第六十六話 最優の魔法少女
あれだけ激しく降っていた雨が止んだ。風も無くなり、雲の裂け目から月明かりが差し込むと、禍々しい金色の冠が煌びやかな光を発した。
そこにいたのは、既に結芽ではなかった。
魔法少女のコスチュームじみたものを纏った人型であることは分かる。しかし、月明かりも飲み込む漆黒をドールたちはうまく認識できない。
首にかけられた金色の冠と、怪しく光る見覚えのある形の瞳だけが、それが結芽だったことを示している。
クトゥルフ・黒奴が怯えたように、慌てたように、やぶれかぶれといった様子で鉤爪を振り下ろすが、それが結芽だったものに届くことはなかった。
振り下ろしたはずの腕ごと消し飛ばされては、どうしようもない。自分の魔力を触媒に発生させる爆発も、魔力が残っていないのであれば発動のしようがない。
「何……あれ……」
「……黒奴の……冠状器官……?」
「結芽さんだけいないのは……まさか」
「背丈は一致してる……」
辛うじて意識を保っていた黒奴殲滅委員会は、状況を整理するだけでも手一杯だった。そんな中でロータスだけは、一番傷の深いコーラルにまだ息があることを確認すると、携帯でどこかに連絡を取った。
「――!」
黒奴が声のない叫び声を上げて、結芽だったものに飛び掛かる。片腕を失った今、質量で押し潰すくらいしかできないのだ。
しかしそんな攻撃が通用するはずもなく、一瞬の光と轟音の後には、クトゥルフ・黒奴の頭部と足の一部だけが残っていた。
結芽だったものに視線を向けられて、光と音の正体が雷だったことに、ドールたちは遅れて気づく。逃げようとしても、電気で体が痺れて動かないのだ。
今の結芽に理性と呼べるものが存在しないのは、どこかに無差別に雷を落としたり、魔力を集めた掌をドールたちに向けたりしていることから明らかだった。
クトゥルフ・黒奴に比べれば圧倒的に小柄な体だが、秘められた魔力は比較にならないほど膨大な量。絶望はさらなる絶望で上書きされていた。
ドールたちは何か呼び掛けて結芽の意識を起こそうとする――前に、何かが結芽の体に撃ち込まれた。
「――開花」
遠くから聞こえてきたその言葉を合図に、撃ち込まれた種子が結芽の魔力を吸い上げ、一斉に開花、爆発する。
ドールたちはあわや爆風の巻き添えになる寸前に、離れた高台まで移動させられていた。見下ろした先では、黒い影と赤い影が高速で戦っているのが微かに見える。
「危なかったわね、私の転移が無ければお陀仏よ?」
「その傘……『傘』のアンブレラで合ってるかしら? これはどういう状況なの?」
「その怪我でよく喋れるわね……でもごめんなさい。私はあんまり会話しないように言われているの」
骨が何本か折れているし、血もかなり流しているにもかかわらず、ドールはアンブレラの足を掴んで問いかける。対価を払い過ぎて理性が機能しておらず、痛みを意に介することができていないのだ。
流石にこれはファンが引きはがし、空気を操って無理矢理意識を落とす。そしてドールを抱き起こすと同時に気づく。傷が徐々に塞がってきていることに。
魔力の流れを辿ってみれば、装飾の激しい修道服のようなコスチュームの魔法少女が、十字架を握りしめて祈るように魔法を発動させていた。そのそばでは、注射器を持った看護師風のコスチュームの魔法少女もいる。
「チッ……コーラルとお前がいながら、何でこんなに怪我人が増えるんだ」
「金冠相手によくやった方だろう」
「クロス、ロータスを責めないであげて。今回は事情が事情じゃない」
「納得できるかよ……クソッ」
ロータスとコーラルに重点的に魔法をかける二人の魔法少女。彼らは、テレビでも頻繁に目にするほど有名な魔法少女だ。
チーム救急救命班所属、「十字架」の魔法少女クロスと、「注射器」の魔法少女シリンジ。どちらも希少な治癒系の専用魔法を持つ魔法少女で、普段は一日中病院で魔法を使っているとファンは聞いたことがあった。
よほどのことがなければ戦場まで足を運ぶことは無いはずだが、今回はそのよほどの事態に当てはまることだったのだろう。
「ね、ねえ、ボウ、あれ……」
「巨大な……バラ?」
ガンが指さした先には、巨大な薔薇のつぼみがあった。真っ赤な薔薇は、次第に内側から黒く変色し、溶けるように消えた。つぼみの咲いていた場所には、結芽だったものが飛んでいる。
しかし巨大なつぼみに相当魔力を吸われたのか、結芽だったものの動きが鈍った所に、赤い影が続けざまに種子を撃ち込み、爆破させた。
すると、結芽が首にかけていた金色の冠が砕け散った。同時に結芽を包んでいた黒い魔力も消え去り、体が元に戻って落下した。
「……『薔薇』の魔法少女、ローズ……」
「呼んだ?」
「っ!?」
日本人なら誰しもが見たことのある魔法の使い手の名を呟いたファンの背後から、本人が返事をした。ついさっきまでかなり離れた場所にいたはずなのに、音も魔力もなく。
薔薇の花束をひっくり返したような、真っ赤なドレス型のコスチュームを纏っているのは、「薔薇」の魔法少女ローズ。
リリィに次いでダイヤモンドと並び、この国どころか世界レベルで見てもトップの実力者だ。周辺地域への被害の少なさや対処の速さ、圧倒的な強さなどから、最優の魔法少女という異名を持っている。
そんなローズが傷だらけになりながらお姫様抱っこで抱えていたのは、結芽だった。
「……その人を、どうするつもりですか?」
「話す理由がない。アンブレラ、あとよろしく」
「ごめんなさいね、えっと……『扇風機』のファンだったかしら? 詳しくは言えないけれど、この子のことは心配しないでちょうだい」
「……」
ファンがボウとガンに視線を向けると、物凄い勢いで首を振られた。手負いと言えど、相手はあのローズだ。それに、瞬間移動を可能にする専用魔法や治癒系の魔法の使い手までいる。
奪い返そうとしても、返り討ちに遭う未来しか見えなかったのだろう。
意識の無いはずのドールだけはなぜかしぶとく這いずって結芽に手を伸ばそうとしていたが、傷がほとんど治ったロータスに抑え込まれてしまった。
未だに意識の戻らないライフセーバーズと、睨むくらいの元気は残っている黒奴殲滅委員会を横目に、ローズはどこかに電話をし始めた。
「ん、私。……非常コードブラック、状況はゴールド。対処は終了。……うん、うん。アンブレラたちはこっち。……ん、すぐ帰る」
「すぐには帰れねぇよ。そこの連中の怪我がまだだ」
「死にはしない。シリンジ、注射だけして。こいつらには、協会に迎えを来させる」
あからさまに不服げな二人に対し、ローズは早くしろとばかりに腕を組んで待つだけ。小さくため息をついて、仕方なくアンブレラが説得する。
「二人とも、お願い。貴女たちが長く病院を離れるのは色々と問題があるのは、分かるでしょう?」
「……チッ」
「……了解よ」
シリンジの専用魔法「注入」は、何らかの効果を注射器を介して対象に注入するというものだ。
効果は人の体に現れるようなものであれば何でも良く、傷を治す効果だけでなく、麻酔や鎮静の効果を注入することもできる。
クトルゥフ・黒奴との戦闘で負傷した魔法少女たちは、その魔法で応急処置を施され、そのまま放っておかれた。
ローズたちはそそくさと、アンブレラの魔法でどこかへ消えてしまった。結芽を連れて。
残されたファンたちは、ローズと同じ歴戦の花の魔法少女であるロータスに視線を向け、質問した。
「……結芽さんに起きたあの現象は、一体……? なぜローズたちは結芽さんを……?」
「……さあな」
ロータスは何も答えなかった。その後、協会の車でライフセーバーズと共に病院に運ばれた黒奴殲滅委員会は、三週間ほどの活動休止を余儀なくされた。




