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持てる者・持たざる者

 アカデミーの授業を終えた放課後、マリウス・ミュラーに手紙で呼び出されたミラ・ベルトランは、首をかしげながらも手紙の指示に従って三階の角部屋を訪門し、そこにいたマリウス・ミュラーとアベル王子と対峙していた。

 

 驚いた事にその三階の角部屋というのがアベル王子専用の秘密のサロンとなっているらしく、ノックして入室したミラは、煌びやかなクリスタルのシャンデリアと豪奢なソファに、しばらく開いた口が塞がらなかった。


 王宮の一室かの様な華麗な部屋にひるみつつも、侮られないよう背筋を伸ばして座っていると、お茶を給仕したマリウスがアベル王子の座るソファの脇に立ち、咳払いしてから口を開いた。


「ミラ・ベルトラン嬢。おいでいただいて感謝します。本日、お呼びしたのはアベル王子からお話したいことがあるためです。これからお話する内容については、できれば内密に。そして前向きにご検討いただければと思います」


 前向きに…………?


 何だそれは、と眉をひそめたミラは、おもむろに上機嫌で話を始めたアベル王子のセリフに我が耳を疑った。


「ミラ嬢、今日は来てくれて嬉しいよ。この前は突然、連れ出したりして悪かったね。先日のドレス姿も素敵だが、アカデミーの制服もよく似合っている。君は今日もとても綺麗だ」


 ーーはあ?何か悪い物でも食べたのかしら?

 胡散臭げに引いたミラは、ペラペラ喋るアベル王子を上から下まで眺めまわした。


 ソファの隣で従者然と立つマリウスは澄ましたままだが、アベル王子はと言うと、相変わらず神話の美少年のごとき麗しいかんばせをバラ色に染めて、饒舌に美辞麗句を並べ立てている。

 碧い瞳はきらきら輝いてミラを熱心に見つめ、やや前のめりで、普段は何をしているのか、趣味や好きな物は何かなど、プライベートに踏み込む質問ばかり浴びせて来る。


 何これ?なんの拷問なの……⁈

 うっざ……いやいや、仮にも王子にこんな言葉はいけないわね。

 アベル王子にいい印象を持っていないミラは、表向き微笑みながら心の中で毒付いた。

 戸惑いつつ、マリウスへ「どういうことか説明して下さる?」と言う圧を込めて目配せすると、王子の空回りに気付いたらしく、慌ててマリウスが王子へ耳打ちした。


「ん?ミラ嬢が戸惑っている……?あっ、失礼した。僕が一方的に質問ばかりしていたね。許してくれ、つい気持ちが先走って」


 ポッ、と頬を染めたアベル王子の姿を見て、ミラは嫌な予感がよぎった。


「あまり遅く帰ると家族が心配しますの。何のご用か伺ってもよろしいですか?」

「ああ、そうだね。では、単刀直入に言おう。ミラ嬢、僕の婚約者候補になって欲しい」


  ーーーーーーはあーーーーーー⁈


 今度は単刀直入過ぎて、ミラは紅茶にむせそうになった。


「この前の何が起きても動じない冷静な君を見て、とても興味が湧いたんだ。むしろ堂々としていて素敵だった。君みたいな令嬢は見た事が無い。君の父上に打診する前に、君の気持を確認したかった。どうだろう?未来の王子妃として、僕の隣に立ってくれないか」


 すでに婚約の打診どころか、事実上のプロポーズである。

 浮かれまくったアベル王子が潤んだ瞳で懇願してくるが、断るとはみじんも思っていない様で、期待に満ちた表情でミラが頷くのを待っている。


 だが、こっちは予想外過ぎる展開で頭がついて来ていない。

 おまけに正直言って、アベル王子と関り合いたくなかった。

 この王子のせいで、セシリアがどれだけ迷惑をこうむっているかを考えると、腹が立ってくる。

 ミラはキッとデレデレした表情のアベル王子とマリウスを睨んだ。


「その前にお伺いしたいことがあります。まず、先日の狐狩りの件で一番被害にあったのは、私の友人であるセシリア・ハート令嬢です。訳も分からず呼び出され、睡眠薬を飲まされて拉致されました。それはよくご存じですよね?お二人は、彼女へ謝罪はお済でしょうか?」


 斬り込む様に言われて、王子とマリウスが言葉に詰まる。

 返答を返せない様子から見て、謝罪をしていないのだろう。

 もう狐狩りから二週間近く経っているのにーーーー

 ミラは眉を寄せて顔を顰めた。


「それに、私の耳には、アベル王子がセシリアを愛人にすると言う話が入って来ております。彼女こそ、貴族の間でも知らぬ者のない賢い淑女と評価の高い令嬢です。その彼女を愛人にと言う方の誠実さはどこにあるのでしょう?セシリアは王子妃によほど相応しいのに愛人ですか?身分は高くありませんが、彼女が婚約者になった方が皆は納得いたしますよ」


 相手は一応、王族だ。

 なじりたいのを我慢して言葉を選ぶと、アベル王子は作り笑顔を浮かべて、苦しい言い訳を始めた。


「セシリア嬢には君の弟君がいるじゃないか。それに、クリストファーもご執心だ。彼女の様に大人しい令嬢はよくいるし、僕には君の方が魅力的に映っている。それに、君の父君のベルトラン伯爵は人望もあるひとかどの人物だ。尊敬できる人間だと思う。子は親の鑑だ。そんなベルトラン伯爵に育てられた君は素晴らしい教育を受けてきたに違いない」


 それはセシリアに対する当てこすりか侮辱ではないのか?

 セシリアを良く知りもしないで、愛人にしたいとか言っていたくせに。

 それに、セシリアの親は、ミラの目から見ても親失格だ。

 特に父親など、いないも同然、いや、むしろいても害悪だ。

 なのに、あんなに優秀でできた子はいない。


 ここで親の話を持ち出してくるあたり、この王子は結局、自分の後ろ盾や支援が欲しいのだ。

 たっぷり愛情を受けて、それを当たり前に享受して、セシリアがどれだけ親の支援が無い中で苦労や努力を重ねて来たか見ようともしない。

 親の七光りもなく、孤独な中であんなに頑張ってひとりで立っている素晴らしい令嬢は、それこそどこにもいない。

 甘やかされて、庇護されて、辛さも苦しさも知らない無知な人間が見下していい人間じゃない。


 しかも私のような令嬢を見た事が無いですって?

 いいえ、多くの令嬢が、猫被ってるだけ。

 だって、思いのまま行動すると、生意気だの出しゃばりだの言われてお嫁に行けなくなるんだもの。

 守りたい様なかよわい女性の方が受けが良いんだもの。当然でしょ?

 結局この王子は、人間を表面的にしか見てないのよ。


 大体、こんなナルシストみたいな王子、ハッキリ言って好みじゃないし、甘えたお坊ちゃまのお守りなんて御免だわ。

 セシリアへの態度で人間性がお粗末なのも分かったし、底が浅いのも知れちゃったわね。


 ミラは心の中で盛大に舌を出しつつ、恐れおののいた顔でこうのたまった。



「まあ、アベル王子ったら、セシリアを愛人にして私を王子妃にするなんて、あんまりですわ‼二人の友情は固く結ばれていて永遠ですのよ?それを引き裂こうだなんてーー女の敵ですわ……‼私、そんな心無い薄情な事、とてもできません!見損ないましたわ!そんな話、お断りしますわーー‼」


 大げさに泣いて見せた後、唖然とする王子とマリウスを置き去りに、悲劇のヒロインの如く、身をよじり、脱兎の速さで部屋を飛び出す。


「え⁈ご、誤解だ……ミラ嬢、ミラ嬢ーーーーーー‼」


 何か二人が慌てて喚いているが、そんな事知ったこっちゃない。

 ミラはそのまま爆走し、さっさと待機していたベルトラン家の馬車に乗り、悠々と自宅へ帰ってくつろいだのだった。




 

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