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正妃と王子の事情

 「ーー難しい顔をして、どうしました?何か理解できない事でもありましたか?」


 家庭教師のジョアン・マクレインに指先で机を叩かれて、セシリアは我に返った。


 ……そうだ。今はジョアンの歴史の授業中だった。

 珍しくぼんやりしていたセシリアに、心配そうな眼差しを向けてジョアンが「大丈夫ですか?」と尋ねる。

 

 セシリアは先日の狐狩りから、予想もしなかった事に巻き込まれていた事実が分かって不安に襲われ、考え込む事が多くなっていた。

 知らない間に利用されていた事がショックだったし、今後もおかしな事に巻き込まれるのかとの懸念が拭えず、眠れない日が続いている。

 

 セシリアごときがどうにかできる範疇を超えている。

 また何かの拍子に王室のいざこざに利用されるかもしれない。

 ……権力の庇護のない人間は、こんなにも存在価値を軽く扱われるらしい。

 セシリアが王子達の後継争いで使い潰されても、父は無関心だろう。

 使い捨ての駒の様な、自分の身の上を憂うセシリアの懊悩に終わりはなさそうだった。


「……あの、ジョアン先生は現在の王室の事に詳しいですか?」


 そもそもセシリアは、王室の内部事情に明るくない。

 表面的な話は知っているが、王位継承権争いなどネガティブな話題はお茶会等では避けられるし、噂話にも疎いので、争いがどの程度熾烈なのかも把握していなかった。


「王室の事?まかせて!僕の情報収集能力は王様の好きな食べ物から、王子達の成績まで網羅してるからね!」


 手に持っていた分厚い歴史書をポイッと自分の机に投げ、わくわくした様子で胸を張って質問を待つジョアンにセシリアは面食らう。

 普段は真面目で熱心な先生だが、好奇心旺盛で、面白そうな事に目が無い。

 堅苦しいセシリアと違い、柔軟で羨ましい自由さを持っている。

 しかし、どうやって王子達の成績まで知っているのだろうか?


「お、王子達の成績ですか……⁈」

「うん。単にアカデミーで張り出される成績順位表の結果を聞いてるだけだけど。アカデミー内部に知人が多いから、王子達の得意不得意や学内での評判、交友関係等の話も聞くよ。王宮にも知人が多いから、王や王妃たちの話も色々聞いてるんだ。これはここだけの話にしてね」


 あっけらかんと笑うジョアンの凄さに開いた口が塞がらない。

 本当に情報収集能力に長けている様だ。

 こうなると、セシリア関連の話も彼の耳に入っていない方がおかしい。

 セシリアは、それなら、とジョアンを見上げて率直に聞きたかったことを口にした。


「私は先日知ったのですが、先生は、アベル王子とサビナ嬢の婚約解消の理由をご存じでしたか?」


 エッ⁈とジョアンの声が引っ繰り返る。

 あーとか、うーとか声にならない苦悶を繰り返した後、観念したように「……ハイ」と知っていた事を認めた。


「……知っちゃったんだね。僕はセシリアがいざこざに巻き込まれない様に祈ってたよ」


 はあ、と溜息を吐いてジョアンは前髪をかき上げた。

 本気で心配してくれていたことが伝わって、セシリアは少し胸が暖かくなった。

 だが、単なる噂だけでなく、実際に巻き込まれつつある。

 

「今、王位継承争いはどんな状態なんでしょうか?リベラ公爵家がアベル王子の後援から手を引いたんですよね?」


 悪い噂も生まれてアベル王子が不利になったかと思っていたのだが、ジョアンの答えは意外なものだった。


「いや、実は後援は続いているんだ。娘は可愛いけど、国の未来に関わる政治的な事だからね。リベラ公爵も、そこは分けて考えているんじゃないかな。ただ、面白くはないだろうし信用度は減ったよね。でも、側妃の子ではあるけどアベル王子のほうが優勢なのは変わっていないんだよね」

「そう……なんですか?」


 アベル王子の方が人気があるのは知っていたが、側妃の子の方が優勢なのは何故なんだろうか?


「側妃の子でも、アベル王子の方がジリアン王子よりひとつ年上だ。これは何故かと言うと、側妃のほうが国王の寵愛を集めているからなんだ」


 側妃は金髪碧眼の女神の様な美しさで、正妃は琥珀色の髪と金色の瞳を持ち整った顔をしている。

 正妃は王妃然とした威厳はあるが、側妃と並ぶと、どうしても霞んでしまう。

 美人度で言えば側妃の圧勝だ。

 セシリアでさえ、国王の関心が側妃へ傾いていると感じていた。

 ただ、貴族たちは華やかで美しい社交的な側妃を信奉する派閥と、伝統を守り慈善活動に力を注ぐ、まさに国母に相応しい正妃を支持する派閥で二分している。


「実は、正妃と側妃は国王とアカデミーで同級生なんだ。正妃は元々陛下の婚約者だったが、陛下が在学中に側妃を見初めて口説き落とし、卒業と同時に正妃と側妃と結婚した」


 ーーなんてことだ、とセシリアは眩暈を覚える。

 まだ小さいセシリアにも、それは正妃にとって残酷な仕打ちと感じる。

 ジョアンも同じらしく、眉をひそめて不快そうに言った。


「ひどい話だよね!さすがに正妃様に同情するよ。しかも、結婚してからも陛下は側妃を溺愛して正妃をないがしろにしていた。それで一年後、側妃が先に懐妊したことで、周囲の貴族たちが正妃様を軽視し出したんだ。あまりの事態に、側近達や正妃様の実家のマイアー公爵家から抗議の声が上がった。そこでやっと陛下は正妃を気に掛けるようになって、一年遅れで正妃様にも子供が出来た」


 陛下による愛情の差で、正妃側が不利になっているのか。

 確か、正妃様の実家は側妃様より家格が上のはず。それでも立場が揺らぐのか。


「可哀想なのは差をつけられている子供もで、側妃によく似たアベル王子は陛下に溺愛されている。一方でジリアン王子に陛下はあまり関心が無い。そういった生育環境では仕方ないが、アベル王子は気さくで愛嬌があり皆に愛される人気者に、ジリアン王子は信用できる者としか交流しない、不愛想な子供に育った」


 ジョアンは、ジリアン王子に同情しているらしい。

 確かにその事情を知ると、正妃やジリアン王子の身の上は切ない。

 自分と似通った話だと、セシリアは胸が痛んだ。


「王は王子達にも差をつけていた様で、アベル王子には家庭教師も教材も惜しみなく与えたけど、ジリアン王子には適当だったらしい。アカデミーではアベル王子は華々しい成績や活動をしているが、ジリアン王子は努力で上位の成績をキープしつつも目立たない様にしている。二人とも優秀だけど、今はわずかにアベル王子がリードしている形だ。全体的にジリアン王子が不利な事が分かるでしょ?」


 ジョアンが顔を覗き込んできて、セシリアは頷いた。


「貴族たちにアベル王子派が多いのは、そういった経緯があるからなんですね」


「そうなんだ。けど、アベル王子は素行に問題ありでさ。サビナ嬢の件にしろ、また自爆して評判を落とすんじゃないかな。僕からしたら堅実なジリアン王子が無難に思えるけど、社交的で人に好かれやすいアベル王子のほうが王に向くんじゃないかという声も大きい。確かに、諸外国から好感を持たれるのはメリットになるだろうからね。ーーーーだけど、最終的に決めるのは王だ。そうすると、アベル王子が贔屓されるだろうと思っている貴族は多い」


 なるほど、と複雑な思いでセシリアは頷いた。

 セシリアは、どちらかと言うと正妃様を慕っていた。

 普段、社交会で輝く側妃の活躍が注目を集めるほうが多いのだが、正妃様は誰かに褒められる事が無いような地味な仕事をしたり、かえりみられていない人々に手を差し伸べたりと、王や側妃が目を向けない事や人に気を配っていた。


 その、国民を誰一人取りこぼすことなく守ろうとする姿勢に気付き、心打たれた国民は少なくない。


 正直、アベル王子とジリアン王子のどちらが後継者として相応しいかは分からない。

 後ろ盾のないセシリアを利用しようとしたのはアベル王子も正妃も同じだが、アベル王子は傲慢から、正妃は息子のために利用しようとしたのだ。


 ……自分も正妃様も、愛情という、不確かで形のない、不条理なものに振り回されている

 何故、こんな目に見えないものに縛られなければならないのだろう

 手を伸ばしても掴めず、零れ落ちていくだけの哀しく儚い幻影のようなものなのに

 こんなにも人を惨めにさせたり、絶望に追いやったりする厄介なもの、それが愛情と言う呪いだ

 

 

 ーーーー二人の王子の後継者争いに駒として利用されたのだとしても、どうしてもセシリアは正妃様を憎む事も、嫌う事もできそうにないーーーーそう思った。

 

 

 


 

 





 

 

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