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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-才能の花と夢見た男-】
204/323

【-更に尖って行く-】

「はっ、クソガキがなに責任を感じてんだ。むしろ責任を感じていなければならねぇのは俺たちだ。『ブロッケン』を始末したとき、ようやく俺たちは罪悪感から解放される。ベロニカや『バンテージ』なんて二の次だ。俺たちはただ、『ブロッケン』を始末しなければならない。これは、あのときに生き足掻き、そのために殺しを行ってしまった俺たちの、使命だ」

「クソ男が使命とか言うときほど怪しいもんもないけどねー、概ねその通りなんだよー。私が色々なところに残滓を置いていたのも、全ては『ブロッケン』の情報を掴むためー。ただ、クソロリの中に影が潜み続けていたことには、気付けなかったなー。でも、そもそも影だけ見つけたって、本体を叩かなきゃ始末できないわけだしー、そこに責任を感じる必要も無いよー」

「僕が『下層部』の一つに所属していたのも、『ブロッケン』の所在を見つけるためだ」

「五年前に、そこの正義漢に言われて、俺があの街の付近で活動したのはドラゴニュートの近くなら『ブロッケン』も現れるかも知れねぇという可能性があったからだ」

 ディル、リコリス、ジギタリス、ナスタチウムが心の内を明かす中で、ケッパーだけがなにも言わない。


「なんでなにも言わないんですか、ケッパー」

 楓がテーブルに体を預けているケッパーに声を掛ける。四人が四人とも、『ブロッケン』のために動いていたのなら、ケッパーもまたそういった衝動に駆られて動いていたかも知れない。師事している楓はなにより、その言葉が聞きたいのだ。


「僕は……あぁ、そうだね。君たちより熱心には、探していなかった、かなぁ」

「ちょ、なんでですか!?」

「探すことに労力を割きたくなかった。確かに『ブロッケン』は忌むべき存在で、討たなければならない最重要課題だよ。でも、二十年間、それだけに全てを費やすのは……愚か、なんだよねぇ」

「なにが愚かなんですか?! 皆さんが全力で、全身全霊で討ちたいと、討たなきゃならないと思っている海魔を探し続けていたそのことが、愚かだなんて言うんですか!?」

「そうだよ。あと、うるさい」

 楓は言葉を失い、幻滅したように項垂れてしまった。リコリスは溜め息をつき、ナスタチウムは欠伸をし、ジギタリスは肩を竦める。


 だが、ディルだけがジッとケッパーだけを睨んで離さない。怒りや苛立ちから来るものではない視線を――ケッパーが内奥にしまい込んでいるものを読み取ろうとしている。

「私、強く、なります」

 鳴が言葉を大切にしつつも、しかし力強く紡ぐ。

「もっと、強く、なって、皆さんを、ジギタリスを、心配させずに済むように、なって……それで、『ブロッケン』を討つ手助けだけでも、できる、ように」

「ありがとう、鳴」

 ジギタリスは隣で勇気を振り絞って宣言した鳴に優しい声を掛けた。


「もう纏めちまっても良いか? 結論として、俺たちはここから動けない。というよりも、動かない方が良い。『ブロッケン』に居場所はバレちまっているが、むしろ向こうから来るなら好都合。あとは各自、好きにしたら良い。そこの正義漢に迷惑を掛けない程度には静かにしていろよ。喧嘩を売って、買って、ここがぶっ壊れたら雨風を凌ぐ場所を移さなきゃならねぇからな」

 ディルは首を回し、頭を掻いて面倒臭そうに言う。


「あの、最後に一つだけお聞きしてよろしいでしょうか」

 葵が解散前に疑問をぶつける。

「皆さんについて、気に掛かる点が幾つかあります。リコリスさんの『水使い』としての力、ディルさんの『金使い』としての力、両者ともに常軌を逸していると思われます。きっとお三方も、二人と同等の常軌を逸した力の持ち主なのだと想定しています。それは一体どのような、どういった理屈で、可能になったのでしょうか? たとえば、ドラゴニュートの義翼、たとえば水に幾つもの香りを混ぜる。このようなことは、通常の使い手では不可能なはずです」

 変質させる物を水ではなく香水にする。それくらいなら変質の範囲内だと雅も思っている。『風』にだって、幾つも変質の形がある。停滞、加速、反射、角度、そういった意味を持たせた変質は、五行であっても可能なはずだ。


 けれど、葵が聞きたいのはそこではない。リコリスのやっているような物を変質させた香水に、更に別の香りを付ける。或いはディルの金属に変質させた物を、更に機械的に変える。そうやって、『水』に『水』を重ねるような、『金』に『金』を重ねるようなことはできないはずだ。変質させる初期段階から混ぜ合わせた香水を作り出していたり、あれほど精巧な義翼を作り出すという意味を加えるのも、非常に困難なはずだ。


 無い物から有る物を作る。

 有る物に無い物を加える。

 変質とは、まさにそういったことの繰り返しなのだが、ディルやリコリスのそれは特異過ぎるのだ。


「隠す必要も無いだろう、“死神”」

 ディルの表情を言おうか悩んでいるようにジギタリスは受け取ったらしい。


「僕たちは、ソロであり同時にデュオだ。僕の場合は『火』と『火』。“死神”は『金』と『金』。人で無しは『水』と『水』、飲んだくれは『土』と『土』、ケッパーは『木』と『木』。そういう、ソロにしか見えないデュオの力を持っている」

「力が重複(ちょうふく)しているということでしょうか?」

「その通りだ。だから、あり得ないことをあり得ることにしてしまうことも容易い。『火』と『火』と言っても、異なる『火』の力だ。僕の場合は、まず『火』の力で空気中の酸素を変質させ、火を生み出し、異なった『火』の力で、熱による膨張を加えると爆発する。人で無しは、そうやって『水』に異なる『水』の力で香りを付け加え、“死神”は『金』に異なる『金』の力を加えて機械に変える」

「そのような力は、どのようにして習得を?」


「そこまでにしろ、餓鬼。テメェらには至れない境地だ。至ってはならない境地、と言った方が正しいのかも知れねぇなぁ」

 葵の追及をナスタチウムが凄んで見せて、黙らせた。


「強さの秘密を暴いて、それでなにを得ようと言うのかなぁ、君は」

 テーブルから上半身を起こし、椅子に座り直したケッパーが今日、ようやくまともな声量を出した。

「強くなること。とても良いことだ。そういう向上心は常日頃に持っておくべきだよ。うん、感心する。ただねぇ、君はもう(みそぎ)が済んでいる。君だけは他の四人と――ああ、もう一人、禊に近いところまで行って、到達できなかった者も居るのか」

 言いつつ、ケッパーの視線が葵から誠に移り、そしてまた葵に戻る。

「安心して良いよ、君は他の四人の上にもう達している。素晴らしいことだ。けれど、それに気付けていないことは、悲しいことだ。気付けないなんて、君の中でそのことは、実はどうでも良いこと、だったのかなぁ」


「ケッパー?」

 楓がケッパーの剣幕に怯えつつ、声を発する。構わずケッパーは立ち上がり、フラフラと歩き出す。

「軽薄だと思う? 僕は思わない。僕はこういう男だ。昔は、どうだったかな……あぁ、忘れちゃったよ。でも、昔よりも今の僕の方が、僕は僕的に僕として一番、僕らしいと思う、かなぁ。ねぇ、“人形もどき”? 君に、彼女と同じ場所に立つことが、できるかな? できたら嬉しいと僕は思うよ。同じ場所に立って欲しい。けれど、そこに立ったとき、君が君で居てくれるかどうか、怪しいからさぁ。努々、忘れないように。君に刺した、薔薇の棘のことを、ねぇ」

 そう言って、一番最初に会議室をあとにしたのはケッパーだった。


「行くよー葵。あんまりボーッとしている暇も無いからさー」

 リコリスに急かされて、葵が雅にお辞儀をしてから二人して会議室を出る。その後、ナスタチウムと誠が続いた。

「鳴、先に行って軽く体を動かしておいてくれないかい? ちょっと試したいこともあるからね」

「はい」

 ジギタリスは先に鳴を行かせ、ディルに近付く。反射的に雅は立ち上がり、未だ座ったままのディルの横に立って、臨戦態勢を取る。


「もう“死神”とも、君ともやり合ったりしないさ。落ち着いてくれないか?」


「……あんまり信用できませんけど、殺気を放っていませんし、分かりました」

 雅は手に掛けていた短剣の柄を放す。

「ケッパーの発言を君はどう思っている、“死神”?」

「テメェに語るほどのことでもねぇ気がするがな、正義漢」

 ジギタリスは上から目線でも挑発したわけでもないが、ディルはそもそもジギタリスの存在自体が気に喰わないためか、後手でありながら挑発めいた言葉を放つ。

「それでは、あの子がかわいそうだろう?」

 ジギタリスはチラッと、部屋に残っている楓を見る。

「かわいそうな子。そう思っている内は、テメェにケッパーの真意は分からねぇな」

「どういう意味だ? 君は、ケッパーの真意に気付けたと言うのか?」

「さぁな、あんな人形好きの現実から目を逸らした男のことなんて、俺は知らねぇよ。ああ、知らねぇな、さっぱり知らねぇ」

 ディルは立ち上がり、ジギタリスと視線を交わす。

「だから、邪魔はするんじゃねぇぞ、正義漢」

「……なるほど、ね。ケッパーは包み隠していたつもりでも、君にだけは見抜かれてしまったらしい。いや、君だけが見抜けるように上手く言葉を選んだとも言えるのか。どちらにせよ、一時休戦だ。暴力だけは余所でやってくれよ」

 両の掌をディルに見せるように胸の高さまで持って来て、ヒラヒラさせつつジギタリスは続ける。

「それで、相談なんだが、君のところの子を少し借りても良いかい? いやなに、別に悪いことをしようと思っているわけじゃない。実験だよ、実験。とは言っても、実験台になれってわけじゃない。怪しい薬を投与するわけでも、妙なことを企んでいるわけでもない。ただ、鳴の力について見極めたいことがあってね」

「それだけ言い並べると逆に不信感を抱くもんだな。まぁ、クソガキが薬漬けになろうがテメェの企みに足を踏み入れようが、知ったこっちゃねぇが」

「酷い!」


「薬漬けになろうが、妙な企みに乗っかってしまっても、必ずテメェを見つけ出して、今度は暴力で蹂躙するだけじゃなく、確実に殺してやる。俺を激怒させないと誓えるなら、どこにでも連れて行け」

 ディルは立ち上がり、荒々しく雅の頭を撫でたのち、会議室から出るため歩き出す。


 ……なに今の!? なに今の?! なに今の!!


 荒々しく撫でられた頭を両手で押さえつつ、雅はディルの行動の意図と発言の意味を必死に頭脳を回すが、オーバーヒートしてしまったのか答えが出て来ず、眩暈を覚えた。

「そういうわけだ。行くぞ、ポンコツ。今日は俺の傍から離れるな。ああ、ついでにそこに居るケッパーのところのガキを連れて来い。そこでずっと佇まれていると、見るに堪えねぇ」

「うん」

 リィが椅子から降りて、この先、どうしたら、と明らかに目線の定まっていない楓の手を掴み、ディルのあとを追って一緒に部屋を出て行く。


「あ、っははははは。これは、ちょっと意外だ……すまないね、少し笑わせてくれ」

 渇いた笑い、そしてディルを行動を滑稽だと思っているような分かりやすい嗤いを見せ、ジギタリスは「はぁ」と十数秒後、嗤うのをやめた。


「相当、君のことが気に入っているみたいだ、“死神”は」

「気に入っている?」

「あれくらいの発言を聞いたのは、三度目だ。一度目はアルビノ、二度目はあの連れているギリィの女の子、そして三度目は、君だ。丸くなったと言いたいところだけど、昔より尖っているようだし、この言葉は妥当ではないな。ただ、君にはそれなりに期待をしているということは事実だよ」

「は……ぁ? よく分かりませんけど」

「分からなくて良い。“死神”の“それ”は、分かりにくい。僕だっていつまでも分からない。ただ、僕以外に見せるときだけ、“それ”が分かる」

 きっと、僕は歳を取り過ぎているんだよ、とジギタリスは続けて言う。外見的には若く見えても、この男もまたディルとほぼ同い年で壮年男性の一員なのだ。そういった認識が、少しばかり追い付かないが、雅は苦笑いを浮かべつつ「そんなことはないですよ」と謙虚に振る舞う。


 ディルとジギタリスは違う。ディルは図太いが、ジギタリスは神経が細い。こんな弱音のようなことをディルが言ったなら雅は「その発言で年寄りに一歩近付いたと思うよ」と痛烈に批判するだろう。だが、この男にディルと同等の言葉は浴びせられないし、浴びせたくない。そういった役割は、自身では無く鳴に委ねることだ。恋焦がれる相手は違えど、同じ年上に恋をしてしまった者同士の暗黙の了解というものだ。

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