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リヴァ・アルカ ―最強特殊部隊は、たった一人のアンカーを失えない―  作者: Ilir Noct
第六章「浮遊する標的 ― Drifting Target」

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タイム・オブ・フライト

 カイが固定器具をナイフで切った。


 アルノが、崩れた。


 カイが受け止めた。


 体重が、軽かった。水分が抜けていた。筋肉の張りがなかった。背中に手を入れた時、肩甲骨の輪郭が、布越しに浮かんで見えた。


 湿ったコンクリートの匂いがした。金属と、漂白剤と、古い排水の匂いが混ざっていた。ハロゲンの熱が顔に当たっていた。


「フィン、IVライン」


「確保する」


 フィンが医療キットを開いた。手が早かった。


 アルノの左腕は針の跡が多すぎて使えなかった。右腕を取った。前腕の血管を探した。脱水で血管が細くなっていた。一度針を入れて、外れた。


 アルノの反応がなかった。


「悪い」


 もう一度。今度は入った。


 ラインを固定した。点滴は車内で開始することにした。動かすとさらに血管に刺せなくなる。


「状態」フィンが言った。


「脱水、脈弱い。血圧低い。薬も残ってる」カイは即答した。「意識は半覚醒。呼吸浅い」


「肩は」


「両側亜脱臼疑い。末梢循環、右が特に悪い」


「動かせるか」


「動かせる」


「了解」


 カイはアルノの右腕を肩越しに回した。


 腰を落として体を持ち上げる。


 アルノの体重が背中に乗った。


 左腕で太腿の裏を支えた。


「いくぞ」


「……」


 返事はなかった。


 カイはそのまま歩き出した。




「……カイ」


「ああ」


「……グレイ」


 カイが、止まった。


 フィンも顔を上げた。


「グレイか」


「……」


「他には」


「……三、四人。わからない」


「何を聞かれた」


「……組織に来い、と」


「情報は」


「……出してない」


 間があった。


「……おそらく」


 カイは何も言わなかった。


「リヴァのことは」


 また間があった。


「……リヴァの顔を、最後に」アルノが、目を閉じた。「……クソ」


 無線が、開いたままだった。


 全員が聞いていた。誰も切らなかった。


 リヴァが聞いていた。


 無線の向こうで、リヴァの呼吸が一瞬、止まったのが、聞こえた。


 吸い直す音が、来た。


 でも、リヴァは、何も言わなかった。


 カイが廊下を歩いた。アルノを抱えたままだった。フィンが前を歩いた。MP5SDを構えていた。


 階段を上る時、アルノの体がずり落ちた。


 カイが肩を持ち上げ直した。


 脱力した腕が胸元で揺れた。


 外に出た。


 地下から出てきた瞬間だった。


 外周に、まだ残党がいた。


 藪の中に三人。フィンとカイが上がってくるのを、待ち構えていた。


 距離、五十メートル。


『藪、三人』カラムの声が無線に来た。『探知漏れ』


 藪が深く、熱源が補足しにくい。


「了解」フィンが言った。


 フィンがアルノを抱えたカイの前に出た。MP5SDを構えた。一発、撃った。


 左の男が崩れた。


 残り二人。


 藪の中で、二人が散開した。フィンの射線から、外れた。


『右。撃てる』カラムが言った。


 リヴァが先に構えていた。


 距離380メートル。風2.4。横流れ補正0.3ミル。


 引いた。


 右の男が崩れた。


「一人取った」リヴァが言った。


 残り一人。


 藪の中、最も奥に伏せた。深く伏せた。


 カラムからは、見えていた。1700メートル先からだった。


 でも、リヴァからは、角度的に届かなかった。


 フィンの射線からも、外れていた。


「カラム」フィンが言った。「頼む」


「……」


 一瞬、無線が静かになった。


『風、変わった』ユキナガの声が入った。


「……黙って」


 全員が息をのんだ。


 レティクルをわずかに右へ送った。


 地球の自転による偏差0.04ミル。


 呼吸を浅く切った。


 カラムが、引いた。


 無線が沈黙した。


 二.五秒、後。


 藪の中の男が、崩れた。


 完全に動かなくなった。


「……」


 無線が、一秒、静かになった。


 リヴァが、照準から目を離した。


『……は?』


 ユキナガの声だった。


『1700で横風…』


「助かった」フィンが被せた。


「……」


 カイがアルノを抱えたまま、また歩き始めた。




 車に戻った。


 ユキナガが運転席にいた。


 カイがアルノを後部座席に寝かせた。


 フィンが点滴を繋いだ。生理食塩水。電解質補正。流量を調整した。手が早かった。


「あと任せた」フィンが言った。「無免許組(スナイパー二人)回収して追う」


「ああ」カイが点滴の袋を上に持ち上げた。


 アルノの目が、また半分開いていた。


「……」


 返事はなかった。


 車が走り始めた。


 与那国の港まで、十五分。


 カイがアルノの隣にいた。


 アルノの呼吸を、ずっと見ていた。


「アルノ」


「……」


 返事はなかった。


 目を閉じていた。


 呼吸だけが、規則的に続いていた。


 浅かった。





 与那国の港に着いた。


 アルカ経由でヴィクトルが事前に手配していたヘリが、待っていた。


 医療チームのリーダーに、カイが状態を話した。


 その時、もう一台の車が来た。


 リヴァだった。


 狙撃ポジションから、フィンがカラムとリヴァを拾って合流した。AXMCをケースに収めていた。背中に背負っていた。


 リヴァがヘリに走った。


「乗る」


「リヴァ、お前は——」


「乗る」リヴァが繰り返した。


 ストレッチャーがヘリに運ばれた。


 リヴァがヘリに乗り込んだ。


 アルノの目が、半分開いていた。


 ぼんやりとリヴァの方を見ていた。


 焦点が、合いそうで、合わなかった。


 眼鏡がなかった。


 部屋の輪郭がぼやけていた。


 リヴァの輪郭も、ぼやけていた。


 でもラベンダーグレーの髪は、ぼやけていても見えた。


 アルノが少し止まった。


 瞬きをした。


 頭の中で、確認しようとした。


 リヴァは、ここにいる。実物の、リヴァが。


 ……本当に?


 確認できなかった。


 地下の部屋で、最後に見た顔だった。あの時は、頭の中だけだった。今、目の前に、いる。


 でも、地下の部屋の光と、今の光が、似ていた。


 LEDのスポットライト。


 ヘリの室内灯。


 どちらも、白かった。


 頭の中の経路が、まだ塞がれていた。区別がつかなかった。


「……」


 アルノが、目を閉じようとした。


「アルノ」


 リヴァが言った。


 声が小さかった。でも、聞こえた。


「迎えに来た」


 アルノの目が、少し開いた。


「……」


「帰ろ」


 返事はなかった。


 でも、アルノの焦点が合った。


 ヘリがエンジンをかけ始めた。


 ローター音だけが、機内を揺らしていた。


 那覇に向かって飛んだ。

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