第三十三話 心を一つに
「……使えそうなのはこのくらいかな。サバイバルの知識とか無いし……というか、この状況じゃそんなの役に立たないか」
携帯のライトを使い、美緒たちからあまり離れすぎない程度に周囲を探索した結芽は、いくつか使えそうなものを見つけてきた。
まず、地下に落ちた時にひっくり返って壊れてしまったトラックから拝借した発煙筒。使い道があるかは未知数である。
次に、天井が崩落して商品の大半がやられて閉店確定なアパレルショップから拝借した布。使い道があるかは未知数である。
そして、これまたほとんどダメになったコンビニの荒らされた店内に残っていた水と食料。これは使えるが、荒らされていたというのが気掛かりだ。
最後に、尖ったガラス片といい感じに鉄筋が飛び出してハンマーになりそうな瓦礫。何に使うつもりなのか。
一応他にも財布や交通系ICカードの入ったポーチも持ち合わせているが、これは本当に何の役にも立たない。
「食料、取ってきました。とりあえずこれでも食べて元気出してください」
「あ、ありがとうございます……すみません、手伝うべきでしたね……」
「いえ、気にせず休んでてください。こうなったのは私の責任ですし」
「悪びれたりはしないんですね……」
「申し訳なく思っているのは確かですけど、死ななければ結果オーライなので、その時までは謝りません」
美緒の視線を気にせずに、結芽は未だに名も知らぬ魔法少女にも拾ってきた缶詰を手渡……そうとするが、魔法少女は体育座りの姿勢から動こうとしない。
話しかけてみても、頭の上に缶詰を乗せても、くすぐってみても、コスチュームのスカートっぽい部分をめくってみても、何の反応もない。
「……缶切りは見つからなかったので、貴女に開けてもらわないと食べられないんですよ。どうにかなりません?」
「…………何で缶詰をチョイスしたの……?」
「このくらいしか残ってなくて」
魔法少女は渋々という様子で何かの魔法で缶の蓋を切り裂いた。
自分の分の缶詰は握りつぶして蓋を歪めてからそれを引きちぎって食べ、結芽は残りの食料を男たちにも配りに行った。
魔法少女の視線は気にしないことにして。
「……えっと」
「今は非常時だから、最低限の手助けはする。それ以上でもそれ以下でもない」
「あ、はい。ありがとう、ございます……」
ビニール袋を覗き込み、ほぼ全てがお菓子であることをぼやく男には瓦礫のハンマーを床に叩きつけて威嚇する。
「……さて、どうしたものかなぁ」
この空間の雰囲気は最悪という一言に尽きた。
結芽は内心でまあ何とかなるだろうと楽観的に考えていたが、まず美緒は違う。
彼女はこの場で自分は死ぬものと覚悟し始めていた。おかげでただでさえ薄暗い地下が余計に暗く感じる程だ。
魔法少女も同様に、この状況をどうにかできるほどの力はないのか、魔力が尽きたらとかこのままじゃとかと、マイナスなことをぶつぶつと呟いていた。
男たちに関しては言うまでもないだろう。
以前自分たちを殴り飛ばした少女がすぐ近くにいるのだ。安心なんてできるはずもなく、この状況をどうにかする方法も思いつかないので絶望しかなかった。
「……お姉ちゃん……」
今日の結芽は、不幸にも舞にもらった防犯ブザーを持ってきていなかった。アレがあればどんなことがあっても最悪の結末だけは避けられたが、こうなればもうどうなるか分からない。
しかし、だからといって考えることをやめることも、あがくのを諦めることもしない。
お姉ちゃんに相応しい妹になると誓ったのだ。
こんな下らないことで、こんなところで終わるわけにはいかないのだ。
「貴女は何の魔法少女なんですか?」
「……話す理由がない」
そこでまずこの諦めムードを脱するために、魔法少女の協力を取り付ける必要があると判断した。
結芽は隣に腰かけると、努めて優しい声色で話しかける。
「私はさっさと家に帰りたいんです。私たち全員は生きて帰りたいんです。そのためには魔法少女の力が必須です。分かりますね? ……だからまず、名前くらい知っておきたいんです」
「……『電探』のレーダー。名前の通りの後方支援専門。瓦礫を纏めて吹き飛ばすことも、黒奴を倒すこともできやしないわよ」
「逃げ帰るだけなら、アレを倒す必要はありませんよ」
「地下街の広さとアレの射程距離、どっちが広いと思う?」
「さあ?」
話し声は狭い地下空間の中で反響し、さほど大きな声で話しているつもりでなくても奥まで響いてしまう。
レーダーが名乗った時に、奥の方で縮こまってお菓子を分け合っている男たちは見るからに落胆した様子だった。
気持ちは分かるが、やめてほしい。説得しようとしているのに。
「でも、このままここにいてもいずれ天井が崩れて潰されるだけですよ」
「……貴女……名前は?」
「泡沫 結芽」
「じゃあ泡沫。生きて帰ったところで何だって言うの?」
「生きて帰れば明日が来ます」
「そう。じゃあ明後日は? 明々後日は? 外の魔法少女は見たでしょ。黒奴じゃなくて味方同士で潰し合う魔法少女を……」
話の方向が怪しくなってきた。
レーダーの声は少しずつ大きくなっている。ずっと堪えてきた感情に火がついてしまったかのように。
「弱小チームはああして潰し合うことでしか戦果を挙げられない……そうしていたって向こう一年も命はないってのに、潰し合って余計に寿命を縮めるだけ……!」
「……」
「明日なんて来ない! 来る価値がない! リリィがいて、ダイヤモンドがいて、ローズまでいるのに黒奴は滅びてない!! もうこのまま死なせてよ!! 私はあんなのに食べられるために生まれてきたわけじゃない!! 戦うために生まれたわけじゃない!!」
「……抗わなきゃ猶更無為に命を散らすだけでは?」
「うるさい! どうせ魔法少女でもない奴に私の気持ちは分かるわけがない!!」
魔法少女は変身するだけでも魔力を消費し、コスチュームを着ている状態では常に魔力をすり減らし続けている。
この状況では認識阻害は役に立ちそうもないので変身を解除することはできず、しかもそもそも周囲に人の目がなかったところで何かができるわけでもない。
それを理解してしまったレーダーは、状況が最早詰みであることをはっきりと認識してしまい、ついに泣き出してしまった。
こうなってしまえば説得どころではないので、結芽はひとまずレーダーをそっとしておくことにして、男たちの方へ近づいてみる。
「……一人だけじゃどうにもならない。二人いても分からない。でも七人とかならどうにかなる気がする。どう? 手伝ってくれる?」
「……生きてたってどうしようもないって意見に賛成」
「ああそう」
赤色の服の男はダメそうだった。
「抗わなきゃどうにもならないとは思う……抗ってどうにかなるとは思えないけど……」
「どっち? やるの? やらないの?」
「や、やらない……」
「ああそう」
青色の服の男もダメそうだった。
「お前は?」
「お、お前じゃなくて、鈴木だ。鈴木 光二……」
「聞いてないけど……横の奴らは?」
「右が一樹で、後は順に蒼三、赤四で……」
「……兄弟か。それで、手伝ってくれるの? くれないの?」
「…………弟を置いていけるかよ」
「ああそう」
黄色の服の光二も同様だった。
「なんだっけ、鈴木の……長男?」
「今の一瞬で名前忘れることなんてあるか??」
「どうだっていいから。重要なのはお前たちに生きる気があるのかないのか」
「……光二と同意見だ」
「弟気絶させたら動いてくれるって意味でいい?」
「お、俺自信の意思で拒否する」
「ああそう」
緑色の服の一樹もダメそうで、結局地下の雰囲気が余計に暗くなっただけだった。
美しい兄弟の絆よりも、何で兄弟でナンパなんてことをしていたのかということを結芽は真っ先に疑問に思った。
そして同時に、この場の全員に生きようとする意思がないことも理解してしまった。
結芽の背筋に冷たいものが走る。
それを振り払うように、結芽は鈴木一家全員に向けて改めて協力を呼び掛けてみる。
「鈴木一家、お前らのことを完全に許せるわけじゃないけど、こうなったら協力し合うしかないと私は思う」
「……許さないなら放っておけよ」
「それは無理。私は確かに身体能力が人一倍優れてる。……でも、だからといってこの状況をどうにかできるとは思えない。人数はいるだけいい」
「ま、巻き込まないでよ……やるなら勝手にやってて……」
「人数はいるだけいいんだってば。それとも何? このまま兄弟仲良く一つの肉塊になるのがお望み?」
「ハッ、それもいいかもな」
「……」
「……残念だったな、頼りにならん軟弱揃いで。……せめて魔法少女がいれば、別だったかもしれんがな」
結芽は無意識に拳を強く握りしめていた。めきゃりと音がして見てみれば、ハンマー瓦礫の鉄筋がねじ曲がり、持ち手になりそうな部分が若干短くなっていた。
ため息をついて、結芽は美緒の近くまで戻る。
鈴木一家の怯えた視線は気にしないことにして。
「……黒奴がここを嗅ぎつけるのと、魔法少女の喧嘩の余波と、瓦礫の耐久力の限界。どれが先に来ると思います?」
「……瓦礫だと思います。さっきから、パラパラと落ちてきてますし……」
「……」
「……」
コンセントはまだ生きているのか、携帯の充電にはまだ余裕がある。懐中電灯代わりに使う分にはまだ大丈夫だろう。
こんな状況でも、結芽の頭の中には選択肢があった。
まず、一人で脱出ルートを探るというもの。
次に、美緒だけ連れて出口を探すというもの。
そして、レーダーの説得を優先するというもの。
最後に、強引にでも全員連れて逃げるというもの。
一つ目は考えるまでもなく却下だ。探し出す前に天井の限界が来る。
二つ目も厳しいだろう。背負って行くにも手を引いて行くにも、進んだ先で取れる選択肢が狭まり過ぎる。
とすれば三つ目だが、今しがた試したが手ごたえがなかった。
美緒を見れば、これが最後の晩餐とばかりに結芽の持ってきた総菜パンをちまちまと食べていた。
半ば結芽のせいでこうなったようなものなのに、文句の一つも言わずに、死を受け入れようとしていた。
「……抗ったって無駄だって、諦められるものか」
死への恐怖は無かった。黒奴への憎しみも無かった。結芽の心にはただ、現状への怒りだけがあった。
納得できなかった。理解できなかった。受け入れられなかった。停滞したくなかった。
理由など、どうとでも言える。結芽の中にあるのは、ありとあらゆる感情を飲み込んで、怒りが渦巻いている。その事実だけで十分だった。
四つ目の選択肢を取る。結芽はそう決めた。
再び立ち上がった結芽は最初と同じように体育座りに戻っているレーダーに近づくと、強引にその腕を引いて立たせる。
「行きますよ」
「……どこに?」
「ここではないどこかです」
「船は沈む。飛行機は撃墜される。車は潰される。電車はひっくり返される。海外もどうせ日本と同じ……もう一度聞くよ、どこに行くって?」
「ここじゃないどこかって言ってるの!」
「!?」
コスチュームの胸ぐらを掴んだ結芽は、右手は掴んだまま左手で袖を掴み、体を回してレーダーを背負うような姿勢を取り――見事な背負い投げを披露した。
「……!? な、え、は?」
「黙って聞いてやってればどうしようもないとか死にたいとか明日がどうとかなんとかかんとか!! やかましいったらありゃしない!! 不満があるなら行動に移せ!!」
「な、何で背負い投げなんてされたの……?」
「うるさい! 魔法少女だろ! 物理攻撃効かないなら黙って殴られろ!!」
「ひぃっ!?」
結芽のストレスは既に臨界点ギリギリだった。
鈴木一家には魔法でガードされていてもお構いなしに殴りつける結芽の目に見覚えがあった。
アレはゴールデンウィークのあの日、自分たちを路地裏で叩きのめしたときと同じ目であると。
「言っただろ! 私は帰りたいんだ!! お前の事情なんて知ったこっちゃない!! いいからさっさと私に協力しやがれ!!」
「で、でも――」
「返事は『はい』か『イエス』だ!!」
「は、はい!?」
「はい言質取ったから!!」
「……はぁ!?」
そのままの勢いで、結芽は瓦礫のハンマーを引きずって鈴木一家の方へ向かった。
「ここを動かないという奴から前に出ろ。順に殴る」
「……は?」
「前に出ないということは全員ここから逃げるという認識でいいね? 協力的で助かるよ。早速準備してね」
「いやまだ何も――」
「え、殴られたいって?」
「――いえ何でもございませんすぐに準備させていただきます」
瓦礫のハンマーでカツンカツンと床を叩く結芽は、完全にヤバい人である。
だがただヤバい人ではない。やると言ったらやるタイプのヤバい人だ。誰かが抵抗しようものなら、結芽は本気で殴りに行くだろう。
しかしこれでようやく、全員の心が一つになった。
(色んな意味で)早くここから逃げたい、と。
「美緒さん、これで帰れますよ!」
「く、屈託のない笑顔がこれ以上なく怖い……!」
「さあ! 皆で生きて帰りましょう! 心が一つなら、どんなことでも大体どうにかなります!」
「心を繋いだというより、バラバラなのをさらにぐちゃぐちゃにして、混ぜただけのような……」
「何か言いました?」
「あ、いや、何も……」
こうしてようやく、七人は崩落寸前の地下街の出口を目指し、移動を開始したのだった。




