第4話 コボルト芸人、春の予感
「今日の戦利品はこれだけです。よろしくお願いします」
戦利品査定カウンターの窓口職員に、今日の戦利品を詰めた専用ケースを差し出す。
探索者ギルドに来たら、まず戦利品査定カウンターに向かい、戦利品をすべて預けるのがここのルールとなっている。
「はい、承りました。『番号札1167』でお呼びいたします。しばらくお待ちください」
窓口職員が戦利品ケースを受け取り、テキパキと書類を書き終えると、番号札を差し出してきた。
俺はその番号札を受け取り、この場を後にする。
結構、時間が掛かりそうな感じだな。
本当にできたらだけど、もっと簡略化して時短を図れたらいいのに。
ここでイライラして待つ人たちも、面倒な作業から解放されるギルド職員も、きっと“WINWIN”になれる。
けど、そうもいかない実情がある。
今どきは、迷宮由来の麻薬が出回って、警察が一斉摘発に動くニュースなんて珍しくもない。
迷宮由来の危険指定物に指定された素材は、暴力団の資金源にもなりうるから排除しないと、とんでもないことが連発する。
例えば、迷宮由来の薬草を調合した遺伝子組み換え麻薬――ジェノドラッグ。
これを一度でも服用したら最後、生まれてくる子供は半獣人だの半魚人だの半魔人だの。多様性推進派も真っ青なくらいカオスになる。
それを『進化』なんてもっともらしい言葉でごまかして、堂々と世に放とうとするんだから、笑えない。
このジェノドラッグが未成年者に蔓延したら、日本社会はきっと混乱の渦に叩き込まれるはずだ。
近い将来、多人種動物園の開園も夢じゃないってところが、また恐ろしい。
そこに俺の生成したコボルトを飼育させたらきっと儲かるだろうけど、その動物園の片棒を担ぐ気にはなれないな。
そういう訳で、最初の関門で取り締まらなければ、物騒な品はいくらでも擦り抜けてしまう。
だから、こうなるのはむしろ自然なことだ。
犯罪防止の観点からも、危険な素材や用途のわからない迷宮魔道具が地上に出回っては困る。
そのため、ギルドが鑑定にひと手間かけて確認する仕組みになっているという訳だ。
次に、仲間がいれば、時短できる方法についても言いたいことがある。
パーティメンバーがいれば、査定中はひとりを待合スペースに残しておくだけでいい。
その空いた時間を有効活用して、他のメンバーは男女別の個室シャワー付き更衣室で着替えをすませることもできる。
けど、俺はソロだし、ここのルールもまだちゃんとわかってるとは言えないし。
もし更衣室で他の探索者に絡まれでもしたら大変だ。
周りに迷惑をかけて『厄介な探索者』なんてレッテルを貼られたり、あとで面倒なことに巻き込まれたりするのも、できれば避けたいわけで。
だから今日は大人しく、そのまま空いている待合席を探すことにした。
ああ、早く帰りたいけど、何時になることやら。
心の中でぶつくさ文句を呟いていても始まらない。
座れる席を探そう。そう考えてうろうろと動き回る。
自分が汗臭いのはわかってるけど、時々、近づくと鼻をつまむ人までいる。
そんなにかと、自分の脇をクンクンとやってみると、うん、くさっ。
まあ、どうにかこうにか、俺と同じようなソロが集まっている待合スペースに、ちょうど空いた席を見つける。
壁際にその空いた席があって、その隣に同い年くらいの女の子が腰かけていた。
たぶん、初対面の子だと思う。
「隣、いいですか?」
そう隣席の子に声をかけてみる。
「あ、どうぞ」
鈴の音みたいな澄んだ声が、すぐ横からふわりと流れてきた。
大丈夫そうなので、変に気後れせず、そのまま隣の席に腰を下ろした。
多少は汗のにおいも漂ってくるけど、フローラルな香水の香りも一緒に鼻をくすぐってくる。
一応の気遣いとして、脇汗がにおわないように、キュッと脇を固く閉じておく。
隣の人が、鼻をつまむことや、ここから立ち去ることがないことを願う。
それからは、ただひたすら、天井から吊り下がった掲示板に自分の番号札が表示されるのを待つ。
スマホで動画を流し見しながら待っていると、何やらモジモジした隣の子から話しかけられた。
「……あのー、もし違ってたらごめんなさいですけど……」
くさっ、どっか行って、だったら、流石にショックだったが、そうじゃなかった。
ホッとした。
「もしかして『コボルト芸人』さんですか?」
ただ、その女の子からの問いかけが俺の意表をつくものだった。
WHAT? あれ、いつの間にその渾名、学校以外に広がってるの? いや、意味わからん。
「芸人になったつもりはないけど、コボルト召喚系のスキルは持ってるよ。それがどうかした?」
その子の表情に目を向けると、前髪は自然に眉の下でそろった、全体的に重すぎないナチュラルなストレートボブだった。
首が少し見えるくらいの長さで、毛先は軽く内側に入り、動くたびにふわっと揺れる。
明るめのブラウンが柔らかく軽い雰囲気をつくっていて、優しげな表情ともよく合っている。
その子の第一印象は、一瞬で頬が火照るくらいのどストライクで、まさに俺好みの女の子だった。
ぱっと見の全体像は、他校指定のジャージの上に軽装の皮鎧を着こんでいて、薙刀を壁に立てかけている。
どう見ても前衛タイプで、戦士系ジョブなんだろうなって感じだ。
その子が俺に興味を持っているという状況自体はどうにも信じがたいが、彼女はためらいがちに俺の目を見つめて口を動かす。
「すいません。……えっと、コボルト芸人さんのコボルト召喚動画、あれバズってて。わたし犬好きだから、できればお近づきになれないかなって思って……」
ああ、あれね。
新人研修の時に、同じ中学の同級生に動画撮られて、Your Tubeにアップされたヤツ。
へー、そんなにバズってるんだ。あとで確認しとこっと。
ただ、そうはいっても、今はこっち優先でいかないと、折角のチャンスを逃したら、悔いが残る。集中しないとだな。
「……あ、いいですけど……俺、大野 正則って言います。今年で十六歳になります。えーっと、呼び方は、大野君でも、正則君でも、マサッチでも好きなように呼んでもらって大丈夫ですけど、どこから始めます?」
俺が提案してみると、彼女はパッと表情を明るくして、次の瞬間には考える素振りを見せた。
その様子を見ているだけで、心臓の鼓動は早くなっていく。
……心臓、バクバクしすぎだって。まずは落ち着け。
「うーん。そうですね……じゃあ、下の名前で正則君って呼ばせてもらってもいいですか?」
収まるどころか、鼓動はさらに大きくなって、顔も熱くなってきた。
「ええ、むしろ、そう呼ばれるのが夢だったので、うれしいですね」
恥ずかしさもあって、少し俯き加減になると、彼女の胸元のふくらみが視界に入って、慌てて視線を明後日の方向へ向ける。
そんな俺の慌てぶりは、ばっちり見られていた。
「ふふふ、よかった。じゃあ、わたしは江里原穂乃佳。武蔵野聖華女学園の一年生で、正則君とは同級生だね。わたしも下の名前で穂乃佳さん呼びでいいですよ」
穂乃佳さん……いい響き……!
少し首をかしげて少し前のめりになる彼女に、俺の心はときめきっぱなしだ。
まだ冬だけど、もう春がやってきたみたいな気分に浸れる。
穂乃佳さんのこぼれる笑顔もステキで、心臓の鼓動も妙に高鳴る。
生まれて此の方、彼女がいない暗い人生を歩んできたけど、もしかしたらと、淡い期待が膨らんできた。
今この瞬間にも立ち上がって、ひとりで宙に舞い上がってしまいそうだ。
「じゃあ、穂乃佳さん。同じ犬好き同士として、仲良くしてください」
そう言って、手を差し出してみたら、穂乃佳さんも優しく手を握り返してくれた。
……温かい。うれしい。
もう惚れてしまった。今夜は眠れそうにないかもしれない。
「ええ、こちらこそ。よろしくお願いします。……あっ、ごめんなさーい」
話の途中で、掲示板の方からデータ更新音声が聞こえてくると、穂乃佳さんは気づいたような素振りを見せる。
「わたしの番号、掲示板に映し出されたみたいです。……買取カウンターに行かなきゃ。……でも、嫌じゃなければ、連絡先だけ、交換してもらってもいいですか?」
掲示板のデータ更新は、俺にとってもタイミングバッチリだった。
これで無理なく連絡先交換ができる状況が生まれたことに、感謝してもしきれない。
「もちろん、喜んで!!」
「ありがとう。じゃあ、Lain交換でもいいですか?」
俺ら二人はスマホをかざし合い、友達登録ボタンを押し合う。
「はい、いけますよ。これでどうですか?」
俺のLain画面には、穂乃佳さんのメール情報一式が届いた。
穂乃佳さんのほうも、にっこり微笑んでうなずく様子から、上手く入ったようだ。
「いけた。OK!! このあとからはLainでやり取りしましょうね。ありがと、正則君。じゃあまたね!」
リュックを背負って、薙刀を右手に持った穂乃佳さんは、足早に表示された買取窓口に向かっていった。
「穂乃佳さん。ありがとう。あとでLainするよ」
「うん、待ってる」
そう言い残した穂乃佳さんの後ろ姿を見送りながら、俺はひとつ悔い改めることができた。
俺は亡くなった元親友のことを頭に浮かべる。
『一緒に探索者になって、ブイブイ言わしてやろうぜ』
そう陽気な誘い文句を言い続けてたくせに、最後はコボルトにボコられて死んだ幼馴染――瀬川 大地に俺は心の中で語り掛ける。
――大地。
新人研修の時、お前のことを貶したけど、あれ取り消すわ。
大地、お前が俺を羨んで呪いを植え付けてくれたおかげで、俺にも春が到来しそうな予感がしてきた。
今日から、お前の遺影、仏壇に供えてお参りしてやるから、これからも俺を見守っていてくれ。
そんな感じで余韻に浸っていると、掲示板のデータ更新音声が耳に届く。
ふと上を見上げると、『26番窓口:1167』と電光掲示板に表示されているのを見つける。
ようやく買取査定が終了したらしい。
俺は待合席から立ち上がると、買取査定二十六番窓口のほうに足を向けて歩き出す。
二十六番窓口の座席までたどり着くと、目の前の受付嬢から視線が妙に刺さる。
「はい、どうぞ。早く座って。不倫芸人君」
机に両肘をつき頭を支える姿勢の受付嬢は、明らかに好戦的な態度を示してきた。
「いやいや、不倫芸人って誰のことだよ。俺、まだ彼女作ったことないからね」
「あーあ、わたしというものがありながら、そんな態度をとるとは。全くさあ、とんだプレイボーイに育ったもんだよ。亡くなった和彦君も草葉の陰で泣いてるよ。ああ、可哀想」
どうやら、この受付嬢は、俺と穂乃佳さんのやり取りを遠目から監視していたようだ。
ちなみに、和彦と言うのが、三年前にダンジョンで亡くなった俺の兄だ。
で、この受付嬢が俺の兄の恋人だった――細川 静奈。二十二歳。
また厄介な人に見られていたものだ。
……面倒くさっ。




