第四十三話 魔法少女の意味
「放送事故でしょこんなの……」
結芽は砂浜で砂の城や城下町を作りながら、美音たちの配信を見ていた。
緊張でガチガチなスタートから始まり、クイズの第一問をほぼ誰も答えられず、第二問では気まずい空気が流れ、第三問では突然ロッドが荒ぶる。
協会が何を考えているのか相変わらず分からないが、こうして配信を続けているということは、舞もこれを容認しているということ。
結芽は考えるのをやめて、配信をBGM代わりに砂の街を作った。
「さて、こんなものかな? 久しぶりだったけど、なかなかよくできた」
砂の街は最終的に、浜辺を歩く人が必ず二度見するようなクオリティと規模のものが完成した。
幼いころから家族で海に来ていたが、こういう一人でできるものばかりしていたので、無駄に器用になっていたのだ。
ふと、ちょうど空腹であることに気づいた結芽は時計を確認する。いつの間にか十一時過ぎになっていた。海岸に来ている客は、最初の倍くらいに増えている。
まだお昼には少し早い時間だが、海の家はこれから混雑するかもしれないので、早めに食べておこうと決める結芽。
荷物のこともあるので手早く済ませようと思っていたが、海の家には思いがけない人物がいた。
「いらっしゃ……うわっ」
「あっ」
「げっ」
「……はぁ」
「何で揃いも揃って露骨に嫌そうな反応をするのさ」
「ぼ、僕は嬉しいよ。また会えて」
「ああそう」
そこで働いていたのは、梅雨前に巻き込まれた新都心の騒ぎの時に助けた、鈴木一家だった。
蒼三以外はどう見ても結芽のことを疫病神か何かのように扱っているが、まあ残当だろう。
むしろ出会いから何から酷かった関係性なのに、叫び声を上げて逃げ惑わないだけすごいとすら言える。
自覚はあるので結芽は鈴木一家の反応についてはそれ以上何も言わず、注文を済ませる。
「焼きそば、大盛りでひとつ。テントまで持ってきてよ、まだ暇な時間でしょ」
「うちはそういうサービスしてないんだよ」
「持ってきてくれたら借りは返されたものとして受け取るよ」
「おっしゃ山盛り一つゥ!」
脅すような形になってしまったが、テントで待っていると蒼三がちゃんと焼きそばを持ってきてくれた。それも山盛りで。
紙皿からこぼれそうなほどの焼きそばを受け取り、お代を払った結芽は食べ始めようとして――その隣に蒼三が座った。
「当然のように座るね。またナンパ?」
「いや、兄さんたちがご機嫌取ってこいって……」
「へえ」
海の家の方を睨んでみると、こっそりとこちらを見ていた三人がびくりと震えて仕事に戻って行った。
蒼三が戻る気配は無いが、そこにいるからといって特段問題はないので、結芽は普通に焼きそばを食べ始めた。
いざとなれば、割り箸を鼻に突っ込んでやればそれだけで済む。
とはいえ無言で海を眺めているのも退屈なので、結芽は話しかけた。
「……海の家はバイト? それともここらに住んでるの?」
「バイトだね、片道は長いけど。知らない? 極魔道がなぜか突然解体されたんだよ。それで借金もなぜか消えて、やっとまともに働けるようになったんだ」
「……極魔道がねぇ」
ふと結芽は、あの日の翌日に舞に対して事の成り行きを話したことを思い出した。
極魔道のことについても、余すことなく。
ついでに、あんなのがのさばっているのはいかがなものかという旨の話もした気がした。
結芽はそこで考えるのをやめた。極魔道が解体されたのは、シノギで何かボロを出したというだけのことだろう。協会も姉も何も関係ない。そう結論付けた。
「まあ、とにかく何事も無いようで良かった」
「うん……本当にありがとう。あの時、僕たちを引きずってでも連れ出してくれて」
「もう死のうとなんて思わないことだね」
「分かってる。君のくれた命だから、軽々しく投げ出したりしないよ」
結芽の食べ終えた紙皿と割り箸を受け取って、蒼三は海の家に戻って行った。
再び暇になってしまった結芽だが、再び配信を見ようという気にはなれなかった。
友人たちのまだ知らない姿が見れるという点では見ていて楽しいが、黒奴殲滅委員会に関して言えば認識阻害が効かない結芽からすると、ネット民にあれこれ言われるのは見ていて複雑な気分になるのだ。
仕方なく砂の街の拡張工事でもしようかと立ち上がったタイミングで、その街を眺めていた一人の少女に話しかけられた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「ねえ、これ、君が作ったの? 一人で?」
「ええ、まあ、そうですね」
日傘のせいで顔は見えない。街の周りを歩きながら、さりげなくこちらに近づこうとしてくるので、結芽もさりげなく距離を取る。
周囲の視線の感じからして、既に認識阻害は発動されている。
「そんなに警戒しなくてもいいでしょ。――ま、確かにあたしも魔法少女だケド」
「っ……」
「安心して、なんて言っても信じてくれないだろうケド……自己紹介でもすればいいかな?」
隠すかと思っていたが、少女はあっさりと自分が魔法少女であると明かした。
何か企んでいるなら魔法少女であることを隠して仲良くするフリをして、それから適当なタイミングで裏切ればいい。
それをしないということがどういうことか、結芽にはよく分からない。
分かるのは、何か怪しいということだけだ。
「あたしは海原 真帆。『珊瑚』の魔法少女コーラル。ワルプルギスの幹部の一人。よろしくね、結芽」
「へえ、実家がこの近くなんですね。……もしかして、海原旅館って……」
「あ、もしかして泊まってくれてるの? 結構オンボロなはずだケド」
「まあ、確かに外観は趣深い雰囲気でしたね……でも掃除はしっかりされていますし、個人的には好きですよ」
「ふぅん、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
パラソルの下で、結芽は真帆と普通に話していた。
出会った瞬間こそ敵対的な態度を取っていた結芽だが、少し話せば悪い人ではないと判断できたのだ。
「それにしても、警戒を解くのが早すぎない? 警戒しなくていいって言っておいてなんだケド」
「何かするならもうしているでしょう?」
「まさかとは思うケド、ワルプルギスと百合園について、リリィは何も教えてないの……?」
「教わってますよ。それはそれとして、私自身がワルプルギスの魔法少女と仲良くすることは、特に問題はないでしょう?」
「……他人に言われたことを鵜呑みにしない姿勢は、嫌いじゃないわ」
それに、ワルプルギスだからといって悪い人というわけではない。生徒会など、ワルプルギス派と聞いていたので警戒していたが、実際は紬義のような奴もいた。
派閥は派閥、人は人だ。結芽を利用するなら最初から何かしているはずなので、それが無いということは仲良くできないことはないということ。
全ての魔法少女が善人であるわけがないとは理解しているが、全ての魔法少女が悪人であるわけでもないのだ。
「その調子だと、好きな魔法少女とかって聞いても、案外リリィじゃなかったりしそうね」
「ですね」
「あはは、そうよね、違うわよね――えっ?」
「ですから、違うと言ったんですよ」
「……え、嘘……ではなさそうだけど……ち、ちなみに誰なの?」
好きな魔法少女は誰かと聞かれれば、結芽には胸を張って答える人が一人いる。
しかし、それは姉であるリリィではない。
確かにリリィのことも好きだが、それはそれとして一番の推しが誰かと聞かれれば、ただ一人に絞られるのだ。
「『千寿菊』のマリーゴールドさんですよ」
「……聞いてきた相手によって話す内容変えるタイプ?」
「そんなわけありませんよ。よくある話です。昔一度、助けてもらったことがあったんですよ」
その答えはワルプルギス所属の真帆に合わせたものではない。
それは七年前のこと。だが特に劇的な出会いがあったわけでも、特別なことがあったわけでもない。
ただ、黒奴に襲われた所を助けてもらっただけ。それだけと言えばそれだけだし、今の時代よくある話と言えばそれまでだが、結芽にとっては大事な思い出なのだ。
「……ふぅん。あのリリィの妹がねぇ……」
「誰かに話してしまっても構いませんよ」
「誰も信じやしないわよ。そういうあたしだって半信半疑だもの。そもそも誰にも言わないケド」
ふと思い出したように、真帆は携帯を取り出し、画面を結芽の方へ向けてきた。
「ああ、そういえば、お友達と来てるって言ってたけど、そのお友達って、この子たち?」
「……そういう貴女のご家族も、その中にいるのでは?」
ライフセーバーズが襲ってきたのは、海原旅館の敷地内だった。というか旅館の中から攻撃してくる者もいた。
ということは旅館の関係者も混じっているか、許可を取っていなければおかしい。
互いにカマをかけるような質問をぶつけ合い、しばしの沈黙。
「……」
「……」
「……やめていいかしら、このノリ。難しいこと考えるのは苦手なのよ」
「じゃあやめましょっか」
だがそういう感じのノリが、真帆はこれでもかと言うほど嫌いだった。
細かいことは考えずに遊んでいたい。魔法少女として戦うのだって、軽いノリから始めたら妙に才能があって逃げられなくなっただけ。
真帆は少し考えて、何かを思いついて立ち上がった。
「……そうだ! 君、今日ここに来たばっかりなんでしょ? この町のことならある程度詳しいから、案内できるケド、どうかな?」
「良いんですか? ご実家に挨拶とかは……」
「いいのいいの。どうせ今行っても誰もいないもの。それに、君に見せたいものもあるから」
「いやでも、荷物のこともありますし……」
「あたしが魔法少女だって忘れてない……?」
荷物の周囲に認識阻害をかけてもらい、結芽は真帆に連れられて街の方へ向かうことになった。
念のため、鈴木一家に目配せしておく。特にこれといった意図はないが、適当に深読みしてくれればそれでいい。
「ここは海に面した町ってだけじゃなくて、漁村でもあるんだ」
「漁村ですか……この時代にまた珍しい」
「……珍しいだけなら良いんだけどね」
真帆に連れられて、結芽は町を歩いていた。
街並みは当然ながら地元とは異なり、雰囲気もどこか変わっている。
しかもどうやら、ここでは今の時代にも漁業が盛んらしい。
今時、海に出るなんて黒奴に殺されに行くようなものだというのに。
それでも漁業ができるということは、それだけ運がいいか……魔法少女に漁船の護衛でもさせているかだろう。
「ほら、見なよ」
「……反魔法少女組合……」
「移動しよっか。この話は、こんな所じゃ誰が聞いてるかも分からないから」
少し進んだ先で見せられたものは、がっつりと反魔の看板を掲げた建物だった。
確かに聞かれるとまずそうだったので、結芽は連れられるがままに人気のない高台まで向かった。
「あの組合については、ある程度知ってるっていう認識でいいかな?」
「多少は。いたいけな少女に戦わせるなとか何とかって、よく分からないことを言う連中ですよね」
「言うだけじゃなくて実害があるんだよ。本当に面倒なことにね」
聞けば、この町の大人たちは大体組合の思想に染められているとのことで、協会の言うことを聞こうともしないのだ。
しかも魔法少女の言うことも聞かないときた。
「黒奴くらい自分たちで何とかできる。これまでだって大体何とかできてきた。そんなどうでもいいことばっかり言って……」
「ライフセーバーズがわざわざその護衛をすると……」
死にたい奴らは勝手に死なせておけばいいという感想しか浮かばない結芽だったが、彼らからすればそうもいかないのだろう。
今の所出現した黒奴はライフセーバーズが対処して、死人も出ていないがためにバカな大人たちは図に乗っているとのことだ。
「しかし……なぜでしょう? わざわざそんな奴らを助けようだなんて……」
「郷土愛だよ。あのチームの子たちは皆、この町で生まれ育ったから」
理由は、結芽にはさっぱり理解できないものだった。
そんなことのために、言うことを聞こうともしない大人たちを、命懸けで守っているのかと。
「でも長くは続かない。これまではロータスがいてくれたけど、今のあの子たちに彼女の代わりになるほどの力はない」
「……」
「私がここに来たのは、あの子たちと敵対するため。チームの仲間も町に来てる」
「……彼らを町から追い出すということですか」
真帆は答えない。しかし、何も言わずとも理解できる。
「殲滅委員会やあの子たちには悪いけど、私には我慢できない」
「……その感情は、至って妥当なものと思われますよ」
「……ありがと」
結芽は魔法少女ではない。ゆえに、細かい事情などは理解できない部分が多い。
そのことが、こうももどかしく感じるのは初めてだった。
物理的な力は足りている自信があるが、それ以外は何もかも足りていない。あるのは姉のネームバリューくらいのものだ。
「じゃあね。また会う時は敵かもしれないケド……邪魔はしないでくれると嬉しいな」
 




