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『リヴァ・アルカ ―世界を確定させるアンカーと最強たちの執着譚―』  作者: Ilir Noct
第四章「乾いた地平線 ― The Dry Horizon」

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勝機はない


 朝7時、アルノがドアをノックした。


「リヴァ」


「起きてるよ」


「入ります」


 ドアが開いた。アルノは手にタブレットを持っていた。いつものスーツではなく、グレーのシャツにスラックスだった。それだけで、今日が訓練日だとわかった。


 リヴァはベッドの端に座っていた。着替えは済んでいた。ブラックのカーゴパンツ、白いロングスリーブ。髪を低い位置で結んでいた。カイが入れてくれたコーヒーが手元にあった。半分減っていた。朝食は食べる気にならなかった。


 アルノはリヴァを一度見た。目の下を見た。何も言わなかった。


 椅子を引いた。座った。タブレットをテーブルに置いた。


「今日の内容を確認します」と彼は言った。


「うん」


「午前と午後で分けます」アルノはタブレットを開いた。「午前は射撃訓練です。能力を使わない状態での精度確認と、カイのスポッター訓練を並行させます。レッドとイーサンが担当します」


「カイは」


「カイも訓練です。別の水準を上げる必要があります」アルノは一拍置いた。「あなたが能力をオフにした状態を支えられるスポッターになるために」


 リヴァはコーヒーを一口飲んだ。


「午後は」


「トリガーの訓練です」アルノはタブレットをスクロールした。「ローワンから昨夜データが届きました。グレイの件以降の反応記録と、カジノでの視界消失を照合した結果です」


「…何かわかった?」どこか他人事のようだった。


「トリガーの種類と、能力消耗の間に相関があります」アルノは画面を見たまま言った。「トリガーが発動すると、能力の制御も一時的に外れるようです」


「うん」


「消耗した状態でトリガーを受けると、回復に時間がかかります。逆に言えば」アルノは一拍置いた。「体力と能力が充分な状態でトリガーに慣れておけば、咄嗟の発動を抑えられる可能性がある」


 リヴァはアルノを見た。


「だから今日やります」


 窓の外で風が鳴った。


「ちなみに、午後はハンドガンを使った模擬戦です」アルノはタブレットを置いた。「動きながらトリガーを受ける訓練です。静止した状態で反応するより、体が動いている方が制御しやすい場合があります。イーサンの提案です」


「模擬戦の相手は」


「イーサンです」


 リヴァはコーヒーカップを両手で持った。


「私に勝機ある?それ」


「ありません」アルノは眼鏡を押し上げた。「ただ、勝つための訓練ではないので」


「わかってる」


「カイとレッドもそこにいます。私もいます。何かあった時に備えて」アルノは少し間を置いた。「全員います。見ています」


 リヴァはアルノを見た。


「安心しろ、ということ?」


「そういうことです」アルノは言った。感情のない言い方だったが、それが全部だった。「ただ」


 タブレットを閉じた。


「一つだけ確認させてください」


「何」


「昨夜、眠れましたか」


 リヴァは少しの間、コーヒーカップを見た。


「少し」


「少し、というのは」


「眠れたってこと」


 アルノは何も言わなかった。


 眼鏡を、もう一度押し上げた。


「わかりました」と彼は言った。「では9時から始めます。それまでに食事を取ってください」


「アルノ」


「何ですか」


「なにかあったら…止めてくれる?」


 アルノは立ち上がりかけて、止まった。


 リヴァを見た。


「止めます」と彼は言った。迷わなかった。「私が判断します。あなたが続けると言っても、私が止めると判断したら止めます」


「……最終判断は私にしてほしい」


 アルノは小さく息を吐いた。諦めの息だったが、嫌そうではなかった。


 ドアに向かった。


「食事」と彼は言った。ドアを開けながら。「少しでも取ってください。今日は長くなります」


 ドアが閉まった。


 リヴァはコーヒーカップを持ったまま、しばらく動かなかった。


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