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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第十章「非対称の支配 ― Asymmetric Force」

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とらないで



 東京拠点 中庭 午後二時四十分。


 ローマまであと一日。


 中庭は午後の光が斜めに落ちていた。古い木の梁の影が、洗い出し仕上げの床に伸びて、ハーブの鉢が並ぶ一角だけ、緑が濃い。


 リヴァはカラムと並んで歩いていた。淡い黄色のワンピースの裾が、歩くたびに膝のあたりで揺れる。


 カラムは火のついていない煙草を指に挟んでいる。隣を歩くと、影が長く重なった。リヴァの頭は、カラムの肩にも届かない。


「ミント、今朝もカラムのとこにいたね」リヴァは言った。


「……足元で寝てた」


「明日からよろしくね」


「……何を」


「ミントと、金魚たち」


「それだけ」


「え?」


「……ううん」


 カラムは前を見たままだった。たれ目が、どこを見ているのかわからない。


 リヴァは、それ以上聞かなかった。


 灰色の床を二人分の足音が踏んだ。


 カラムは煙草の先を、親指で撫でた。


 中庭の奥で何かが動いた。


 オラヴルだった。ハーブの鉢の前に屈んで、ミントの葉に触れている。


 二人に気づいて、顔を上げた。


 リヴァを見た。


 力なく笑った。


「珍しい」リヴァは言った。「外にいる」


 オラヴルは立ち上がった。逆光になって、顔に影が落ちた。手のひらに、ちぎった葉が一枚あった。


「明日から、ミントと金魚たち。宜しくね」


 オラヴルの手の中で、葉が止まった。


 空を雲が横切った。光が翳って、また戻った。


「……明日か」


 リヴァは少し笑った。


「うん」


 オラヴルの両手が伸びた。


 リヴァの肩を掴んで、そのまま引き寄せた。腕の中に抱き込んだ。


「え、」


 リヴァの顔が、白衣の胸に埋まった。頭の上で、光が遮られた。


 影が落ちた。腕は、離れなかった。


「……どれだけ考えても、君を止める言葉がわからない」


「オラヴル、……」


 リヴァの声が、胸の布に潰れた。


 オラヴルの腕に、少しだけ力が入った。


 乾いた床を踏む音がした。


 カラムが一歩、近づいていた。


 アンバーの目が、オラヴルの腕と、その中に消えたリヴァを映していた。目が細くなった。


 カラムの手が動いた。リヴァの二の腕を取った。


 オラヴルの腕の中から、リヴァの身体が引き抜かれた。


 リヴァはカラムの胸元へ引き戻された。後頭部が、硬い胸板に当たった。


 二つの高い背の間に立っていた。


「……とらないで」


 オラヴルの腕が、宙に残った。


 その手を、ゆっくり下ろした。足元を見た。それから、リヴァを見た。


 オラヴルの前髪が顔に落ちて、表情が見えなかった。


 もう一度、手が動きかけた。


 止まった。


「……ごめん」


 掠れた声だった。


 行き場をなくしたオラヴルの手を、リヴァが取った。


 両手でオラヴルの手を包んだ。指先が冷たかった。


 オラヴルの肩が、少しだけ揺れた。


 リヴァの瞳を見た。


 リヴァは二つの背の間から、オラヴルを見上げていた。


「オラヴル」


 斜めの光が、少しずつ中庭の床を移っていった。


「ちゃんと帰ってくるよ」リヴァは笑った。


 思ったより、小さな声になった。


 オラヴルは答えなかった。


「待ってて」


 リヴァは少しだけ振り返った。


 カラムの手は、まだ二の腕に残っていた。


「カラムも」


 指の力が、わずかに緩んだ。


「……ん」


 ハーブの一角だけが、まだ緑を濃く残していた。中庭の隅で、水が滴っていた。

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