殿
新ローマ拠点、FORUM前日 午後七時三十分。
現地組は全員が共用スペースにいた。
アルノはテーブルの端に立っていた。
朝とはシャツが替わっていた。脇腹を庇う動きは、朝より目立たなくなっていた。
「明日のOperation FORUMについて、最終確認を行います」
画面に、会場周辺の地図が表示された。
「先ほど惣一から連絡がありました。増員はありません。明日は現在の体制で実施します」
アオイが一度だけ顔を上げた。
ジュリオは煙草を吸ったまま、地図を見ていた。
「配置そのものは変更しません」
アルノが画面を切り替えた。
「先に、保護対象と担当範囲だけ確認します」
アルノが一番上を示した。
「最優先は記録官です。合意文書の認証前に死亡した場合、会合そのものが成立しません」
次に、勢力名へ表示が移った。
「次が各勢力の代表です。北アフリカ資源ブローカー、東欧軍事組織、海運複合企業、ノルドハウン資源連盟」
リヴァが頷いた。
「代表間にも優先順位の差はありません。記録官の次に、四名全員の生存を優先します」
「東欧組織の実働と海運複合企業の警護要員は既に交戦してたんだよな」ジュリオが言った。
「はい。すでに始まっています」
ヴィクトルが壁に背を預けて、息を吐いた。
「東欧の連中は身元不明の荒くれも多い。海運はもう少し統制は取れてるが、力任せの連中だ」
「問題児だらけじゃん」フィンが言った。「話し合いになんの?それ」
「中止の判断がない以上、成立させるのが我々の仕事です」
「任務の範疇超えてそうだね」
「…各代表の一次警護は、それぞれが連れている警護担当です。こちらが専属で付くわけではありません」
「ちゃんと動いてくれるといいけど」ジュリオが言った。
「一次警護が機能している限り、こちらから代表を奪って動かす必要はありません。欠員、分断、退避経路の崩壊が起きた場合だけ補完します」
カイが腕を組んだまま聞いていた。
「カイは記録官を担当。アオイは機動。警護対象側の欠員と予定外の動きへの対応。ジュリオは館内実働と退避経路の確保、何か起きれば搬送と救護の手配も。フィンは外周と退避車両です。私との通信が切れた場合は、現場指揮を引き継ぎます」
フィンが頷いた。
「リヴァは会場と退避路の外側を監視。ユキナガは別棟の仮設通信室から、通信、位置情報、館内制御。私は全体の優先順位と配置変更を判断します」
最後に、ノルドハウンの表示が拡大された。
「ヴィクトルはノルドハウン側の外部顧問として内部に入ります。幹部にのみ、アルカ側の人間であることを共有済みです。それ以外には先方の人間として動いてください。こちらの警護配置には入りません」
「ああ」ヴィクトルが言った。
「明日の会場入りは予定通りです。ルカは大学からの遠隔支援のみ。現地には入りません」
ユキナガが頷いた。
「契約も戻ってきた。そこは大丈夫」
アルノは画面を戻した。
「一箇所で事案が発生しても、戦力を集中させないでください。各自、担当区域の維持を最優先とします」
少し間を置いた。
「昨日の襲撃について、発注元は特定できていません。明日の参加勢力との関係も不明です」
アルノが画面を見たまま続けた。
「ただし、こちらの初動と優先順位は観測されています。予定外の事案による配置変更そのものを狙われていると考えてください。自己判断で担当を外れないこと」
カイが腕を組んだ。
「俺は記録官から離れない」
「はい」
アルノがアオイを見た。
「アオイ。予定外の対象が外へ出ても、単独では追わないでください」
「分かりました」
「代表側で警護が欠けた場合は、そちらを補ってください。追跡より退避を優先します」
「はい」
「ユキナガ。館内通信が落ちた場合、復旧より位置情報の保持を優先してください」
「そこはもう組んでる。最後に取れた位置と時刻は残る」
ユキナガはフィンを一度見た。
「…もしなんかあってもね」
「お願いします」アルノが言った。
フィンはテーブルでライターを弄んでいた。片手で紅茶のカップを持って、一口飲んだ。
アルノがリヴァを見た。
「狙撃地点は」
「射点を割られないのが最優先なら、変えない」
「西側の死角も」
「うん。鐘楼の向こうはほぼ切れる。ほかも角度は狭いけど」
ジュリオが灰を落とした。
「裏の作業階段も使える。今朝見たけど塞がってない」
「退避路として残します」
リヴァが頷いた。
「館内で交戦が始まった場合は、代表を抱えて動くより、通路を開けることを優先してください」
アルノは地図の一部を拡大した。
「ヴィクトル、例のノルドハウンの代表は」
「代理人に置き換わってるが、公には出てない。そいつが代表として会合に入る。詳細は現地で探りを入れる」
「分かりました」
ヴィクトルが煙草を口へ戻した。
アルノは次の画面を開いた。
「もう一点」
記録官の退避経路が表示された。
「記録官の移動が予定外に停止した場合、監視を継続します。六十秒を超え、その間に西側への予定外の車両移動が確認された場合、理由の確認を待たず第二退避手順へ移行します」
ユキナガが画面を見た。
「了解」フィンが言った。
アルノは画面を戻した。
「ほかに、現在の配置で問題がある方は」
誰も答えなかった。
ジュリオが煙草を灰皿へ押しつけた。
「やっとか」
「襲撃までされたけどな」ヴィクトルが言った。
アルノは端末を閉じかけて、手を止めた。
「最後に」
リヴァが顔を上げた。
「日本から……惣一から、退避について指示がありました」
さっきまで椅子の背へ預けていたフィンの身体が、少し起きた。
「これまで、我々の中に負傷者や行方不明者が発生した場合は、記録官の安全を損なわない範囲で回収するとしていました」
アルノが言った。
「明日は、撤収開始後の逆行を禁止します」
部屋が静かになった。
カイが壁に手をついた。
フィンがアルノを見た。
「逆行の定義は」
「自己判断の逆行は禁止。保護対象の確保に必要な再配置は指定します」
「位置分かってても?」
「はい」
ユキナガは何も言わなかった。
リヴァがカップから手を離した。
「怪我してても?」
「はい」アルノは答えた。
リヴァはアルノを見ていた。
アオイが口を開いた。
「退避のために、誰かが残る必要が出た場合は」
アルノがアオイを見る。
「自己判断で殿にならないでください」
「でももし必要になったら」
「私が指定します」
アオイは黙った。
フィンが頬杖をついた。
ジュリオの指が、煙草の箱の上で止まっていた。
「指定された人間以外は戻らない。指定された人間を回収するためにも戻りません」
リヴァが眉を寄せた。
「だめだよ、そんなの」
アルノがため息をついた。
「リヴァ」
「だめ」
「はい。それで?」
「………」
リヴァは目を伏せた。
ヴィクトルが壁際で息を吐いた。腕を組んだ。
アルノは目線を外して、端末を閉じた。
「明日の集合は午前六時三十分です」
アルノは閉じた端末を手元へ引いた。
「以上です」




