第四十二話 魔法少女の生配信
ライフセーバーズに所属する魔法少女は五名。
一人目はリーダーであり近接戦闘を得意とする、海賊のようなコスチュームを纏った「羅針盤」の魔法少女コンパス。
本名は井島 祭里、現在高校二年生だ。
「魔法少女が動画配信ねぇ……これが特訓になるの?」
「内容の指定は無いから、特訓の様子を配信すればいいのさ! それに、ただ戦闘技術を磨けば強い魔法少女になれるというわけでもないのだからね、魔法少女の合宿にはむしろもってこいと言える!」
「物は言いようね」
「手厳しいな、はっはっは!」
二人目は同じく近接戦闘が主体の、一寸法師のようなコスチュームを着た「針」の魔法少女ニードル。
本名は針山 六葵、歳はコンパスと同じだ。
「私たちが合宿するって話をどっかから聞きつけて、協会が茶々入れてきやがったンだよ。私たちだって本意じゃねェ」
「それにしては随分と用意がいいんですね」
「確かに、カメラスタンドとか照明とか、パソコンにモニターまで、結構大がかり……」
「借り物だ。私たちが持ってきた物は、全部泡沫が持っていった」
三人目は中・遠距離戦闘専門の、セーラー服風のコスチュームの「船」の魔法少女シップ。
本名は船橋アンジェリカ。ドールたちと同い年だが、魔法少女歴は二年とそこそこ長い。
「きょ、協会の人に、機材が足りないと言ったら用意してもらえまして……」
「……私たちと戦ってた時とテンションが違くないですか?」
「さっきは喋り方もカタコトでしたよね」
「うぐっ」
「シップはああでもないと緊張して動けないからな! はーっはっはっは!」
「コ、コンパスさんだって、同じような理由でそういうキャラ付けじゃないですか!」
四人目は近・中距離戦闘を行う、背中に雷神のような太鼓を背負い、和風のコスチュームを装備した「電池」の魔法少女バッテリー。
本名は池田 雲。現在高校三年生で、チーム内では最年長だ。
「配信だから、一人だけ喋らないのがいたら目立つだろうなー……眠いのになー……」
「もしかして、魔力の対価で?」
「そうそう。使い過ぎると眠くなっちゃって……君のコスチューム、風神? 対価は?」
「風力です。風を受けている限りは戦い続けられます」
「うひゃあ、ズルでしょそんなのー……風雷神コンビで仲良くできると思ったのに……」
最後の五人目が遠距離担当、魔法少女というよりも釣り人と言われた方が違和感のないコスチュームを着た「釣竿」の魔法少女ロッド。
本名は海原 夏帆。実はボウとガンと同い年で、チーム内の最年少だ。
「でも成功させられれば、魔法少女の動画投稿が協会に正式に許可されて、お金目当ての魔法少女がナワバリを荒らすことが減る……かもしれないとのことだから! 頑張ろー! おー!」
「……そういえばここ、他所との抗争の真っ最中だったわね」
「いいじゃないかドール。貴重な機会だ、こういうことも経験しておくべきじゃないかい?」
「別に反対はしてないわ。特訓になるかどうかが心配だっただけで」
ライフセーバーズにも色々あるらしい。黒奴殲滅委員会としては合宿させてもらっている側だし、ドールたち自身特に反対する理由がなかったので、話はすぐにまとまったが。
「安心して! 企画は皆で話し合ったから! まずは打ち合わせしよ?」
「……そこの人寝てるけど、大丈夫なの?」
「ああっ、バッテリー! まだ始まってすらないんだから頑張って起きてよ!」
「私が抵抗したせいでもあるんだ。少しくらい休ませてあげてもいいんじゃないかな?」
「今更だけどよォ、この人数全部写すのか? 九人もいるぜ?」
「はっはっは、計算外! 画角や立ち位置は工夫しないとだね!」
やる気は十分なロッド。対価もあるが、そもそも寝不足で眠気を抑えられないバッテリー。ヤンキー座りで気だるげなニードル。高笑いで想定外であることを暴露するコンパス。棒立ちのシップ。
一歩引いた位置からその様子を眺めていたボウは、頭を抱えずにいられない。
「どうしよう、幸先が不安でならない」
「大丈夫だよボウ! デジタルタトゥーが残るようなことになっても、認識阻害で私たち自身が特定されることは無いんだから!」
「そういう問題じゃないんだけどな……」
しばらくして、ロータスが予め取ってくれていた配信枠の時間。
カメラとパソコンを弄りながら、ドールは首をかしげる。
「……設定これで合ってるの?」
「これで後は時間が来るのを待つだけ……のはず!」
「モニターに私たちが映ってる……」
「不思議な気分だね」
「……これもう配信始まってるんじゃねェのか? コメントが反応してるぞ」
・魔法少女の配信と聞いて。
・協会もトチ狂ったか……。
・人数多くね?
・場所どこだここ。海辺の岩場っぽいけど。
・特定班はやくして。やくめでしょ。
気が付けば配信は始まっていて、同時接続数は3000人を超えていた。
それだけ魔法少女が注目されているということだろうが、ロッドは緊張で前もって頑張って考えていた挨拶が頭から吹き飛んでしまった。
「あ、え、えっと、コンパスお願い!」
「任された! …………えっ?」
「はぁ、タイトルの通りよ。魔法少女が配信するわ。アタシたちが黒奴殲滅委員会」
「……あっ、私たちがライフセーバーズだ! よろしくたのむ!」
・クソ緊張しててワロタ。
・そら(魔法少女の配信とか前例無いんだから)そうよ。
・黒奴殲滅!?
・セーバーズ……これまた大物が出たな。
・あの子たちの活動範囲どこだっけという感情と、殲滅って何だという感情のせめぎ合いが俺の中で起きてる。
とりあえず挨拶はできたものの、コメントの勢いは止まず、ロッドも打ち合わせの内容がぱっと出てきてくれない。
そこですぐに、隣に立っていたドールが助け舟を出す。
「ほら、司会進行。ボサっとしないでよね」
「な、何でそんなに平然としてるの!? 魔法少女っていう話題性だけで既に同時接続数が数千単位なんだよ!?」
「だって目の前にいるわけでもないじゃない」
「カメラに向かって喋るのは確かに気恥ずかしいけれど、そこまで緊張はしないかな……」
「うぐぐ……後輩チームに負けていられるものか! ではまずは魔法少女基礎知識クイズから!」
・ほんとに本物? いつもの釣りじゃないの?
・今回は協会の公式サイトにリンクがあるんだからマジだろ。
・クイズ……協会の秘密主義のせいで基礎すら知らないからなぁ。
・ま、魔法少女養成高校とかあるから……。
・そこ、魔法とか魔力とか黒奴については知れても魔法少女については教えないだろ。
ロッドやシップはガチガチになっているが、ドールたちは割と自然体だった。
それは単にドールたちのチームがこれまで人の目を気にせずにやってきたからというだけのことだったが、ラーフセーバーズからすれば後輩なのに妙に場慣れしているように見えた。
このままでは先輩としての威厳が危ういと思ったロッドは今度こそ緊張を振り払って話を進める。
「あれ、自己紹介は飛ばすの?」
「えっ……あっ!」
「時間かかるし、各自協会のサイト開いて探してもらって、コスチュームとかで判断してもらう形でいいんじゃないかな」
「私も面倒だからそれにさんせー……」
・ごめんね。おじさん、若い子の顔の区別がつかない歳なんだよ……。
・画面左からボウ、ガン、ファン、ドール、ロッド、コンパス、ニードル、シップ、バッテリーだな。俺は詳しいんだ。殲滅委員会は二人いないのか。
・マジで詳しいじゃねーか! ちなみにそれぞれチームは黒、黒、黒、黒、ラ、ラ、ラ、ラ、ラ、な。綺麗に分かれて並んでる。
・いや……助かる。
・でかした!
少しばかり話を端折ってしまったが、それはボウとガンがアシストした。
「えーっと……台本だと自己紹介の後どうするんでしたっけ」
「こ、ここでクイズですヨ」
「あ、そっか。シップありがと。……では第一問! 魔法少女の定義を答えなさい!」
それでもこんがらがってしまった部分はシップも助けて、ようやく本題に入れた。
「モチーフで変身した女性」
「んー、60点!」
「魔法が使えて、モチーフに選ばれて、一度でも変身した女性……?」
「惜しい、80点!」
「魔法少女」
「0点!」
・やべぇ、何がいい線行ってるのかさっぱり分からねぇ。
・安心しろ、多分コメ欄の誰も分からん。
・ま、魔法少女に変身したら魔法少女じゃないの……?
・モチーフって何ぞ。
・選ばれるって何だよ。
ドール、ボウ、ファンが答えるが、正解には掠るだけで100点満点が出ない。
ロッドからすると、ここで引っかかるのは想定外だったのだが。
「第一問だから簡単にしたつもりだったんだけど……」
「嫌味かしら」
「違うよ!? ほ、ほら! 問題は協会に渡されたものだけど、コンパスとか分かるんじゃないの?」
「そうだね。私はこう見えてそれなりに長いこと魔法少女をしてきた……そのうえで言おう! 知らない!」
「バカがよォ」
・女の子がわちゃわちゃしている様子をただ見るだけ……日常系アニメかな?
・現実は深夜帯の魔法少女やぞ。リリィだけニチアサみたいな世界観だけど。
・そんなあなたに! つ「衝撃! 引退した魔法少女とその理由十選」
・やめろォ!(建前)やめろォ!(本音)
・グロは嫌じゃ……R-18はR-18でもR-18Gは嫌なんじゃ……!
しかしまさかの自分たちのチームのリーダーですら回答できない始末。バカ呼ばわりしたニードルも、指そうとするとすっと顔をそむけた。
「じゃあシップ!」
「え!? え、えっと、『モチーフに選ばれて変身した協会の認めた女性』……?」
「正解! 今のが答えだよ! 一度くらい聞いたことあるでしょ?」
「?」
「?」
「ガン、ある?」
「無いかなー」
「何でないのさぁ!」
・協会が用意しましたって感じの答えだな。フリーの子とか探せばいるんじゃないの?
・↑フリーである利点がない。協会には縛られるけど、所属したところで向こうに強制力はないし。
・だからモチーフってなんだよ!!
・魔法少女……魔法少女がつけるのっ……!
・変身アイテム的な……?
ようやくシップが正解にたどり着いたものの、黒奴殲滅委員会は全員聞いたこともなかった。
一応その辺りの話はジェードからされているし、魔法少女専用のアプリにもそういった情報について書かれた辞書のようなものがある。
誰もそんなものは記憶していなかったし、存在すら把握していなかったが。
「あ、コメントで質問があったから答えるとね、モチーフっていうのは魔法少女の変身アイテムなんだ。ほら、私ならコレ」
「魔力の蓄積、コスチュームの展開、認識阻害、肉体強化、体を覆うバリア、変身前に持ってた荷物の格納。全部やってくれるのよね」
「そうそう! ……それは知ってて、魔法少女の定義は分からないんだ……」
「だって黒奴との戦いに必要ないじゃない」
・バーサーカーで草。
・そりゃ殲滅なんて名前のついたチームだからな。
・黒奴殲滅委員会は戦果なら実際新興チームの中だとトップクラスやぞ。
・あのジェードとアイアンがいるからじゃないの?
・戦闘風景で検索してみ。今画面に映ってる子たちがガンガン戦ってるから。
あくまでドールたちにとって魔法少女に変身する目的は戦うため。もちろん上手く戦うために自分たちについて知ることは重要だと思っているが、定義などは後回しなのだった。
モチーフの役割は、把握しておかないと不便があるかもしれないので把握しているだけのことなのだ。
「選ばれるっていうのは、モチーフが魔法少女の適性がある人の枕元に謎の力で出現するから、そういう風に言われてるの」
「魔法少女の名前も、モチーフの和名、英名を順に並べるのが基本だね!」
「私なら『電池』の魔法少女バッテリー……みたいな」
「モチーフが戦闘に向くかどうかと実際の魔法少女としても強さは別問題だから、気をつけるように!」
・百合の魔法少女が最強だからそれは勘違わないけども。
・それはそれとして弓とか銃とか、モチーフの殺傷能力が高すぎる子がいない……?
・逆に人形とかはどうやって戦うのか想像つかないな。
・あっ、魔法少女の名前ってそういうことだったの!?
・しかし何故二度も同じ意味の単語を並べる必要が……?
ざわめくコメントだが、いちいち反応していてはキリがない。既に同接が一万人に近づきつつあるのだ。まずはクイズを進めて、質問には必要があれば答えていく形式にしようとロッドは思った。
「では続いて第二問! ……難しかったみたいだからマルバツ形式にするね?」
「舐めないでちょうだい。でも時間かかるからそのまま続けて」
「え、えっとそれじゃあ、魔法少女に対して、魔法は使えるけどモチーフには選ばれなかった人は、魔法使いと呼ばれる。マルかバツか!」
「そんな人いるんだ……」
「えっ」
「えっ」
「えっ?」
・よくテレビとかで種も仕掛けもありませーんって言ってるアレか。
・それを知らないってつまり、テレビを家で見ない……? 家にテレビがない……?
・でもほら、最近はテレビ離れとか多いって言うし。
・でも双子っぽい子は知らないことに驚いてるぞ。
・……魔法が使える子供とか、家庭環境大変だろうからなぁ……。
ボウとガンは、家では両親に魔法少女であることを隠して生活している。
魔法が使えるとバレて良いことなど、一つとして思い浮かばないためだ。
といっても、魔法少女であることを親に隠す魔法少女というのは、別に珍しいものではない。
モチーフに選ばれるのは大抵年頃の少女ばかりなので、両親にあれこれ言われるのを嫌って黙って変身して認識阻害で面倒事は誤魔化すというのは、よくある話だ。
「せ、正解はマル! ボウ以外正解……」
「ごめんね……ごめんね、ボウ……」
「……別に、姉さんのせいじゃないでしょ」
「あの二人、双子か?」
「ああ、うん。色々あるみたいでね」
「……く、空気を入れ替えよう! ロッド、次の問題だ!」
「あ、は、はい!」
・顔、体格、声! 双子ソムリエの私が保証しよう、彼女たちが双子である可能性は、極めて高い!
・何だろう、日常系と思って見に来た連中を悉く地獄に落とすのやめてもらえます?
・どこぞの学校で暮らすアニメみたいだぁ(直喩)
・殲滅なんてついてる名前のチームのメンバーやぞ。
・多分それぞれに暗い過去があるのだろうと思うと、この風景だけで泣けてくる。
空気が重くなってしまったので、コンパスはすぐに次の問題を出すように指示した。
「えーっと、では、第三問――」
・ホント、魔法少女とかやめて普通に青春して欲しいわ……。
しかしロッドは、ふと映ったコメントを見て、動きを止めてしまう。
「――……普通?」
「……どうしたのよ?」
「コメント見て固まっちゃいましたね」
「荒らしか? ンな奴ら気にするだけ時間の無駄だぜ」
「はっはっは! 強気だね、ニードル! 乙女な所もある割に!」
「……ロッド? どうしたんですカ?」
肩に置かれたシップの手を振り払い、ロッドはコメントを表示していたスクリーンに掴みかかる。
借り物なので壊すのはまずいとニードルが羽交い絞めにするが、ロッドは遠距離攻撃が主体とは思えない抵抗を見せる。
「……普通って、何……魔法少女であることの何が悪いことなの……戦える力を望むことの、何が間違ってるって言うの!」
「おい落ち着けロッド! そいつは借り物だ!」
「聞き飽きた! 普通に生きろとか復讐は無意味とか、危ないことはやめろとか変身するなとか! この街を守る! お母さんたちの仇も討つ! その何が悪いって言うの!!」
「分かったから一回落ち着きなさいってば!」
仕方なく、ドールが肩に手を置くように見せかけて人形操糸を発動させ、ロッドから両腕のコントロールを奪い、次に足の力を抜かせて座りこませる。
ロッドはどういうつもりだとばかりに睨みつけてくるが、ドールは気にせずに頭を撫でる。
「何も悪いことじゃないでしょ。何をそんなに取り乱してるのよ」
「ッ……!」
「不幸自慢なんてする気はないけど、アタシもファンも、目の前で家族を殺されてるのよ。復讐心に突き動かされて魔法少女やってんのは、何もアンタだけじゃないのよ」
「……ぁ、えっと、その……ごめんなさい」
「だから何で謝るのよ……」
会話は配信にがっつり乗っているのですぐにでもネットの海に拡散されてしまうことだろうが、ドールもファンも特段気にならなかった。
よくある不幸なのだ。よくある話なのだ。大人はあれこれ言うだろうが、魔法少女になって戦うのはこちらだ。
「いいじゃない。魔法少女は命がけの危ない仕事だけど、復讐はアタシたちを満たしてくれる。戦えなくなるまで戦い続ければいいのよ。復讐が直接的にアタシたちの死を招くわけじゃないんだし」
「ドール……」
「おい待てうちのロッドに何吹き込んでやがるテメェ」
「はっはっは! 今は抑えるんだニードル! ……彼女を説得できるのは、同じ境遇の人間だけだ」
ニードルとコンパスからしてもそんな話はしてもらいたくなかったが、ロッドは出会った時からずっとこの調子で、自分たちでは変えられなかったことをコンパスは理解していた。
ニードルも、それを理解したくなかっただけなのだ。
出会ったばかりの気狂いみたいな魔法少女の言葉で変わってしまうロッドを見たくないという感情もあっただろうが。
「もしかして、そっちの二人も……?」
「いや、私は別に」
「私たちの両親は健在ですよ。……忌々しいことに」
ガンの言葉の後半は囁くように呟いていたので、すぐ横にいたボウ以外には聞き取れなかった。
逆に言うと、ボウにはしっかり聞き取れてしまったのだが。
姉のせいで自分は愛されなかったのに、愛されている姉は妹を愛さない親を疎ましく思っていると、ボウは知ってしまったということになる。
「……そっか、そうだよね。生きて帰れば、誰も文句なんて言えないよね!」
「そう、その意気よ! ほらほら、クイズの続きやるわよ!」
「えっ、あっ、逃げちゃダメですか?」
「ダメよ」
その後すぐにクイズが続いたせいで、その件をガンに問い詰めることはできなかったが。
 




