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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第五章「隠れた変数 ― Hidden Variables」

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品川任務:見捨てない





 リヴァは目を閉じた。


 開けた。


 風の道が見えた。その先に、人がいた。



 引き金を引いた感覚がなかった。


 気づいた時には、スコープの中の人間が倒れていた。


 ボルトを引いた。


『二人目、右に動いた、先読み0.8』カイの声がした。


 引いた。


 倒れた。


 ボルトを引いた。


『三人目、北に走った、距離410、先読み1.1』


 引いた。


 走っていた人間が、止まった。



 フィンはビルの角から出た。


 三人が倒れていた。


 フィンは屋上の方を見た。


「……何だ、今の」



『フィン、動けますか』アルノの声がした。


「うん」


『三人処理確認。フィン、脱出ポイントまで残り60メートル。道はクリア』ユキナガが言った。少し震えていた。


 リヴァはスコープから目を離した。


 息を吐いた。


「……見捨てない」


 息だけの声だった。


 全員に、聞こえていた。



 屋上の床は錆びていた。雨で湿ったまま、錆の匂いがした。


 Tシャツの背中が、汗で貼り付いていた。気づいた瞬間、首筋を冷たい滴が走った。


 涙はもう出ていなかった。乾いて、頬に塩の跡を残していた。


『リヴァ、フィン回収しました。脱出ポイントに合流です』アルノが言った。


「……うん」


『カイ、東側から屋上へ』


『向かう』カイの声がした。息が上がっていた。



 ボルトを引いた。チャンバーを確認し、最後の薬莢が床に落ちた。錆びた金属に当たって、乾いた高い音が屋上に響いた。


 手がうまく動かなかった。指先がしびれていた。


 立とうとした。膝に力が入らなかった。


 視界の端が、白くなった。


 汗が目に入ったのかと思った。袖で拭った。


 白さは、消えずに広がっていた。


「……」


 全部の音が、水の中で聞こえているような距離になった。


「……カイ」


 落ちた薬莢を拾おうと、手を伸ばした。届かなかった。


「……なんか、白い」


『どういう意味だ』


 カイの声がした。くぐもって聞こえた。


『アルノ』


『聞こえています』アルノが言った。『リヴァ、屋上で動けますか』


「……」


 言葉が、出る場所がわからなくなっていた。


 その時、何かが横切った。


 左肩が跳ねた。


 殴られたと思った。シューティングベストのストラップが肩の外で裂け、布片が散った。


 痛いと理解してから、さらに遅れて、音が届いた。


 低い破裂音が、空気を伝って遠くから鳴った。


 左腕から力が抜けた。膝が崩れた。


 錆びた床に、肩から落ちた。


「……っ」



『リヴァ』


 カイの声だった。


 屋上の階段を駆け上がる靴音が、無線越しに重なった。まだ姿は見えない。


『リヴァ、応答しろ』


「生きて、る?」


『お前は生きてる。問題ない。どこに当たった』


「よくわかん、ない」


『見て確認しろ』


「みれない、」


 白さが、薄くなっていった。代わりに、左肩が脈を打ち始めた。


 階段の音が、近くなった。


 ドアが開いた。カイが屋上に出てきた。




「吐け」カイが言った。


 リヴァは、息を吐いた。止めていたことに、気づいていなかった。


 カイが前に来て、片膝をついた。左肩を見た。


「動脈じゃない」


 ベストを掴み、体ごと扉の内側へ引き込んだ。


 扉が閉まる重い音がした。


「浅い」カイは言った。「致命傷じゃない」


 カイがプレートキャリアのポーチから止血パッドを取り出した。傷の上に当て、テープで固定し、圧をかけた。


 痛みが走った。


「……っ」


「我慢しろ」


 カイがリヴァの目を見た。焦点がさっきより合っていた。


 カイの息が、珍しく上がっていた。カイの汗が、リヴァの腕に落ちた。妙にくすぐったいと感じた。



『カイ、状態は』アルノの声がした。


「左肩、擦過。出血あり。おそらく縫合が必要」


『動けますか』


 カイはリヴァの頬を右手で包んだ。リヴァが小さく二回、頷いた。


「動ける」


『ユキナガ、発射点の特定を続けてください。おそらく西側、距離1000以上』


『やってる』ユキナガの声がした。『でもデータが少なすぎる。軌道が読めない』


『撤収します。二人とも、東側階段から。私が車で東側通用路に回ります』


「了解。武器を回収する」


 カイが音もなく、もう一度外に出た。


 錆びた床に、リヴァが伏せていた跡があった。AXMCの薬莢を拾った。三つあった。


 遠くで、首都高の音が低く流れていた。その音だけが、いつも通りだった。


 カイがリヴァのケースを担いで戻ってきた。自分のHK416と合わせ、両肩に一丁ずつ。


「立てるか」カイは言った。


「……ん」


 リヴァは右手を床について、ゆっくり立ち上がった。


 カイが横に並んだ。


「歩けるな」


「うん」


 カイは何も言わず、リヴァの右側に立った。半歩、距離を詰めた。


 リヴァが歩き出す。カイがその半歩前に出た。


「帰るぞ」

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