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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第三章 姉妹仲が常に良好とは限らない
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第二十二話 二つの姉妹仲

 結芽と伊呂波と飛華里がシェルターで今後について話し合っている間、外では千風たちが戦っていた。


 今回現れた黒奴(クロヌ)は、丸い巨体の表面から無数の針をばら撒いてくるハリセンボン・黒奴(クロヌ)


 ファンが風で軌道を逸らし、逸らし切れなかった分をジェードが防いだのでチームの損害はゼロだったものの、町の被害はかなりのものになってしまった。


 協会の人たちの到着を待ちながら、チーム黒奴殲滅委員会は反省会を行っていた。


「アタシが動きを止めて、アイアンが殴って……」

「糸で封じきれなかった針で吹っ飛ばされて、ジェードとファンがそれを防ぎながらオレらがまた肉薄して……」

「……私たちの防ぎ方が防ぎ方だったせいで、ここまで被害が出たとも考えられるね」

「……針の射程的に、もう少し遠距離から攻撃ができれば楽だったと思うんだけど……」


 近距離火力要員であるアイアンが加入していたので、他の魔法少女が加勢にくるまで防衛、ということにはならなかった。


 だがファンが防御に徹していたので火力が足りず、チームのアンバランスさに苦しめられる結果となってしまった。


 メンバーの募集は協会から出してもらっているが、そう都合よく条件と合致する魔法少女が転がっていることはないのだ。


「うるっさいなあもう!」


 ジェードの翡翠輝石(ジェダイト)をうまく利用できないかとか、ドールの糸の別な活用法だとか、いないメンバーはいないのでそういった工夫を考えて話し合っていると、誰かの怒声が聞こえてきた。


「う、うるさいって……私は単に、ボウを心配して……」

「余計なお世話だっての! 大した傷じゃない!」

「でも頭だし……一応診てもらった方がいいよ」

「黙れって言ってるの!」


 声のした方を見てみれば、そこにいたのは二人の少女。戦闘開始時に偶然居合わせたので、民間人の避難誘導を任せた魔法少女たちだ。


 血を流している片方は背中に弓を背負い、暗い緑色のロビンフッドハットに同じ色のコートといういかにも狩人というようなコスチューム。

 もう一方は腰に取り付けられたホルスターに拳銃を差し、防弾チョッキやらプロテクターやらまで装備した軍人のようなコスチューム。


 それだけでも十分目立つのだが、特に目立つのはその二人の背丈や顔、声までもがほとんど同じであることだった。


「あの子たち、さっきの……」

「双子かな? 仲はあまり良くないようだけど」

「……いや、それより怪我してるよ!?」

「流れ弾の当たり所が悪かったか……? 魔法少女が血ィ流すなんて滅多に無いからな……一応診てくるか」


 先ほどの戦闘で千風と美音も多少負傷しているが、分かりやすく血を流すほどではなかった。


 しかし、狩人風の衣装の少女は別だ。貧血か何かか、あるいは頭を打って混乱しているのか、仲間の声にも耳を貸さずにフラフラと歩いている。


 ジェードは言うまでもないが、アイアンも一度引退するまではそれなりに長く魔法少女を続けていた。

 応急手当の方法くらいは知っているので、その少女に近づいた。


「おい、無理すんな。足元フラついてんぞ」

「多分私たちの戦闘の余波だよね……ホントにごめんね?」

「ちょっ、な、何ですか貴女たち!」

「手当してくださるんですか……?」

「簡単な応急手当だけだ。頭打ったなら大人しく病院行っとけ」


 アイアンに捕まえられて、適当な布で傷口を覆われる少女。流石に抵抗するのはアレだと思ったのか、大人しくしている。


「よ、よかった……ボウに何かあったら私……」

「……姉さんには関係ないでしょ」

「そんなことあるわけないよ。私たち、姉妹でしょ?」

「私はアンタがどうなろうが知ったことじゃないけどね」

「なっ……!」


 姉さんという呼び方からして、家族であるのは間違いないだろう。そして、仲があまりよろしくないことも。


 アイアンに包帯を巻いてもらうと、少女は一言礼を告げてすぐにその場を立ち去った。


 姉の方もそれに続くが、ついてくるなとか病院に行こうとかと言い争っているのがここからでも分かる。


「……姉妹揃って魔法少女に、か……」

「ドールや結芽さんとは、また違ったトラブルが多そうだね」


 見たところまだ中学生くらいのようで、複雑な年頃だろうし色々不安が多い。


 しかし所詮は他所の家の問題。チームを組んでいるわけでもないし、変に首を突っ込むような問題ではないだろう。


 姉を置いて魔法少女として戦うドールと、かつて妹を守れなかったファンとしては、かなり首を突っ込みたかったが。


 そんな具合に姉妹関係についてあれこれと話し合うドールとファンだが、アイアンとジェードは違うものに目をつけていた。


「……ねえ、アイアン。あの子たちのモチーフ……」

「ああ、そうだな。武器の魔法少女……それも弓と銃……奪い合いになってもおかしくは無ェな」


 着目したのは、二人のモチーフ。


 モチーフが武器であることは特に珍しいことではない。

 しかし武器の魔法少女は相応に戦闘力が高い傾向にあるのだ。


 姉妹仲を考えるとどちらか一方のみを勧誘する形になりそうだったが、遠距離攻撃要員が足りていない現状、片方だけでも欲しいものだった。


 それぞれがそれぞれの思いを抱きながら、遠ざかっていく背中をじっと見つめていた。





「あっ」

「うわ……」


 シェルターで飛華里たちと話した翌日、ついに放課後まで付きまとうようになってきた紬義を適当にあしらった後のこと。


 結芽は家に帰っても特にすることがなかったので、昨日の戦闘で公園が変わってしまっていないかと、確認に来ていた。


 するとなんと、以前と同じように中学生くらいの少女がベンチに座って泣いていた。それも頭に包帯を巻いて。


 戦闘に巻き込まれてしまったのだろうかと思いながら、前のように結芽は非常識であろうとお構いなしに少女の隣に腰かけた。


「……」

「……」


 ベンチに腰かけた結芽は、前と同様に周囲を見回す。


 四方を住宅に囲まれ、出入り口は二か所しかない公園。大通りからも遠く、どこかへ向かうショートカットとしても使えそうにない微妙な立地のここは、住宅街の中でも一際静かだった。


 だからこそ、この少女も結芽もこの公園に一人になりに来ていたのかもしれないが。


 よく見たら周りの家は随分と変っていたな、なんてことを考えていると、少女の方に動きがあった。


「……お姉さん、この辺の人なんですか?」

「……そうだよ。向こうの……駅からダイマに向かう通りの辺り」


 意外なことに、少女から結芽に話しかけてきたのだ。


「私は、そっちとは逆です」

「遠いの?」

「……そこそこ。歩いたら十分くらいかな」

「わざわざこんな所まで?」

「一人になれる場所を探してたんですよ」


 こういう時には聞かれたくないことと聞いて欲しいことがあることを、結芽は経験から知っていた。


 できるだけ言葉を選び、当たり障りのないように少女のことを聞いてみる。


 この辺には何もないとか、この公園は昔からあるとか、中学校はどこなのかとか、高校の話だとか。


「君は……」

阿武玖(あぶく)です。阿武玖 夢唯(むい)

「あ、私は泡沫 結芽。夢唯は何で一人になりたかったの?」


 そうして話しているうちに、少しくらいは心を許してくれたのか、あるいは話したところで問題はないと判断したのか、少女はようやく名前を教えてくれた。


 この一歩は人類にとっては小さいが、結芽にとっては偉大な一歩だ。


 夢唯がこんな場所で会った訳の分からない年上の女性に対し、心を開いてくれたのだ。


 逆に言うなら、そんな人間に対しても心を開いてしまうほど追い詰められていたのかもしれないが。


「……別に、何だっていいでしょう?」

「そっか」

「……あっさりしてますね、聞かないんですか?」

「夢唯が聞いてほしくなったら、聞くよ」

「…………」


 それ以上は話したくなさそうだったので、結芽は適当な話で時間を潰した。


 微妙な味の和菓子屋だとか、徒歩一時間の業務用スーパーだとか、この近くのシェルターだとか、そんなどうでもいい話を。


 おそらく夢唯は、家に帰りたくないのだと結芽は推測した。鞄を見るに、わざわざ水筒まで持ってここまで来ているのだ。


 ならばせめて、ここにいる間くらいは他のことを忘れさせてあげたかったのだ。


 とはいえ、夜は危ないのであまりここに長くいさせるわけにはいかなかったが。


「あ、時間……」

「家までは歩いて十分くらいなんでしょ? 流石にそろそろ帰った方がいいんじゃない?」


 気づけば、夕方のチャイムが鳴り始めていた。


 夢唯は心底嫌そうな顔で鞄を肩にかけ、家に遠い方の公園の出口へ歩き出した。


「あの……」


 しかし、一度立ち止まって振り向く。


「また、会えますか……?」

「……まあ、たまになら来ると思うよ」


 舞の予定はコロコロ変わり、帰ってくるなら食事を用意しなければならないので、確約はできない。


 だが結芽は、暇があればまた来ようと心に決めたのだった。





 夢唯とそんな約束をしたのが金曜日のこと。


 翌日は休日だし、流石に来ていないだろうと結芽は思いながら、しかし何となく公園まで来てしまった。


 結芽らしくもなく、珍しく家にいる舞には昼食だけ作って放ってきてしまった。


「……あれ?」


 そして驚いたことに、夢唯は公園にいた。


 いつものようにベンチに座って泣いているのではなく、随分と慌てた様子で何かを探しているようだったが。


「あ、あの!」


 そんな様子にどことなく違和感を感じてじっと観察していると、向こうが結芽に気づいて話しかけてきた。


 昨日も聞いた声。だが、何か違う。


「え、えっと、この辺りで妹を見ませんでしたか!? 私にそっくりの子なんです!」

「……見て、ないかな。そっくりって、双子?」

「は、はい……今朝、お母さんたちと喧嘩になって、走って行っちゃったあの子を追ってここまで来たんですけど、見失っちゃって……」

「ごめんね。分かんないかな」

「いえ、ありがとうございます……」


 なるほど、双子。

 なるほど、親と喧嘩。


 どうやら自分とはまた違った方向で複雑な家庭環境らしいなと、結芽は理解した。


 夢唯はこれまで姉について言及してこなかった。それどころか、家族の話自体を頑なに避けていたように思える。


 車に気をつけるように言って、その少女とは別れて公園を見てみれば、植え込みの影に何かがいる。


「……隠れてたんだ」

「話してる途中で気づいてましたよね。目が合いましたし」

「確証は無かったかな」

「……お礼は言っておきます。ありがとうございます」


 今さっき去って行ったあの少女も、まさかこんな小さな公園に見落としている場所があったとは思わないはず。


 というかおそらく隠れていること自体考慮していなさそうだったので、夢唯の服についた土を適当に払った後は堂々とベンチに座って話を始めた。


「……さっきのは姉です。一卵性の双子なので、どっちが先に生まれたかってくらいの差ですけど、数秒くらいは姉で、結唯(ゆい)って言います」

「……あの子、心配してたみたいだけど」

「どうだっていいですよ。家に帰ったって、どうにもなりませんし」


 今日も水筒を持ってきていた夢唯だが、よく見れば鞄の中にはパンも見えた。お昼を過ぎても帰る気はないということだろうか。


「……帰って仲直りしろ、とは言わないんですね」

「うん。夢唯の事情はよく知らないし、何が悪くてどうすればいいかなんて分からないし、そもそも偉そうに言えるような立場でもないから」


 ここで夢唯と話すのはまだ三回目。まだまだ互いに知らないことが多すぎるのだ。


 それに、仮に夢唯から色々話を聞いていたとしても、そこには客観的な情報が抜けているし、まず結芽は他人でしかない。


 なのでできることと言えば、夢唯の頭をそっと撫でてやるくらいしかない。


「……何ですか。もうそういう歳じゃないんですけど」

「そう言ってる間はまだ撫でられてもいい歳だよ。……夢唯のお姉さんが、善意で探し回っていると思うと、こう……ね?」

「……貴女に何が分かるんですか」


 ちょっとした言い争い程度であれば、こんな場所まで夢唯はやってこなかっただろう。


 姉の結唯だってそうだ。ただ姉妹だというで、徒歩十分の道を追いかけ続けることができるだろうか。


「……分かるよ。私にも、お姉ちゃんがいるから」


 三つも違う姉とさえ、結芽は比較され続けてきた。


 身体能力だけはずば抜けて高かった結芽だが、他の面では平均的で、何でもそつなくこなす舞と比較されては、まあ妹だしという目で見られてきたのだ。


 社会に出ればさほど気にならない差かもしれないが、高校生になってもまだ三年の違いというのは大きい。それでも尚である。


 それが双子であれば、どうか。


 植え込みの影から出てきたとき、夢唯はかなり疲れた様子だった。先ほどの話から考えると、ここまで走って逃げて来たのだろう。


 一方姉の結唯は、それほど疲れている様子がないどころか息を切らしてすらいなかった。

 探し回っていたということは、夢唯よりも走っていてもおかしくないというのに。


 それだけで判断することはできないが、身体能力だけでもそんな差があるのだ。


「不幸自慢なんてしても誰も楽しくないから私の話は伏せさせてもらうけど……夢唯の気持ちは、少しくらい分かるつもりでいるよ」

「……その割に、『お姉ちゃん』だなんて親し気に呼んでいますけど」


 作り話だったのかと、疑わし気な視線を向けてくる夢唯。


 だが結芽の表情を見れば、少しでも疑ったことを申し訳なく思ってしまった。


「私はまあ……色々あってね? ……あとは……そうだなぁ、自分にも勝ってる部分があると思うと、少しはそういう感情も薄くなるよ」


 その顔から特に強く読み取れるのは、諦めであった。


 今は姉を慕っているのは疑いようもないことだが、かつての恨みにきちんと決着を着けることができたのかと聞かれれば、それは微妙な所なのかもしれない、そんな顔だった。


 千風や美音が聞いても驚くことかもしれないが、結芽は何も小さい頃からずっと舞のことが大好きだったわけではない。


 むしろ、嫌っていた時期の方が長かった。


 顔も見たくなくて、声も聞きたくなくて、その存在を感じられるような場所には一秒だって長くいたくなくて、この公園まで逃げてきたのだ。


「……勝っている部分があると思えたから、好きになれたんですか?」

「私、昔から力が強くてね。スチール缶千切ったりリンゴ握り潰したりするくらいは簡単だったの。だから、『でも私の方が強い』って後ろにくっつけて無理矢理自分を納得させてたんだ」


 公園の地面は砂だったので、その中から適当に少し大きめの石ころを拾い上げる。


 夢唯にもそれを見せると、指先の力だけでそれを粉砕した。


 ぱっと見では細身で背もさほど高くないので、第一印象としてはか弱さが先に来るような結芽がそれをやってのけたことを、夢唯は目をこすって何回か確かめていた。


 しかし事実は変わらない。夢唯が座ったままのベンチを結芽がそのまま持ち上げて見せれば、それが現実であることをようやく理解できた。


「まあ、それだけじゃないんだけどね。でも夢唯にも、そういうものがあれば少しは楽になれると思うよ」

「……流石にこういうのは無理なんですが……」

「無ければ切り替えていこう。人生は長いんだから、親元にいなきゃいけないのはそのうちの何分の一って話だよ」

「何ですかそれ……あははっ」



 何かを解決できたわけでも、的確なアドバイスを送れたわけでもなかったが、夢唯はこの公園で初めて笑顔を見せてくれた。純粋な笑顔と言うには、呆れの占める割合がいささか多かったが。

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