言動ばかりで……嫌になる。嫌になるくらいに、妬ましい」

 そう呟きながら、ジギタリスは雅を見送る。

 才能ならジギタリスにもある。しかし、ジギタリスはディルに比べて壊れ切れない面がある。人であることに誇りを持ち、信仰心は無くともモラルを守り続けている。だから、壊れているディルには、僅かではあるが劣ってしまうのだ。それは力であり、発言力であり、動作に繋がる。だから、ネジが外れてもまだまともであろうとするジギタリスに関わらず、まともな人間であればあるほど、ディルには誰も勝てないのだ。


 それを良しとするかは別として。


「以前に見せてくれた動きよりもキレがねぇなぁ、馬鹿ガキ!」

 ディルの声がしたので、早足気味に進み、その場所に辿り着く。楓が肩で息をし、頬を多量の汗が伝っている。短剣を握っている両腕も疲労からか、筋肉の痙攣が見え、震えている。

「諦めたらどうだ、馬鹿ガキ?」

「嫌です。私は諦めたりなんかしません。一撃を浴びせれば、ケッパーがなにを考えているのか教えてくれるんなら、何度だって挑戦します」

「テメェはなにか勘違いをしているな」

 楓と対峙しているディルが面倒臭そうに言い放つ。


「無限に挑戦できることなんて、この世にはねぇんだよ。物事には限りがあり、限度ってもんがある。テメェはもう俺の限度を超えている上に、想定している回数も過ぎている。だから、テメェにはもう挑戦権なんてものはねぇ」

「でも、まだ私は倒れてません」

「そりゃ結構なことだ。だが、期限切れだ。俺に一撃を浴びせる前に、俺の定めた期限が過ぎた。それだけのことだ」

「そんなこと、認めません!」

 楓は渾身の力で駆け出して、攪乱するようにディルの周囲を走り回り、そして直感的にここだというタイミングでディルに向かって大きく踏み込む。


「俺は終わりだって言っただろ、馬鹿ガキ」


 金属の短剣は、ディルには届かない。それより先に楓の脇腹をディルが蹴り抜いていた。そのまま力任せに蹴り飛ばし、そして楓は地面に体を打ち付けて転がったあと、動かなくなる。息はあるが、体力が尽きて動けなくなっているのだろう。そんな楓を心配するようにリィが駆け寄り、首に掛けていた水筒を楓の傍に置く。

「ディル」

「声を掛けなくとも、テメェが見ていたことは気付いている」

 ビクッと肩を竦めつつ、雅はディルに近寄る。

「楓ちゃんを、鍛えていたの?」

「そうであり、そうでない」

「……ケッパーがなにを考えているかを訓練のエサにしたの? 楓ちゃんが、気にしていることを知ってて?」

「それはその通りだな」

「酷い!!」

「酷くねぇ」

 ディルが雅の胸倉を掴み、そして突き飛ばすようにして離す。

「俺はあいつの意思を汲んで、こうしているだけだ」

「ケッパーの、意思?」


「ああ。ただ」

 倒れている楓を一度だけ見やったのち、小さく舌打ちをする。

「ケッパーには、まだ時期尚早だと伝えなきゃならんみたいだがな」


「なにを……考えているんですか」

 楓の掠れた声が耳に入る。

「あの人はなにを考えていて、どんな意思を持っていて、そしてなにが、時期尚早、なんですか? 分かりません」

「テメェが気にすることじゃねぇ」

「いいえ、ケッパーのことですから、絶対に私が関係しているはずなんです」

「……そう思うなら、一つだけ言ってやる。俺が時期尚早と奴に伝えに行くのは、テメェがまだあいつが考えている高みに達していないからだ。だが、ただ強くなれば分かり合えるなんて幻想は捨てろ。でなきゃ、テメェはそれ以上、上には行けない」

 楓は苦虫を噛み潰したような、腹立たしさと悔しさと悔しさを一つに合わせた表情を作り、上半身だけを起こして、視線を下に向けた。

「強くなっても分からなくて、今のままでも分からないんじゃ、私はいつになったらケッパーのことが分かるようになるって言うんですか……」


「さぁな、永遠に分からないかも知れないな。永遠に」

 ディルはやけに“永遠”という部分だけ、強めて言ったような気がした。

「ひょっとすると」

 しかし、ディルは憂いを帯びたような表情を作ったのちに、吐き捨てる。


 「俺でも永遠に分からないかも知れねぇな」と。


 それを聞いた雅と楓には益々、ケッパーの真意が分からなくなってしまった。

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