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 赤目の二人目が片づいたことで、事態はかなり前進した。後は赤目に襲われた奴を探し出して追跡し、広めないようにするだけだ。

 すっかり汚れてしまった制服を軽く払い、目の前の新たな問題と向き合う覚悟をする。

 ゆっくりと上半身を起こした三上は、ずいぶん具合が悪そうだった。

 いくら何でも、急激にあんなに血を採られたら、貧血を起こして当然だ。

 自分がこんなに理性の効かない奴だと思わなかった。

 だが、仕方がない。仕方がないんだ。

 どうして忘れてたんだろう…。あの腕相撲の時に思い出せた筈なのに。

 三上ひかり。保育園でのあだ名は「ぴかりん」だ。本当の名前どころか、あだ名さえも忘れてた。

 俺の手を握っていてくれた、あの頃の俺を支えてくれた、幼なじみ。

「ごめん…、吸い過ぎた」

 一応謝ったものの、謝って済むことじゃない。

 しかし、ぴかりんが心配していたのは、いわゆる吸血鬼にやられた人間の末路だった。

「いや、もう何が何だか…。…私も数日後には誰かにこびを売って、首筋にかぶりついて生きていく人間になるの?」

「なる訳ないだろ。あいつらじゃあるまいし…」

 仕方がない、人間は、吸血鬼は感染(うつ)ると思ってる。俺もまた、今日からモンスターの仲間入りだ。

 支えた手を押しのけられたが、すぐにふらついて座り込んだ。

「大丈夫か」

 抱え上げて、すぐに保健室に連れて行こうとしたが、

「や、ちょっと待って、自分で歩くから! お願い!」

と懇願され、まあ、迷惑をかけた分、言うことを聞くしかない。

 木の下に制服の上着を敷いて横たわらせ、しばらく回復を待った。

 血を失いすぎて、少し体温も下がっている。本当に申し訳ないことをした。

「私は、吸血鬼にならない?」

「ならない」

 言い切る以外の答えはなかった。

「…事情、話してもらえる?」

「まあ、…巻き込んだと言えば巻き込んだし…。巻き込んだってより、自分から巻き込まれてたような気がするんだけどな…」

 ちょっと恨みがましく視線を送ったが、視線をうろつかせながら知らんぷりをされた。自覚はあるらしい。面白い奴。

 話さないわけには、いかないだろうな。小田先生にも襲われかけて、今も現場にいて治療に協力してもらってるんだ。無関係とは言えない。…事情を知ったところで、いいことなんて何もないけど。

「その…。吸血族が血を吸ったら吸血鬼になる訳じゃない。吸血ウイルスに感染した奴が牙を突き刺して人の血を吸うと、吸われた人がウイルスに感染して吸血化してしまうんだ。発端は吸血族だけど大抵は人から人へ感染(うつ)し合っている。だけど、人が誤解して、吸血族に吸われたら無条件で吸血鬼になるって思い込んでるせいで、うちみたいに牙のない一族は結構迷惑してて…」

 今がまさに迷惑な誤解が生んだ状況そのものだけど、…被害者に文句は言えない。

「で、人と協力して原因となるウイルスを見つけて、このウイルスに効く薬の開発に成功したのが15年ほど前、と聞いてる。今年に入って、外国で感染(うつ)されてきた奴がウイルスを広めて、その対応に追われてたんだ。あと数人ってところで、この近くでうまく隠れてた奴がいて、そこから結構広まって…」

「…じゃあ、虎倉君は血を吸っても人に感染(うつ)さないし、むしろ頑張って退治してたっていうこと?」

「…そういうこと」

 安心した顔で、少し笑みを見せた。俺の言葉を信じてくれたんだ。こんな荒唐無稽な話を…。そして、「頑張って退治してくれた」、そう言われた。

 どんなに頑張ろうと、そんなことを言ってくれる人はいなかった。

 ヴァンピールなら、尻拭いとして働いて当然。自分達が感染(うつ)したわけでもないのに、身内でさえ、そう思っていた。力を持つ者が、血をもらっている者が動いて当然だと。

 何で…こんなに嬉しいんだ、「頑張った」と言われただけなのに。苦しいくらいに、心が熱を持つ。

「しかも俺は吸血族の血は四分の一で、主食はみんなと同じ、普通のご飯だから。人の血は普通に暮らしているなら月にちょっとでいいんだけど…」

 ちょっとでいい。そうなんだ。それなのに俺は…

「吸血人退治には、必須ってことね?」

「まあ、そうなんだけど」

「助けてくれたお礼なんでしょ? 別にいいよ」

 おいおい、別にいいって量じゃないだろ。自分は倒れといて、別にいいって…。

「ちょっと、もらいすぎた…。あんまり口に合うもんで…」

 思い出しただけでも幸福感が蘇る。何なんだ、あの味は。

 空腹は最高の調味料とか言うけど、それだけじゃない。懐かしくて、暖かくて、体になじむ。体があの味を求めてしまう。

 味だけじゃない。あの力につながる感覚…。満ちる力に、心が奢り、誰もが自分より弱々しく見えた。俺は人間じゃないんだ。改めて実感した。人間じゃないなんてことは、判りきってることだった。判りきってるのに。


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