第三十四話 しかしほぼ自業自得である
「結界があるから入れないぃ? 何よそれ、どういうことよ!」
「ドール、一度落ち着いて。まずは話を聞こう?」
新都心南部に出現した黒奴の救援要請を受けて出動した黒奴殲滅委員会だったが、ギリギリ黒奴が見えるか見えないかというくらいの位置で足止めを食らっていた。
六人の邪魔をしているのは、透明な壁。目には見えないが魔力を探知すればそこに壁があることはすぐにわかる。
しかも、その壁は数キロ単位の範囲で黒奴の出現した街を包んでいた。
「というかまず結界って何よ」
「単に半球状とかに展開した魔力防壁のことだよ。これはそこに専用魔法か何かで色々付加効果を付けてるみたいだね。鳥とかを見る限り、内側からは出られるけど外からは入れないタイプかな」
「このレベルの結界……『代行』が出張ってやがるのか……」
「何それ?」
「黒奴討伐代行要請組合って名前のチームだ。やたら長ェからそう略すことが多いな。オレは勝手に他力本願ズって呼んでるがな」
魔法少女のチームの活動は、基本的にある程度の範囲のエリアをナワバリとして行われる。
他所のチームとのトラブルを避けるために生まれた暗黙の了解がそのまま制度になったものなのだが、当然ながらそれでトラブルが無くなるということはない。
黒奴殲滅委員会の担当している新都心東南東部郊外地区は、元々ジェードが以前所属していたチームの担当していた地区で、丁度空きが出たところに滑り込んだので特に問題はなかった。
しかしそう都合のいいことが起きる地区は滅多になく、ナワバリを持っていないチームが大半を占めるのが現状なのだ。
そういったチームは実践経験を積むことも、協会から支援をもらうこともできず、問題となっているのだ。
解決策として、ナワバリを持つチームが日によって黒奴を譲ったり、共同で戦闘したりすることなどを協会側も呼びかけているのだが、そううまくはいっていない。
共同戦線は力量次第では報酬が減るだけだし、黒奴を譲るのもリスクが高い。また、偶然居合わせて戦っただけでも難癖をつけられてトラブルになりかねない。
そのうえ魔法少女のチームは百合園派とワルプルギス派に分かれていて、中立派ももちろんいるがそういった点でのトラブルも絶えないのだ。
そんなチーム間のトラブルの基本知識を教えてから、ジェードは説明する。
「代行はどこかのチームのナワバリに黒奴が出た時に、そのチームの魔法少女が入れないように結界を張るチームなの」
「……行動理念が意味不明過ぎるんだけど?」
「張った結界の内側には、ナワバリを持ってねェ魔法少女を予め呼んでおくんだよ。それで、自分たちは結界の維持に専念して黒奴の討伐はナワバリのない奴らに要請……報酬は山分けってわけだ」
アイアンの説明を聞き、ボウは信じられないという顔をする。
「そいつら、お金が目当てなの?」
「そうだな。名声が欲しいならもっと民間人の目につくように戦うだろうし、力が目当てなら自分らで倒してるだろうさ」
「バッカじゃないの……黒奴を金儲けの手段だと思ってるってこと!?」
「でも確かに、ある種の賢い生き方……なのかな」
「姉さん、その言い方はやめて」
賢いと言いながらも、そのやり方には納得できないのか、ガンは銃口を結界に向けて魔力を込める。
ボウも同様に矢を弓につがえるが、二人とも構えた姿勢からは動かなかった。
時折立ち位置を変えたり二人で手を繋いだり武器を交換したりもしたが、結局それもやめてしまう。
「見えた?」
「見えた見えた。今の私たちじゃ無理だね」
「ああ、今のは攻撃結果を予測していたのか」
「待ってその魔法そんな使い方もできるの??」
「仮定の未来を見るのはいつもより消費魔力が増えるけど、できないわけじゃないよ」
専用魔法は先天的なもので、変更はできない。
才能の差に若干嫉妬しつつ、他のメンバーも自分の魔法をぶつけたらどうなるかを予測してもらうが、結果は悉くダメだった。
汚いやり方かもしれないが、伊達にそれで数年間戦い続けている魔法少女たちではないということだ。
「ジェード、お前のアレなら……」
「いやー、厳しいよ。向こうも対策してないわけがないし、失敗したときのリスクを考えると……」
アイアンとジェードが少し離れて何やらこそこそと話し合っていたそのとき――激しい爆発音が鳴り響き、結界が揺らいだ。
「魔力反応……新手の黒奴!?」
「まるで気づかなかったぜ……周囲に警戒! 隠密行動してくるタイプかも分からん!」
「ま、待って! 今の魔力には覚えがあるわ!」
突然の事態にも冷静に戦闘態勢を取り、背中を合わせてどこからの攻撃にも対応できるようにする殲滅委員会。黒奴殲滅の名を冠しているだけのことはある。
しかしドールはその輪から外れて、浮遊の魔法でどこかへ飛んでいく。
ちなみにわざわざ浮遊を使うのは、コスチュームが無駄に走りにくいデザインをしているためである。
「チッ……今のがダメでも、これなら!」
「やっぱりアンタだったのね、『栞』の魔法少女……生徒会書記って呼んだ方がいいかしら?」
「お前……いや、お前ら、か。黒奴殲滅委員会……」
魔力の反応があった場所に立っていたのは、ついこの間殴り合った生徒会所属の魔法少女、「栞」のブックマークだった。
ドールを攻撃したときのような専用魔法を結界に向けて使ったのか、辺りには砕け散った何かの破片が散らばり、それなりの量の魔力が漂っていた。
結界は、変わらず進行の妨げになっていたが。
「帰れ。ここは生徒会のナワバリだ」
「帰ったら黒奴をぶちのめせないじゃない」
今度は何を企んでいるのかと思い、ドールを睨むブックマーク。
しかしドールの目には、黒奴に対する敵意以外の何も読み取れない。
いっそ狂気的なまでのその憎しみや怒りは、すぐ後にやってきたファンも同様に携えていた。
「……そりゃそうか。対人戦専門のチームが、そんな名前なわけがないか」
「安心しな。手柄は全部くれてやる」
「誰のせいでこうなってると思ってるの?」
「私たちが貴女たちのチームのメンバーの九割を叩きのめしたせいだね!」
「一人以外全員だったけどね」
「何してるのさ先輩たち……」
「入るチーム、もうちょっと考えた方がよかったかな……?」
初対面が初対面だったので、ブックマークはドールたちのチームのことを対人戦に長けたチームだと勘違いしていた。
実際、チーム同士の抗争の際に雇われる傭兵のようなチームも一定数存在するので、そういうものだと言われればそうかもしれないという力量だったのだ。
チーム名からしてそういうタイプではないのは明らかだったし、ギラついた目を見ればドールたちが魔法少女になった理由もすぐに理解できたが。
もちろん黒奴の討伐を手伝ってくれる分には、普段であれば有難がっていただろう。報酬を欲しがらないのも高評価だった。
今はチームのメンバーのほぼ全員を叩き潰されたおかげで、まともに動ける魔法少女がおらず、結果として代行に付け入られることになってしまったので、感謝よりも恨みが口から出そうだったが。
「……報酬は私たちも気にしてないから、好きにすれば」
あれこれ考えた末に、ブックマークは思った。
こいつらとは関わらないのが吉だと。
「ちょ、ちょっとブックマーク! 勝手に話進めないでよぉ!」
「会長や副会長からは待機命令が出て……し、しかしここで何もしないというのは……」
後のことは好きにすればいいとだけ告げて逃げようとした彼女だったが、その後ろから仲間らしき魔法少女たちが追いかけてくる。
間の悪さに絶望したが、追いかけて来た二人のうち一人は黒奴殲滅委員会との関わりが多少は深い人間。
もしかしたらもう少しくらい話が成立してくれるかと、一旦その場に留まることを選んだ。
「ウィップ……アンタも来てたのね」
「会長からは待機しろとの命令でしたが、いてもたってもいられず……」
「で、そっちのは……見ない顔ね?」
「……あっ、私の風で不意打ちした人か」
「うぇっ、貴女まさか、あの時の……!」
新たに現れた魔法少女も、チーム生徒会の魔法少女。
片方は生徒会の会計であり、体育祭の日にファンの不意打ちで瞬殺された「箒」の魔法少女ブルーム。
もう片方は見慣れた顔。「鞭」の魔法少女ウィップだ。
どうやら大半が心折れてチーム自体は活動できない状態のようで、リーダーには待機の命令が出ていたようだが、じっとしていられなかったのがこの三人のようだ。
しかし黒奴殲滅委員会だけでも六人いるというのに、追加で三人も魔法少女が来たとなると、話がまとまらなくなってくる。
女三人寄れば姦しいのだから、三倍近いやかましさである。
「はいはい皆! 人数が増えて収集つかなくなってきたから、ここからの発言は挙手制でお願いね?」
「それなら、まずオレからいいか?」
「はい、アイアン!」
「そっちの二人向けに、まず黒奴殲滅委員会の目的についての概要だ。……そこの結界を超えて、黒奴をぶっ倒す。以上だ」
ジェードの言葉で、全員が静かになる。
と言っても別に威圧して強引に黙らせたわけではない。
ジェードはこれでも長年魔法少女を続けてきたということで、魔法少女の中では割と名が知れているのだ。
活躍自体はぱっとしないので民間人からの知名度はさほどでもないが、同僚からは一目置かれる存在なのだ。
ブックマークやブルームもジェードのことは知っていたらしく、ウィップについては単に素直だったので、すぐに場はまとまった。
もっとも、アイアンの言う黒奴殲滅委員会の目的が想定外過ぎたのか、生徒会側が静かなのは単にポカンとしていただけかもしれなかったが。
「……えっ?」
「よろしいでしょうか!」
「はい、ウィップちゃん!」
「報酬はどうしましょう? 流石に一文も払わないと言うのは、後にトラブルになりかねませんから。とはいえ私たちは命令無視で勝手に出撃しますし、先ほどアプリを確認しましたが、既に黒奴との戦闘も始まっているようでして……」
「ちょ、ちょっと待とうかウィップちゃん! そこじゃないよね!? 何であの人たち揃いも揃って目がキマってるの!?」
「? そもそも黒奴殲滅委員会という名前のチームですよね?」
「そうだけどそうじゃなくてぇ! あーもうっ!」
ウィップは普段からドールたちと仲良くしているので、黒奴を倒すこと以外眼中に無い彼女たちの話を聞いても特にひっかかることはなかった。
黒奴は確かに世界の敵で、自分たちの戦うべき相手で、憎むべき存在かもしれない。
だが黒奴の現れる前の世界をよく覚えていない世代からすると、これが日常だという認識が大きく、いちいち黒奴について気にしない傾向にあるのだ。
そういうことも、黒奴をただの小遣い稼ぎの手段程度にしか考えない最近の魔法少女の傾向にもつながっているのである。
つまり、新参チームが黒奴殲滅委員会なんて厳つい名前を名乗っていること自体、割と異端ということだ。
しかしウィップはそれよりも、無償の奉仕の危うさを気にして先ほどアイアンが要らないと言った報酬についての話をし直すことを優先した。
彼女たちについては、そういうものという認識が既に根付いているのだ。
毒されているとも言うが。
「……はい、発言いい?」
「はい! ……えーっと、『箒』のブルームさん?」
「あ、うん、そう。適当に呼んで。……結界を超えるとは言うけど、方法はあるの? こっちの最高火力がたった今失敗したところなんだけど……」
沈黙。
辺りに漂う魔力の残滓。
そして先ほどボウとガンに告げられた非情な現実。
堂々と黒奴をぶっ倒すと宣言したアイアンに視線が集まるが、彼女も気まずそうに視線を逸らすだけだった。
「……何かあるかよ?」
「……なぁんにも」
「ねぇねぇ、ガン。私たち役に立ててる?」
「一応、魔法が効くかどうかは私たちが判定してるから……」
ブルームとウィップの専用魔法について黒奴殲滅委員会は知らなかったが、ブックマークのことを最高火力と言っていたことに加え、何かを試そうともしない点を見るに、効果的なものは使えないのだろう。
確かに黒奴は放っておいても代行の用意したチームが倒してくれるかもしれない。
だがこの場にいる魔法少女たちは、代行のやり方に納得できなかった。
もとはと言えばチームだのナワバリだのと面倒な制度を作っておきながら、特に問題点をどうにかしようともしない協会に原因があるかもしれなかったが、誰もそれは気にしなかった。
とはいえ何もよさげなアイデアは浮かばず、さらに結界の内側から聞こえる破壊音で雰囲気は暗くなる一方。
雰囲気をどうにかするために、厄介な結界なんて下らないジョークがジェードの口から出かけたその時、ドールが手を挙げた。
「……ねぇ、ジェード。いいかしら?」
「あ、何か浮かんだ?」
「外からは入れないけど内側からは出られる……ってことは、中の空気とかって今どうなってるの?」
雰囲気がさらに暗くなる。
先ほど、結界の内から外に飛んでいく鳥の姿は見えた。
同じように空気だけ外に逃げて行かないと、誰が言っただろうか。
「す、水中活動用の汎用魔法を上手く使えば、理論上は宇宙空間でも戦闘は可能だから……」
「シェルターの民間人とか逃げ遅れた連中とかはどうなるのよそれ!?」
「そうだぜジェード。代行がんなマヌケなことをするとは思えねェ」
協会からの報酬を目的にしている時点で、民間人の安全は二の次であろうことは予想がついていた。
しかし、ここまで最悪の事態は想定外だ。
自分の人形操糸であれば結界を伝って敵の魔法少女に干渉できやしないかと、魔力を高めようとするドール。
だがアイアンは焦るような素振りも見せずに、逆にニヤリと笑ってみせた。
「つまり、何かしらのタネがある。お手柄だな、ドール」
「……嬉しいけど、タネが分からなきゃ意味がないじゃない」
「こんだけ人がいりゃ、一つくらい何か出てくるだろ」
投げやりというか、人任せというか、何とも言えない解決策とも言えない策だったが、驚いたことにその直後にボウが何かに気づいたようだった。
「……あっ」
「ボウ、何か思いついた?」
「そこの家……結界の境目にない?」
指をさした先にあるのは、丁度結界と被るような位置にある家。
結界は見たところ建物を避けるようには張られておらず、地面を抉り取っていないのを見るに地下にも続いていない。
「ぶっ壊す? ファン、いける?」
「あの大きさ……うん、いける」
「いけないよ!? 流石にそれは協会に怒られるよ!?」
「向こうも、地面が抉られりゃその穴を埋めるように修正するだろうな。んで、裏口のある家とかも当然注意してる……素人のうちに叩けてりゃ楽だったんだがな」
躊躇うことなくファンの風に頼ろうとするドールだが、流石にそれはジェードに止められる。
アイアンの補足もあり、どうやらさほど効果的な手段ではないようでもある。
家を一軒吹き飛ばして結界の修正速度を見て、全力で走ればいけそうならそれでいこうかとも提案したドールだったが、チームの活動を停止させられるとまで言われれば大人しくなった。
しかしドールの話で思いついたことがあったのか、今度はウィップが手を挙げる。
「……では、容易に塞げないような穴であれば良いと? あるいは、見落としてしまうようなものであれば」
「勿体ぶらないでよウィップ。こいつらとの話は短く済ませるに越したことはないんだから……」
「酷い言い様ね」
「お前みたいなのがうちの新人にうつったらどうしてくれるのさ」
「あら、アタシもまだ魔法少女始めて二ヶ月くらいよ?」
「……嘘でしょ……」
二年目でもベテランと呼ばれる魔法少女界隈だが、まだ始めて二ヶ月程度の新人というのは流石に素人にうぶ毛が生えて来たくらいの扱いが普通だ。
それがジェードやアイアンのようなそれなりの魔法少女と並んでいる姿を、信じられないという様子で見るブックマーク。
後ろで静かにしながら臨戦態勢を解かないボウとガンに至っては魔法少女歴一ヶ月程度だと言えば、卒倒しかねないだろう。
「その、私もまだ活動を始めて数ヶ月ですが……結界の穴というのは、地下街であればどうでしょう?」
新都心の地下街は、作られた当初はかなり大規模なものだった。
それは主に地下鉄が南北は埼玉から神奈川まで繋がり、東西では旧都心近郊から奥多摩まで繋がっていたためだ。
今では新都心の一部に残骸のように残っているものを騙し騙し使っているような状況だが、崩落寸前の通路や、魔法少女でもないと危なくて通れない場所は、今も一部残っている。
完全に盲点だったそれは、考えてみれば可能性としては一番高いものだった。
「……ありえるかも」
「一般人の立ち入りは制限できる……地面貫通しなけりゃ結界は張れねェ……魔法少女の大半も、通路の詳細を知ってる奴がいなけりゃ辿りつけねェ……それでいて、この行為自体はリリィやらダイヤモンドやらが動くほどのことでもねェ。なるほどなァ……」
「でかしたじゃない、ウィップ!」
「え、えへへ、そうですか……?」
代行ももしかしたら地下街に潜んでいるかもしれなかったが、それはそれで彼らからすれば好都合だった。
結界を解除させ、あるいは無視して中に乗り込み、黒奴を叩く。それができれば後は何でもいいのだ。ブックマークは帰るタイミングを逃して面倒くさそうにしていたが。
移動しながら罠や他のチームに警備をさせている可能性についても考える一行。想定外の事態は可能な限り避けるに越したことはないのだ。
それでも想定できなかったことは、その地下街でたった今、結芽が暴れ始めようとしていたことくらいだろう。




