(12)
ある病室の前で、屈強そうな男が白衣をまとった医師に話を伺っていた。
彼は警察官であり、己の業務を淡々とこなしているところであった。
「あれからずいぶん経ちますが、その後の経過はいかがですか」
「何度来られても同じですよ。身体の方はほとんど治っているのですが、心が……。彼から事故の話を聞くのは、あきらめた方がいいかもしれませんよ。ああやって毎日天井ばかり見ていて、口もまともにきけない状態なのですから」
医師は扉についたガラス越しに、ベッドに腰かけたまま微動だにしない患者を一瞥する。やりきれなさを隠すように、軽く首を横に振った。
「ですが、早く彼には全快していただきたいものです。近頃、嫌な噂も立っていますし」
「噂、とは」
「あ、いや、看護師達が勝手に騒いでいるだけの話なのですが。彼はあの通り、普段はずっと無表情なのですが、人の顔を見た時、たまに笑うらしいんですよ。そして彼に笑みを向けられた人は、その日のうちに死ぬとか。そんなの偶然に決まっているのに、うちの若いのは死神なんてあだ名まで……おっと、これは口外しないで下さいね。仮にも医療に携わる者が、患者を死神呼ばわりしているなんて話が出回ったりしたら」
「大丈夫ですよ、私は口が堅いので。しかし、死神ねえ」
警察官は医師がそうしたように、ガラス越しに男の横顔をしげしげと眺める。
人形のように動かない表情に、精気を感じさせない虚ろな目。確かに尋常ではないさまではあるが、彼の容貌自体はさほど恐ろしげなものではない。だが、物騒なあだ名を耳にしてしまったせいか、こうして見るとどこか不気味な印象を覚える。
「むっ」
すると、今まで天井を見ていたはずの男が、ぎこちなく首を警察官の方に向けた。深い闇だけを宿した瞳が、その姿をとらえる。
あたかも彼の行く末を知り尽くしたかのような、哀しそうな笑みを浮かべながら。