第四十一話 海辺の魔法少女たち
まだ九歳だったころの結芽はその日、クローゼットから引っ張り出した黒っぽい服を着て、大勢の見知らぬ大人に囲まれながらじっとしていた。
場所は葬儀場。棺桶の向こうで花に囲まれた写真に写っているのは、結芽の両親だった。
『――それで、あの子たちはどうするのよ。私は嫌よ? 親の葬儀にも参列しない姉に、あんな人形みたいな妹……不気味じゃない』
『俺も嫌だけど、放り出すわけにもいかないだろ』
『あいつらの祖父母はどうしてるんだ? ド田舎でも引き取れないわけじゃあるまいし』
『連絡つかずだとさ』
『クソっ、面倒な置き土産ばかり残していきやがって……』
結芽には今がどういう時間なのかよく分からなかったが、大人たちがロクでもない相談ばかりしていることは分かった。
両親の死を聞いて駆け付けた大人はそれなりにいたが、その中に本当に別れを悲しむ者が少ないことにも、気づいていた。
この場に舞はいない。少し離れた場所に金冠クラスの黒奴が出たとのことで、葬儀が始まる前にどこかへ行ってしまった。
『へへへ、なら俺が預かってやろうか?』
『くははっ、お前ロリコンかよ』
『バカ言え。妹の方には興味ねぇよ。……だが姉の方。こいつは中々上玉だぜ?』
『つってもまだ十二のガキじゃねーか! ははははは!』
結芽は聞き耳を立てる。情報を集めるために。今この場で自分が起こすべき行動を考えるために。
『なあ、あー……ユネちゃんとかって言ったか? これからはおじさんと一緒に暮らすんだ。いいな?』
下卑た笑みを浮かべて近づいてくる、薄汚い大人。
その後ろでニヤニヤ笑いながら、おこぼれがもらえるならそれで良しと考える大人。
どんな奴でも引き取ってくれるならそれでいいかと、静観する大人。
大人。大人。大人。頼りにならない大人。信用できない大人。大人は敵。敵はどうすればいい。敵は排除すればいい。
『……あぇ?』
慣れ慣れしく頭を撫でようとしてきたその大人の腕を結芽はへし折った。
痛みを脳が処理することを拒んでいるのか、その大人は蹲ったまましばし呆然としていたが、痛みを理解すると騒ぎ出した。うるさかったので、結芽は頭を蹴とばして黙らせた。
ざわめく大人を無視して、結芽は司会が使っていたマイクで、会場に残っていた大人たちに呼びかける。
『……お集まりの皆さん、一度静粛に願います』
誰が騒がしくしたと思ってるんだ、という視線は受け流し、逆にどうしてこうしなきゃならなかったか分かるな、という目で睨み返す。
『私はお姉ちゃんと一緒に暮らします。今後もあの家で、二人静かに暮らします』
腕をへし折ってやった大人の取り巻きが何やら騒ぎ立てるので、結芽は近くにあったパイプ椅子を投げつけて黙らせる。
『邪魔をするなら、相応の覚悟をお持ちください。文句がある方は語り合いましょう。拳で』
今の結芽と舞の暮らしは、こうして始まった。
「――寝ぼけるのも大概にしなさいっ!!」
「痛っ! ……あれ、ここは?」
「ははは、魔法を使わなければ対処できないなんて、流石は結芽さんだね」
「ちょ、ちょっと! この車、レンタカーなんですからね!? あんまり変なことはしないでくださいよ!?」
目が覚めると、結芽は車の中にいた。
しばらく呆然と車の天井を眺めていると意識も覚醒してきて、ようやく今がどういう状況かを思い出せた。
自分の年齢は九歳ではなく十五歳だし、ここは葬儀場ではなく海へ向かう車の中だ。
夏休みに入り、美音たちの魔法少女合宿になぜか同行することになって、今は移動中だった。ちなみに運転は先生だ。
「うなされてるから何事かと思えば、突然組み付いて腕折ろうとしてくるわ、鞄投げつけるわ……どんな夢見てたのよアンタ。寝相が悪いとかそういう次元じゃなかったわよ?」
「ご、ごめん、そこそこ嫌な夢だったから……」
「嫌な夢ってだけであそこまで……?」
「今日から一緒の部屋になるのが、少し不安になってくるよ……」
昨晩は久々に引っ張り出した海水浴のための道具が思いのほか汚れていたので、その掃除をしていたら夜遅くになってしまい、寝不足だったのだ。
おそらく、テントなどを見て昔の家族旅行を思い出し、今になって先ほどのような夢を見たのだろう。
「何時間くらい寝てた?」
「一時間くらいよ。もうすぐ目的地って所」
「ありゃま、勿体ない。皆と話したかったのに……」
「この後いくらでも話せるんですから、そのくらいいいじゃないですか」
「そうですよ! むしろ、疲れているなら寝るべきです!」
「もう十分休んだから大丈夫だよ。事前の準備は計画的にするべきだね……大丈夫だと思って、たかをくくってた……」
窓の外を見てみれば、既に海水浴場が見えた。まだ朝の八時頃だが、既に泳いでいる人の姿がちらほらと見える。
そこまで人で賑わっているわけではないが、海岸は綺麗に整備されており、海の家も何軒か並んでいる。
「海は久々なんだっけ?」
「うん。昔はよく来てたんだけど、最近はお姉ちゃんの予定が合わなくて……」
「あー……アンタのお姉さんだと、そりゃあね……」
「むっ、美音ちゃん。それは暗に、私は大体暇してるって言いたいの?」
「姉さんも姉さんで忙しいのは知ってるわよ。今日は時間作ってくれてありがと」
「どういたしまして!」
「結芽さんのお姉さんって、何か特殊なお仕事でもしてるんですか?」
「……まあ、そんなところだね」
車内の会話には混ざらずに、結芽はただ海を眺める。
「……お姉ちゃんとも、また来たいな」
話し声とラジオから流れる音楽で、その呟きが誰かに聞かれることはなかった。
それから十数分ほど移動すると、目的の宿までたどり着いた。
車から荷物を引っ張り出し、結芽がどうにか運んできたものの、一行は宿の前で足を止めていた。
「……予約してた宿って、ここでいいのよね?」
「その……はずだよ。海原旅館って看板まであるんだから」
「……ボロい……」
「しっ、いくらホントのことでも、そういうことは心に秘めておくものだよ夢唯ちゃん!」
「結唯、それだと何のカバーにもなってないよ」
木造で、苔や謎のツタが生えた二階建ての建物。文字が掠れ、傾いた看板。荒れてはいないものの、独特な整備をされた庭。
廃墟一歩手前というか、半歩手前というか。隣の新築らしきホテルに行ってしまいそうになったが、確かに宿泊券に書いてある建物と名前が一致していた。
残念だが、ここなのだろう。
「とりあえず、入ってみよっか。見た目は多少古いけど、泊まる分には特に問題はないわけだし」
「まあ……そうね。合宿に支障があるわけでもないものね」
「ちゃんと睡眠が取れなかったら支障がありそうだけどね」
「チカ、余計なこと言わないの」
間違っていないならとりあえず入ってみようと、一行は敷地に足を踏み入れ――その瞬間、旅館の二階の窓から、魔力弾が飛んできた。
「結芽ッ!」
「言われずとも!」
美音は結芽を後ろに放り投げ、結芽は結芽でそれに対応してうまいこと着地し、少し離れた木の影に身を隠す。
その間に千風が専用魔法で砂埃を巻き上げて敵の視界を遮り、変身した。
「随分と随分なご挨拶じゃない……! いいわ! そっちがその気なら、徹底的に相手してあげる!」
「そりゃありがたい! 獲物の方が釣り針にかかるとはね!」
「面倒くせェことしやがって……いい加減ぶっ潰すぞ!」
「!」
砂埃など気にせずに突っ込んできたのは、見知らぬ魔法少女。
一人は赤と銀の二本のサーベルを、一人は巨大な針をレイピアのようにして、ドールに襲い掛かってくる。
糸で軌道を逸らし、防壁で防ぎ、時には飛んで回避していくドールだが、二対一では流石に無理がある。
それを見て救援に入りたいファンたちだが、こちらもこちらで他の魔法少女に邪魔をされていた。
「貴女の相手は私!」
「わたしまだ眠いんだけどー……ま、こういうことなら仕方ないか」
「くっ……話くらい聞いてくれ!」
ファンを攻撃しようとしているのもまた、二人の魔法少女。
一人は釣り竿を振り回すことでまるで意思を持っているかのように釣り針を動かし、もう一人は全身から電気を迸らせ、飛び回るファンを追いかけている。
動きを止めればどうなるか分からず、声をかける暇もない。ドールの救援になど、当然ながら行けるはずもない。
「Fire!!」
「ボウ! 直撃したら一発だよ!」
「分かってる! というか掠ってもアウトだよ!」
「ちょこまかと……榴弾で一網打尽にしてやりマス!」
ボウとガンの方も一人の魔法少女に絡まれていた。
問題なのは、その魔法少女の専用武器らしきものだった。それは完全に、小型化しただけの艦砲だったのだ。
装甲に阻まれて攻撃はなかなか通らないだけでなく、主砲の威力は反動で地面がひび割れるほどだ。
砲弾の種類まで変えられるとなれば、長期戦は不利。とはいえ銃と弓で軍艦に勝てるはずもなく、じわじわと追い詰められていた。
「……そこのお前、この状況の説明はできるか?」
「宿に入ろうとしたら攻撃を受けました。現在迎撃中です」
「分かった。本当に申し訳ない。私が止めて来よう」
「えっ、止めるって……」
結芽が木に隠れてそんな戦闘の成り行きを見守っていると、車椅子に座った女性が話しかけてきた。
女性は結芽に事情を聞くと、突然車椅子からふわりと飛び上がった。何が何だか分からないが、魔法を使える人であることは理解できた。
魔法と思われる力で浮かび上がった女性は、ファンの比較にならない速度で戦闘の中に突っ込んでいく。
そして、まず軍艦少女を転ばせて行動不能にし、それを見て驚いて動きの止まった電撃少女を打ち落とす。
さらに釣り竿の少女は頭を掴んで持ち上げ、針の少女に投げつけた。
最後に残ったサーベルの少女は、手元に生成した巨大な蓮の花で押しつぶした。
「な、何でぇ……?」
「……まさかだけどよォ、こいつら襲撃者じゃないんじゃねーのか……?」
「で、でも、魔法少女だよ! 来客の予定なんて……あっ」
「スヤァ……」
「バッテリーさん、起きてくだサイ! ロータスさん激おこですヨ!」
「お前らなあ……」
力づくで戦闘を中断させると、女性は臨戦態勢を解かないドールたちの方に向き直り、頭を下げて挨拶をした。
「バカどもが失礼した。こんな形になってしまったがようこそ、歓迎するよ黒奴殲滅委員会ご一行。彼らがライフセーバーズ。私が元『蓮』の魔法少女ロータスだ」
なんやかんやあったが、旅館に荷物を置き、結芽たちは砂浜まで来ていた。
先ほど一時は戦闘になったライフセーバーズとも和解し、当然のように一緒に来ていた。
何でも彼らは最近近くの魔法少女とナワバリについて揉めているとのことで、ちょうど気が立っているタイミングで美音たちが魔力を隠さずに立ち入ったことであんなことになってしまったとのこと。
ロータスは何かお詫びをと言っていたが、美音は特訓をつけてもらえるならそれでいいと答えた。
これが噂の、とライフセーバーズにはドン引かれたが。
「海だ!」
「海ですよ!」
「海ね!」
「海だね」
「海だ……」
「……他に感想ないの!?」
ツッコミを入れるのは、先ほどファンと戦っていた「釣竿」の魔法少女ロッドこと、海原 夏帆。
結芽たちは新都心から滅多に遠出しないので、海というだけでも貴重なもののように感じるのだ。
とりあえず、魔法少女は魔法少女でやることがあるはずなので、結芽は荷物を預かっておくことにした。
「テントとかは私が用意するから、皆は好きにしてていいよ」
「えっ、でもそれ全部は重……あ、いや、何でもないです」
「そう? ならありがたく、早速合宿らしく特訓でもしましょ!」
テント、パラソル、ビーチチェア、浮き輪、着替え。
結芽たちが持ってきた分とライフセーバーズが用意した分、合わせればそれなりの重さになるはずだが、結芽は当然のように持ち上げて歩いて行った。
足が砂浜にそこそこ沈んでいるので軽いはずがないのに、軽々と。
あれも魔法少女か、という何人かの視線には、ファンが首を振って答えた。
「……あれ? 説明受けてない?」
「えっ?」
「特訓する気で来たなら悪ィけど、今回のはちっとばかし方向性が違うぜ」
美音はモチーフの人形を握りしめ、適当な場所で変身してさっさと特訓を始めようと意気込んでいたが、どうにもライフセーバーズとの認識が違うらしい。
合宿で行うことについての説明を受けている間に、結芽はテントやビーチチェアの準備を終えていた。
ちなみに元「蓮」の魔法少女ロータスこと蓮見 翠花は、車椅子では難しいとのことで来ていない。
「……こんなところかな」
小さい頃から力が強かったので、テントの設営などは手伝ったことがあり、手慣れたものだった。
日に焼けるのは嫌だったので、ひとまず日焼け止めを塗るためにテントの中に退避する。
「泳ぐ……のは、荷物がちょっと不安か。砂のお城……は、日焼け止め塗ってからかな」
一人でも海でできることはたくさんある。皆の荷物があるのであまり離れるのは不安だったが、それでも大して問題はない。
昔から海に家族で来ても舞とは基本別行動で、むしろ一人ですることの方がたくさん思いつく。
日焼け止めを塗り終え、さてまずは何をしようかとテントの外に出ると、携帯に着信があった。
連絡を寄越したのは、なぜか美音。Iineを開いてみると、動画サイトへのリンクが貼ってあった。
「……魔法少女配信……?」




