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魔法少女の妹  作者: ひらめんと
第三章 姉妹仲が常に良好とは限らない
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第二十三話 ゴリラもかくやの身体能力

 紬義の提案した賭けを聞き、クラスメイトの四割くらいは結芽のためにと運動会へ向けた練習をそれなりに頑張ってくれるようになった。


 だがもちろん、全員が全員やる気を出してくれたわけではない。


 人望がどうとかというわけではなく、単純に皆そこまでスポーツに力を入れていないというだけのことだ。


 負けた場合のリスクが高すぎる結芽としては、得手不得手はともかくやる気は出してほしかったが、そもそも体育祭を運営する委員会に所属しているわけではないので、無理強いできる立場にはない。


 体育の授業は一組と合同なので、紬義たちの様子も見れるのだが、あちらには結芽と違って人を動かす素質のようなものがあった。


 結芽たちの二組と比べて、明らかに戦意の質が違う。


「綱引き、リレー、100メートル走、障害物競走、借り物競争……どれも私個人でどうにかなる種目じゃないからなぁ……」

「でも、全部アンタの力が十二分に発揮できる種目じゃないのよ」

「そうは言っても皆の協力がないとだし……ここは一つ気合でも入れてみたり?」

「ちょいと待とうか結芽さんや、まずは何をするかだけでも言ってくれやしませんかね? 前に出かけた時みたいなことになるとかえって士気が下がりかねませんぞ?」


 二組はどちらかというと、もう全部結芽一人でいいんじゃないかなという雰囲気が醸し出されている部分が大きかった。


 つい先ほど入退場の確認ついでに軽く100メートルを走ったのだが、結芽が一組の陸上部相手に大差でゴールしてしまったのだ。しかも特に疲れた様子もなく。


 本気じゃなかったと震え声で言った陸上部に対して、結芽は追い打ちでそれは良かったとまで言う始末。これには賭けの内容を間違えてしまったかと紬義も呆然としていた。


 しかしそのせいで、結芽がいれば何とかなるという空気になってしまったのはよろしくない。


 リレーは人数の都合で第一走者とアンカーを兼任する予定になっているが、走順が回って来た時点で周回遅れになっていたら流石の結芽にもどうにもできない。


 綱引きや100メートル走も、結芽一人が強かったところでどうにもならないのだ。


「にしたって、クラスの総合得点で競おうだなんて……しかも出る種目が違うのはアレだから、生徒会長の代わりに正木が競うって、どういうことよ」

「文句言ったって、そう決まっちゃったものは仕方ないよ美音。……それだけ正木には才能があるって意味なのかもだし」

「アンタ、アイツに付きまとわれてる割に評価高いわよね……気持ちは分からないでもないけど……」


 今朝知らされたことだが、会長との勝負は紬義との勝負にすり替わり、勝敗の決定はクラスの得点差によるものとなったらしい。


 ルールの策定について欠片も関わっていないことについては、紬義の方から謝罪を受けてしまったので結芽は何も言えなくなってしまった。


 部下に謝らせて自分はふんぞり返ってるだけとはどういうことかと美音はキレていたが、紬義が本当に申し訳なさそうにしていたせいで、抗議には行けなくなってしまった。


 それも計算の内だとすれば完全に会長の術中に嵌ってしまっているわけなのだが、それも仕方ないかと思えてしまった。


 そんなこんなで今に至るわけなのだが、正直体育祭まであと二週間を切った状態でこれなのはまずい。


 結芽にはカリスマもなければ話術もなく、紬義のように人を引っ張ることは不可能と言っていい。できるのは恐怖による統治くらいのものだ。


「……うん、よし。やっぱりアレでいくか」

「結芽さんや、話を聞いておくんなませ。結芽さんや?」

「嫌な予感しかしないけど、止められるなら苦労しないのよね」

「嫌な予感がするなら止めましょう!? あの人大体ロクでもない方法で士気高めますぞ!?」


 結芽自身、自分に紬義のような方法で皆に気合いを入れさせることは不可能であると理解していた。


 ならばどうするかと聞かれれば、あるもので代用すると答える他にない。


 鈴乃に引き留められてもお構いなしに、結芽は体育祭実行委員の生徒に近づく。


「ねえ、綱引きの練習はしないの?」

「うぇっ? あ、いや、まあ、バトンパスの練習が済んだくらいのとこで一回やっとくつもりだったけど……」

「分かった。……綱は、あそこに置いてあるやつ?」

「あ、うん。重いから、運ぶなら誰かと一緒に……」

「あのくらいなら一人でいい」


 話しかけただけだと言うのに、実行委員の男子はやたら怯えた様子だった。


 普段から付き合いのある友人たちからすれば、結芽はちょっと変なだけの普通の女の子として映っているのだろうが、あまり関わりのないクラスメイトからはなんか強くて怖い奴ということなのだろう。


 言った通りに一人で綱を抱えて戻ってくると、クラスメイトの大半はドン引いた様子だったが、結芽は構わずに綱を広げる。


「あ、そろそろ綱引きの練習に移りますか?」

「いや、一組はまだリレーやっててくれない? トラックの方は使わないはずだから」

「……と、言いますと?」

「私なりに、気合でも入れてみようかと思ってね。正木からすれば、二組の士気が上がったらたまったものじゃないのかもだけど」


 一人でもすぐに準備は終わりそうだったが、紬義はやはりすぐに駆け付けてくれた。


 ちょうど都合よく一組の実行委員を務めていたので、とりあえず綱引きはまず二組だけでするということを伝える。


 お手本のような悪い笑みを浮かべた結芽を見て不信に感じるかと思えば、紬義の方はまだ会長が強引に決めたルールについて色々思う所があるのか、すぐに分かりましたと返した。


「私としましては、二組の士気については、むしろ上がってほしいと思っています」

「へえ、それはまた何で?」

「……どう考えたって、こんなのフェアじゃありませんから。一組には比較的運動の得意な生徒が多くいますが、二組はそうでもないようですし……」

「……」


 一組と二組のクラス全体の戦力に差があるのは、単なる偶然に過ぎない。


 偶然に過ぎないが、差は差である。

 フェアかどうかという話を始めてしまえば、そんなものは大体のことに言えてしまう。


 というか体育祭で競おうと言い出したのは紬義だ。


 中間テストの得点で競おうと言われても、新入生代表に選ばれていた相手と戦うことになっていたので、まだこちらの方がマシだったが。


「……正木は、何で会長について行ってるの?」

「……え?」

「ほら、こういう言い方はアレかもだけど、私の知る会長ってあんなのだからさ。正木がついて行きそうには思えなくて」

「それは……」

「もちろん、勧誘についてはあの人の一側面に過ぎないのは理解してるつもりだけど……」


 そんな紬義の姿を見ていると、本当にどうしてあんな会長に付き従っているのかが分からない。


 悪い所だけではないのが人間であるのは理解できるが、今のところ良さそうな部分がまるで見つからない。


 生徒会に入っているだけなら特に何も言うことは無いのだが、しつこく結芽の勧誘を行っている理由がさっぱり分からないのだ。


「あ、あの、準備、終わりました……?」

「あぁ、ごめん。もう位置についてたんだ。……それじゃ、正木。そっちもそっちで頑張ってね」

「え、あ、はい……」


 結芽は軽い気持ちで振った話題だったが、紬義的には大分考えさせられることだったのか、しばらくしてクラスメイトが話しかけにくるまでその場で立ち尽くしていた。


 おかげでリレーの練習にも身が入らなくなっている中で、結芽はクラスメイト全員を相手に綱引きで完勝していた。





「……分かんねェな」

「? 最初から最後まで説明したつもりでしたけど、何か足りませんでした?」

「何をどうしたらクラスメイト全員と綱引きして勝って雑魚呼ばわりするんだよ」

「でも、これで皆さん気合いを入れてくれましたし」

「気合い以外のものの方が入ると思うけどなァ……ま、テメェの選択だ。オレから言えることはねェよ」


 昼休みは少し教室に居づらかったので屋上に避難した所、偶然にも鉄子がそこにいた。


 丁度良かったので今日の体育の授業でのことを話した結果、得られた反応が以上のものであった。


 クラスメイト38人対1人で圧勝したというので、つい魔法でもかけられていないかと確認してしまったのも無理はない。


 校庭を見てみれば、屋上からでも結芽の踏み込んだ所の地面に足跡らしきものがくっきりと残っていた。


 ちなみに、履いていたのはその辺の店で買えるスニーカーである。


「そんだけハチャメチャにやらかしておいて、教室に居づらいから屋上に退避っていうマトモな感性が生きてんのが謎だよなァ」

「果たしてこれをまともと呼べますかね?」

「何だ、九割方壊死してる自覚はあったんだな」

「……よ、四割くらいは生きてません……?」


 まともな人間とは何かの基準が人によるとしても、自分がまともではない自覚くらい結芽にもあった。


 まともであれば、ナンパしてきた男をゴミ箱に活けたり魔法少女相手に啖呵を切ったりはしない。


 そう考えられているだけ自分はまだまともなはずだと結芽は主張するが、鉄子はそれのどこがだという目で返した。


「……足音?」

「あァ? ……やっぱその身体能力とか、何かおかしいだろ」

「これは生まれ持ったものです。何もおかしくありません」


 持ってきていた弁当を食べ終わったくらいのタイミングで、ふと結芽は屋上の方へ向かってくる足音が存在することに気づく。


 風の音と聞き間違えたんじゃないかという鉄子の意見は無視して、そそくさと前に生活指導の教師からも隠れた場所に避難する。


 するとなんと、本当に誰かが屋上に現れた。


 ドアには立ち入り禁止の張り紙がされており、鉄子が魔法で鍵を開けていることを知らなければ近寄ろうとも思わないはずの場所だというのに、だ。


「……結芽さーん、いませんかー?」

「……誰かと思えば、正木か」

「わっ、上!?」


 しかも現れたのは、どちらかと言えば生徒指導寄りの立ち位置の存在である生徒会に属する紬義だ。


 どうやら探しに来たのは自分のようだったので、結芽は鉄子にそのまま隠れているように目線で伝え、紬義の前に現れた。


 屋上に出入りしている生徒がいるとどこかからタレコミでもあったのだろうか。結芽は指導を受けろというなら大人しく従うつもりだったが、紬義の手にあるのは何かの包みだった。


「どうしたの。立ち入り禁止の場所だから、さっさと立ち去れって?」

「あ、いえ。ご一緒にお昼でもと思いまして……迷惑でしたか?」


 何かの包み、というか弁当の包みだった。


 鉄子にはしばらくあそこで隠れてもらうことになってしまうが、お昼を一緒にすること自体は別に結芽は構わなかった。


 もっとも、結芽の方は既に食べ終えてしまっているので、紬義が食べている横で話をしたり聞いたりする程度しかできないのだが。


「……あの後、色々考えたんです」

「あの後?」

「ほら、結芽さんがおっしゃってたじゃないですか。何故会長について行くのか、と」

「ああ、あれか……そこまで深刻に考えなくてもよかったんだけど」

「……そうもいきませんよ」


 普段はルール違反には口うるさくない程度にあれこれ言ってくる紬義だったが、今はそんなことよりも結芽に問われたことに答えることが優先だったらしい。


 あるいは、立ち入り禁止の張り紙も目に入らないくらいに結芽のことを探していたか。


 その辺りは一度考えないことにして、とりあえず結芽は比較的綺麗な場所に座って紬義の話を聞くことにした。


「……幼い頃から、私は正義のヒーローに憧れていました。だから誰かを助けて……率先して行動して……生徒会にも入りました」

「……その正義って?」

「はい、そこなんです。……私には、何が正義なのか正しく理解できていませんでした」


 結芽は、何やら難しい話が始まりそうな予感がした。


 正義のヒーローに憧れるというのはよくあることだ。そして、その正義がよく分からないものであることも。


「……正しく理解するって?」

「正しくというのは……えっと、その……」

「法律に則ることが正しいこと? それとも校則? 規制されてないなら何をしても正義?」

「それは……」

「……ごめん、この聞き方は良くなかった。私も何が正義とかそんな話されても知るかボケとしか言えないのに……」


 正義のヒーローは悪の手先を殴るし、倒すとは殺すこととほぼ同義だ。それは果たして道徳的に正しいことなのか。


 現行犯逮捕して、裁判を受けさせて、刑務所で更生して、再び社会に復帰させる。


 法に従うのなら、ヒーローが行うべきは悪即斬ではなく、警察になって犯人を逮捕することだ。


「私にも何も分からないけどさ、正しいことと良いことはイコールじゃないんだよ」

「……罪を犯すことが、誰かのためになることもある、と?」

「極端に言えばそう。義賊とかそうじゃない? かなり微妙なラインだけど、誰かのためってことで行動してて、でも結局は犯罪なわけだからさ」

「……」


 結芽は自分でも何の話をしているのかよく分からなくなってきた。


 まず自分自身が、良いことと正しいことの違いを体現するようなことを以前にしでかしてしまっているからだ。


 友達のためという建前と個人的な感情に従って、ナンパを再起不能一歩手前までボコボコにしたのだ。


 鈴乃や桔梗の言葉があっても、結果としてナンパ男たちが怪我をしたという事実は何も変わらない。


 難儀なものだと、ついため息が出てしまう。


「世の中が二つに分けられるなら、裁判一つで何か月も何年もかかったりしないよ。たまに聞かない?」

「……はい」

「紬義の考えは素晴らしいものだと思うよ。人間がこんなに面倒な生き物じゃなければ」


 この手の話は、結芽が一番嫌いな話だった。


 誰かが誰かに悪口を言われて、殴り合いのけんかになったとして、どちらが悪いかの判断を任されれば真っ先に喧嘩両成敗と称してその場の全員を殴り飛ばすのが結芽だからだ。


 きっと、紬義は悪口を言った方にも暴力を振るった方にも説教をするのだろう。


 問題なのは、その時に正義とは何かという話だ。


 説教で済ましていいものなのか、反省させればそれでいいのか、あるいは裁判沙汰になるまで事を大きくしてしまうのか。


「私は、お姉ちゃんに相応しい妹であろうと、最大限努力してるつもり」

「……はい?」

「お姉ちゃんに相応しくあるために人助けをするし、勉強を頑張るし、迷惑をかけたくないから悪いことはしない。何だろう、価値基準的なものとでも言うのかな」


 はっきりと口にはしなかったが、結芽は暗にお前にはそれがないのだと伝えようとしていた。


 紬義の方も、結構頭は回る方なのでそれが自分に足りないものなのだと何となく察せた。


「って言っても、面倒なことになったらこれだけどね、これ」

「ぼ、暴力はいけませんよ……?」

「肉体言語は世界共通だから。でもって恐怖は全ての生物に共通してる。手っ取り早く後先考えないなら、これが一番だよ」


 シャドウボクシングのように拳を突き出す結芽。風を切る音はガチなので、まさか過去に事件でも起こしていないだろうかと紬義は心配になった。



「……色々話したけど、やっぱり私に難しいことなんて分からないかな。それに、まだお互い高校生なんだから。そもそも体育祭までだってあと二週間もある。焦るよりも、悩めるだけ悩んでから結論を出した方がいいって」

「そう……でしょうか」

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