第11話 連投の夏
七月中旬。
きおはすでに三度マウンドに立っていた。
初登板からわずか十日。
弱小球団の崩れたローテを埋めるように、
きおは当然のように投げ続けていた。
「若いっていいな。連投してもケロッとしてる」
「俺らの二十歳の頃なんて、毎日投げても平気だったよな」
そんな声がベンチに飛び交う。
ラクランは笑えなかった。
(……違う。若いからじゃない。寿命を削ってるんだよ)
だが言えない。
――――
七月下旬。
きおは中三日でまた先発した。
初回、きおは淡々と三者凡退に抑えた。
球速も球質も、初登板より明らかに良くなっている。
そして──
“良い球が出た瞬間”、ラクランの視界が揺らいだ。
空気が薄く波打つような、微細な歪み。
ほんの一瞬だけ世界が震える。
(……まただ)
揺らぎの直後、きおの寿命カウントが減る。
その日中は戻らない。
きおは何も知らず、淡々と次の球を投げる。
ズバンッ。
観客席がどよめいた。
「今日もキレてるな」
「若いってすげぇな」
ラクランはミットの中で拳を握った。
(……昨日より減ってるのに、球は良くなってる。
これ……どういうことなんだ)
――――
七月末。
ラクランはついに、ノートを開いた。
――寿命カウントの減り
――翌朝のベース値
――きおが“異常に良い結果”を出した場面
――揺らぎが起きた瞬間
すべてを記録し始めた。
(昨日の減りは“七時間分”。
翌朝のベース値は“十五分”減ってる……)
数字は、きおの寿命が確実に削れていることを示していた。
(……このままじゃ、きおは……)
――――
八月。
きおは“ローテの柱”になっていた。
弱小球団にとって、きおは唯一の希望だった。
連投。
中三日。
時には中二日。
監督は迷わず言った。
「きお、今日も行くぞ」
「はい!」
ラクランは寿命カウントを見るたびに胃が痛くなった。
(……ベース値が、また減ってる)
日付を跨げば数字は戻る。
だが、戻った数字は確実に低くなっている。
(このペース……絶対におかしい)
――――
八月のある試合。
きおは五回を投げ終え、ベンチに戻ってきた。
「ラクランさん、今日も調子いいです!」
「……ああ」
ラクランは笑った。
だが、その笑顔は昨日よりも苦しかった。
(……今日だけで、どれだけ減ったんだ)
きおが“良い球”を投げるたび、
世界が揺らぎ、寿命が減る。
(なんでだ……なんでこんなに減るんだ……!)
――――
打席でも異常は続いた。
きおの打率は .290。
だが、得点圏打率は .420 を超えていた。
「おい、あいつ得点圏だけ別人みたいに打つぞ」
「勝負強すぎだろ……」
ラクランは理由を知っていた。
――きおが“どうしても点が欲しい”場面で、
必ず揺らぎが起きる。
その直後に、寿命が減る。
(……チャンスのたびに寿命が削られてるんだよ)
だが言えない。
――――
そして、事件は起きた。
八月下旬の試合。
きおは“狙いすぎた”。
初回、スライダーが異様に鋭く曲がった瞬間、揺らぎ。
二球目、ストレートが伸びすぎた瞬間、揺らぎ。
三球目、打者が完全に空振りした瞬間、揺らぎ。
その繰り返しが、延々と続いた。
ラクランの視界は何度も歪み、
寿命カウントは“異常な速度”で減っていった。
(……やばい。これは……やばい)
翌朝、ラクランは震える手でノートを開いた。
――寿命の減り:1か月分
――ベース値:2時間減少
ラクランは青ざめた。
(……統計が取れた。
1年分の減り → ベース値1日減
1か月分の減り → ベース値2時間減)
数字は残酷だった。
(……このままじゃ、きおは……)
――――
八月末。
きおはマイナーで“異常な成績”を残していた。
防御率1点台。
奪三振率はリーグトップ。
打率 .290。
得点圏打率 .420。
監督は言った。
「きお、お前……メジャーに行けるぞ」
きおは目を丸くした。
「えっ……!」
ラクランは息を呑んだ。
(……メジャー?
この状態で……?)
監督は続けた。
「うちは弱い。九月は消化試合だ。
だからこそ、お前みたいな選手を試せる」
きおは震える声で言った。
「……行きたいです」
ラクランは胸が痛くなった。
(……行かせたい。でも……寿命が……)
だが、きおの目はまっすぐで、曇りがない。
(……守らないと。
原因が分かるまで……俺が、こいつを)
きおはまだ知らない。
――自分の寿命が、七月より八月、八月より今日、
確実に速いペースで削れていることを。
そしてその事実を知っているのは、
今のところラクランだけだった。




